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夏のホラー企画投稿作品(小説家になろう公式企画)

それは私の……

作者: まさかす

 とある休日の陽も暮れかけた夕刻、少しドライブをしようと思い立った私は自慢のオープンカーに乗り込むと、自宅から車で30分程の場所に位置する湖へと1人車を走らせた。


 湖へと向かう1本道は信号も少なく、ドライブするにはうってつけと言える道が続く。真夏の夕刻時であれば虫も多く、とてもオープン状態で走らせる事は出来ないが、今は秋の気配漂う季節になっていた事もあり虫も少なく、法定速度内での走行であっても、クローズドタイプの車では決して味わう事の無い開放感と非日常を味わう事が出来る。


 道中には1000メートル近い長さのトンネルが1本あった。そのトンネルは出来てから相当経っているようで、入口上部に掲げられているトンネル名が書かれた石板も風化し、全く読めない状態だった。予算不足の為かトンネル内には照明設備も付いておらず、少しカーブを描いているトンネル内は先の様子が全く見えず、車のヘッドライトをハイビームにする事で、少しだけ先の様子が見えるといった作りになっていた。


 トンネルに入ってバックミラーに目をやると、夕闇せまる時刻且つトンネル内に何らの照明設備が無い事もあり、そのミラーには暗闇しか映っていなかった。そのトンネルは日常的によく通る道でもあり、過去に何かあったという訳ではないが、トンネル内に自分以外誰もおらず何も無いというその状況は、トンネルの中の気温が低い事も手伝ってか、何かを感じさせる(・・・・・・・・)には十分な状況であった。とはいえ何がある訳でもないままにトンネルを通過し、何も無いままに走り続けていると本当に何も無いまま、無事目的の湖周辺へと到着した。


 その湖は観光地としても有名な場所であったが、到着した頃にはすっかり陽も暮れていた為に観光客の姿は一切無く、湖周辺には人家も無い為に人の気配すら感じない。これが昼頃であれば渋滞すると迄は言わないもののそれなりの台数の観光バスや自家用車が連なり、お土産屋等には人がたむろっているのが常であるが、この時間では昼間の賑わいが嘘のように静まり返ると同時に全ての店が閉じられ、明かりといえば遠くに数本の街灯と、ポツポツと点在する自動販売機だけという場所であり、車のヘッドライトを点けなければ自分の位置すら見失いそうなほどに、湖周辺は漆黒の闇に包まれているといっても過言ではなかった。そもそも観光客がいない時間を見計らってこの時間に来た訳ではあるが、人の気配も街灯もほぼ無いその付近一帯の暗さと静けさは、私の恐怖感を大いに掻き立てた。


 特に何をしに来た訳でも無いので、そのまま湖の外周路を法定速度以下のスピードでもってゆっくり1周する事にした。そして半周程走った辺りからはアクセル踏まない状態、いわゆるクリープ現象で走行する。それは人が歩くよりは速く、走るよりは遅いといった程度の速度。車は飛ばすだけが楽しい訳では無く、アクセルを踏まずに勝手に動く状態で走るという事もまた、以外に楽しい物である。とはいえ周囲に誰も居ない状況とそれが出来る状態且つ、オープンカーという特異な車であるが故、そんな速度であっても楽しさを感じる事が出来るのかもしれない。


 そうして湖を一周し終えると、一休みする為に湖の畔の無料駐車場へと車を入れ、ヘッドライトを付けたままにエンジンを止めると車を降りた。そして車の脇に立ったままに胸ポケットへと手を入れると、そこにしまってあったタバコの箱から1本取り出しそのまま口へと咥え、同じく胸ポケットにしまってあった100円ライターを取り出しタバコに火を付ける。


「フーッ」


 言葉と共に紫煙を空に向かって吐き出すと、正面に存在しているはずのただただ黒い、そこが湖なのか地面なのか肉眼では分からない漆黒の湖面へと目を凝らす。

 

「やっぱ何も見えないな。ま、当り前か」


 既に陽は完全に沈み、秋の気配と共に湖の傍と言う事もあり肌寒さを感じでいたが、ふと生暖かい風が首筋を通り抜けていった。瞬間ブルルと体が震えたと同時に便意を催した。


「えっと確かこの辺にトイレあったはずだよな……」


 周囲を見回すと50メートル程後ろの方に薄らと小さな建物が見えた。入った事も無くうろ覚えなれど、それが公衆トイレであるという記憶があった。私は車のライトを点けたままに、その建物へと向かって歩いてゆく。

 

 記憶通りその建物は公衆トイレではあったが、そのトイレすらも昼間の観光客目当ての為か照明設備その物が付いておらず、陽の無い時間では何も見えないようなトイレだった。仕方無く携帯電話のライトを点灯させソロりと中を覗いてみると、中には小便用便器が3つと2か所の個室が見えた。そして天井の隅にはクモの巣が張られ、清潔に保たれているとは言えない様子も見えた。

 静寂と暗闇に包まれた状況の中、携帯電話のライトという少ない光量の中で照らされた公衆トイレの中は、壁や便器のほんの少しの汚れすらも何かがいそうだ(・・・・・・・)と思わせるような、そんな演出効果が発揮されていた。


「まぁ……大丈夫だろ……」


 自分を落ち着かせるようにしてそんな独り言を呟くと、恐る恐る手前の個室へと入りドアを閉めた。その際には「キキィィィ……キィ……」と、これまた演出がかった音がして、私の心臓を加速させた。そして片手に携帯電話を持ちながら、もう片方の手だけでベルトを外し、ズボンとパンツを一緒に足下まで下ろすと、清潔とは言い難いその和式トイレにしゃがみ込んだ。

