12話 すれ違い・疑い・勘違い
前回までのあらすじ
不知火から《QUEST》を受ける松浦彩花。その内容は柚留木美香の捕獲。松浦と越猪は電話で会話、越猪は現状の不安や疑念を口にするが、やはり迷うなと諭されてしまう。だが、秋岡・荒牧と違って、松浦の声は熱く響いた。松浦は越猪へ発した言葉が、自らに重くのしかかる。風紀委員としての覚悟……
一方、那智家を訪ねてきた阿智輪から、【विशेष】柚留木の存在を明かされる恒久。進言された捕獲に一瞬躊躇するが、優柔不断な行動を戒めたい恒久は柚留木捕獲を決意する。
「おはよう、香。」
下駄箱へ向かう松浦彩花は振り向き様に朝の挨拶。増住香が背後から駆け寄るタイミングと足音は、いつもと変わらず狂いが無い。そして、増住は驚きと悦びの表情を浮かべる。
ー嗚呼今日も美しい。棚引く雲の様に踊る髪、青空の映える白い肌、太陽より輝く瞳、霊峰と思しき鼻筋、夕陽よりも艷やかな唇、CMもいけるわ。ー
「あっ松浦さん、おはよう。」
恙無く増住の朝の挨拶はテンポが悪い。真面目な性格、寸分違わぬ行動パターン、増住は期待を裏切らない。それが松浦には心地良い。
下駄箱に柚留木の靴は無い。柚留木の登校時間は定まっていない。何も無ければ早くから漫研の部室に居る事もあるのだが、どこかでフワフワと漂いながら、なにかに聴き耳をそばだてているのだろう。奔放な性格、自由気まま、天真爛漫。それが松浦には心地悪い。
柚留木の姿は教室にも無い。視界の際で年末に公開される映画のインタビュー記事に夢中な恋塚に、柚留木の所在を聞いてみる。
「いや、どうだろね。美香の行動は予測不能だかんね。」
想定内の応えに嫌気が差す。《予測不能》自分が何かを見落としている。だとしたら何を?自分の予測を超える存在とは何なのか。そんなモノはあり得ない!考えた所で出した答えを受け入れるつもりが無い。常識の範疇を越えられては、理解は不要になってしまう。
ー私に捕獲の《QUEST》が来たって事は、美香は反乱分子って意味、グリアと繋がっている可能性?稲葉君と巻君がやられたのも美香の手引?ー
体の内側が痒くなる感覚、良くない。松浦はそれ以上、気にする事をやめた。
HRが始まる10分前、柚留木は他のクラスの生徒と廊下で談笑している。勿論、漫画・アニメ・声優の話題に柚留木が反応して勝手に仲良くなるパターンだが、柚留木が話に入って来て嫌な顔をする生徒はいない。むしろ、それを望んで、わざわざ廊下で喋っているくらいだ。
柚留木は誰とでも仲良くなる。屈託が無い。だがその場だけ、他人に興味は無い。友達は殆どいない。恋塚涼子と仲が良いのは、恋塚が、そんな柚留木の特性を好きだから。
「美香ぁ〜。そろそろ教室入んなよ。」
「え?もぉ?」
廊下の友とは、笑顔で別れる。
「じゃーまたねー!」
松浦の目に、柚留木は反乱分子としては映らない。迷いは無いが確かめたい、何を秘めているのか。
➖通学路・13:00➖
期末テストを控え試験範囲の内容に頭を抱える筈の日々。恒久は帰り道にあるコンビニに不快感を覚える。嫌な事を思い出すきっかけ、つい先日までは、待ち合わせ、談笑の場、幸せな時間だったのに。ベッタリと貼り付く恐怖が克服される日など来るのだろうか。溜息が増えたのが自覚できる程、ストレスが大きい。
「ナッツン志望校決めた?」
コンビニに近づいてから落ち着きが無いのは、時任も同じだった。普段の彼から進路に対する話題など、聞いた事が無い。
「まだだけど、第一か北高、受けてみようかな。」
「え?ナッツンも?」
「冗談だよ、受かんないって。」
「なんだよぉー焦るわぁー置いてけぼりぃよねー」
「日本語喋ってよ。で、咲也は?」
「俺?公立なら何処でもOK!」
「え?なにそれ。」
「高校卒業したら、調理の専門学校行こうと思ってさ。そしたらさ、高校受験はそんなに頑張らなくても、OK!」
拳を固く握り、呆れる程の笑顔。時任の考える事は、真面目なのか、ふざけてるのか、よく分からないが、どちらにせよ本人は本気だ。恒久は時任が高校卒業後の進路まで考えているとは予想していなかった。 “中3の進路で人生設計なんて普通しない” 日隠の声が脳内に流れる。
「咲也は将来、料理人かぁ……昔から?」
「え?いや、なんかさ。美味しいものってさ、何があっても嬉しくなるだろ。元気とか勇気とかさ。」
言葉が上手く繋がらなくても、先日の経験が影響している事は伝わる。怖い思いをしたあとの日隠を元気づけたのは、見るからに美味しそうな料理。好きな異性を笑顔にする魔法、時任の心を動かすのに、理由としては充分過ぎた。
「そっか。」
それ以上、言葉が出なかった。
気まずい雰囲気が生まれた瞬間、時任がコンビニから出て来た女子高生を見つける
「ほら、あぁやってさ、人を笑顔に出来るって凄いと思うんだ。」
時任が促す視線の先に目をやると、青ざめる恒久。そこには、屈託なくエクレアに齧り付く柚留木美香の姿。
ーあの人!ー
瞬間、止まったかと思った鼓動が、強く、速く、心を急かす。
「あの……」
声に出してしまった、何を話しかけるか決めてもいないのに。
「私?」
周りに自分しか居ない事を確かめて、柚留木は明るく微笑む。【विशेष】そう思わせる気配は微塵も無い。
「国立大学付属高校の人ですよね?」
「そうだよ!何?」
とりあえず笑顔で元気に返す柚留木。彼女にとって大事なのは《話題》であり、恒久がグリアである事を記憶していない。
「君、誰?私の知ってる人?」
ー知ってる。貴女は僕を【グリア】を知っている。そして僕も、貴女が【蛾】である事を聞いている。ー
動きも、表情も、思考も、固まる恒久。下手くそなナンパを見せられ、驚いていた時任が慌ててその場を取り繕う。
「あぁすいません急に。僕達、鶴中の3年で、志望校決まって無くて。」
「?あー!私に聞いてもダメだよ。私、受験してないから。チューセン?新設クラスの。」
「それって、推薦、ですよね。」
「?よく分かんないけど、3年の夏には決まってたよ。」
柚留木と時任が自然な雰囲気で会話を進めていく。そこから半歩引いた恒久は、その様子を視界に留めていた。
遥か上空にもう一人、その様子を視界に留めている者がいる。越猪との約束で、那知恒久を見張る秋岡樹【犬鷲】1Km離れた獲物を見分ける高い視力と、翼の形を変えるだけで、自在に空を翔ける高い飛翔能力を持つ。数千mもの高度で飛翔しながら、草原を走るノウサギを見分け急降下、正確に捕らえる事が出来る。通常は単独で獲物を捕らえるが、1羽が獲物の注意を引きつけもう1羽が獲物の後方から襲い掛かることもある。
ー柚留木?単独でベルトを?ー
【犬鷲】は人目につかぬ場所へ降下。秋岡に戻って越猪に連絡をとりながら、コンビニへ歩みを進める。
「崇、柚留木がグリアと接触してる。陣内の作戦だとしても止めるが、問題ないな?」
「!?あぁ、頼む。柚留木さんが【विशेष】である事は、【グリア】にバレてると考えた方が良い、危険だ。」
午後の選択授業の為、教室に残っていた越猪の声が、同じく残っていた陣内の耳に入る。
「僕はそんな指示出してないよ、早く引き離すべきだね。柚留木さんが、うっかり何か喋るとも限らない。」
頷く越猪。
「聞こえたかい?陣内の作戦じゃない。迅速かつスマートに、柚留木さんを保護してくれ。」
安堵。戦国系RTSに戻る陣内、スマートフォンを見つめる越猪。秋岡樹ならば問題は無い。しかし、松浦には大問題。《QUEST・ハチノスツヅリガのレポート提出》期限は今週中だが、悪い予感が濃く滲んでゆく。
「崇!美香は何処!」
「彩花?心配ないよ、秋岡に任せていい。」
「何処!」
「こんな昼間に【グリア】だって揉め事は起こさない。」
「そういう事じゃないの!」
松浦は越猪に迫り寄り【フキナガシフウチョウ】に姿を変える。
「परिवर्तन」
「彩花!!」
【飾り羽】の前に成す術なく、越猪はスマートフォンをとられてしまう。GPS情報を確認した松浦は窓から飛び立つ。
「後で、説明するから。」
柚留木美香が反乱分子である可能性は無い。特定周波数催眠【zweite】によって、1年0組は、不知火凌の従順な駒。《QUEST》に疑念を抱かない。だが《風紀委員》は別。【zweite】はHR前、風紀委員が廊下を巡回、生徒を教室へ入るよう指示、遅刻者の監視、職員室へ担任を迎えに行く間に行われる。つまり【zweite】は、風紀委員以外を洗脳する為にある。
阿智輪の《偽装写真》、不知火の《QUEST》、柚留木美香は知らないうちに、渦中の人になっていた。