 そもそも便意があったのでこんな状況のトイレに入って来た訳でもある。故に直ぐにソレが出るかと思ったが、知らず知らず恐怖で委縮したのか、中々そいつらは私の体から出てこようとしなかった。


「おいおい頼むぜぇ……。わざわざこんな状況でトイレに入ったのによぉ、何で肝心のお前らが出て来ねぇんだよぉ……」


 私はその場でいき(・・)んだ。するとその甲斐あってか再び便意が発動し始めようやく出てくるかと思った矢先、何処からともなく「カサカサッ」と、そんな音が私の耳へ届いた。


「――――――ッ!」


 心臓の音が聞こえそうな程の静けさの中で聞こえたそんな音に、私は言葉にならない声を上げつつ飛びあがる程の勢いで以って立ち上がると、足下に下げたズボンとパンツの所為で足を取られてよろめき、すぐ後ろの壁へ背中をドンと打ちつけた。と同時に、私の手の中から携帯電話がスルリと離れ、3センチ角のタイルが敷き詰められた地面へ落ちた。落ちたそれは不規則に弾みながらにドアの下の隙間に潜り込むようにして「カラカラ」と音を立てながら外へと滑って行った。その際の衝撃で壊れてしまったのか携帯電話のライトがフッと消え、私の周囲は一瞬で暗闇に包まれた。ひとまず便器の中に落ちなかった事に安心したが、暗闇の中で再び事に及ぶほど心臓に毛は生えてはおらず、激しく動揺しながらも直ぐにズボンとパンツを上げようと屈んだ瞬間、再び「カサカサッ」という音が耳へと届いた。


「――――――ッ!」


 屈んだ状態のままに思わず飛び上がらんばかりに驚くも、再び足を取られてバランスを崩し、又も壁に背中を打ちつけた。更には背中を壁に付けたまま滑る様にして、横の壁へと体を打ちつけた。斜めになった体はそのまま立っている事も出来ず、そのまま床へと壁伝いにズリ落ちる。


「な、ななな、何なんだっつーの……つうか何もみえねぇんだからよぉ……」


 暗闇の中たった一人きり。地面に座り込んだ状態でそんな独り言を唇を震わしながらに口にする。

 未だに音の正体は分からない。単に葉が擦れ合う音なのか、それとも布らしき何かが床を擦る音なのかさっぱり分からない。そしてタイル敷きとはいえお世辞にも綺麗とは言えない公衆トイレの床にいつまでも座り込んでいる訳にも行かず、ブルブルと震える体に鞭打つようにして立ち上がろうと床に手を付いたその瞬間、その手に何か(・・)が触れた。


「――――――ッ!」


 息を呑み込むと同時に心臓が加速する。加速する鼓動の音が騒音と思える程に耳に突き刺さる。そしてそれは好奇心なのか英雄気取りか、はたまた思考停止なのか不明ではあるが、私は手に触れたソレ(・・)を思わず握った。手には生暖かく柔らかい感触が即座に伝わり、私は何を考えたのかソレをそのまま拾い上げると、何故かソレを強く握ってしまった。


 グチャリと潰れるような感触と共に指の間からは何かがスリ抜けていく。それと同時に、床からは「ボトリ、ボトリ」と何かが零れ落ちる音が聞こえ、もはや過呼吸と言えそうな程に息を吸い始めたその瞬間、ドアの外で何かが光を放ち始めた。それがドアの外に落ちている携帯電話の光である事は直ぐに分かったが、携帯電話はライトを下にした状態で落ちていた為にその光量は弱々しく、薄らと周囲が見える程度であった。とりあえず私はその薄明りを頼りに、自分の手へと恐る恐る目をやった。


「――――――ッ!」


 私の手の中は茶色く染まっていた。その茶色の正体は………………うんこ。

「カサカサ」という音に驚き勢いよく立ちあがったあの時、腹に力を込めた所為で一斉に出てきたと思われる私のうんこ。便器の中に落ちず外に零れていた私のうんこ。茶色い産まれたてホカホカの……私のうんこだった。


「あ…あ……あああ……ぅア"――――――――――――――ッ!」


 天井を仰ぎ見て、私は叫んだ。だがその声は、誰にも届く事は無い。


 暗闇の中、暫くは放心状態のままにその場に立ち竦んでいたが、そんな事があったとしても一応は大人である私は次第に冷静さを取り戻すと、携帯電話の薄明りを頼りに片手で以ってトイレットペーパーへと手を伸ばした。そして手に巻きつけるようにしてカラカラカラカラと引出しそのまま引き千切ると、もう片方の手にベットリと付着していたうんこを拭いた。そのトイレットペーパーを便器の中へ棄てると、再度トイレットペーパーを手に巻くようにしてカラカラカラカラと引出しそのまま引き千切り、今度は床に零れていたうんこを便器の中へと落としてゆく。あらかた落とし終えた後は、出来る限りタイル床を拭いてゆく。


 静寂且つ暗闇の中、手と床の自分のうんこを片付け終えた私の頬に一筋の雫が伝わり、それはたった今うんこを片付けたばかりの床の上へと落ちていった。


 最後は流れる涙をそのままに自分の尻を丁寧に拭くと、綺麗な方の手だけで以ってパンツとズボンを捲りあげ、モタモタしながらもベルトを締めた。そしてようやくトイレの外へと出ると、床の携帯電話を手に、手洗い所へと向かった。


 静寂と暗闇に包まれた公衆トイレの中、哀しさを一切隠さず涙ながらに嗚咽を漏らしながらに、ただただひたすらに、私は手を洗い続けた。結局あの音の正体が何だったのか分からないままに……いや、そんな音の事などはどうでもいいと、そんな些細な事など今となってはどうでもいいと、今更何が出てきた所でそれがどうしたのだと、先程の出来事を塗り替える程の事でもあるのかと、いっそ記憶を消す程の事が起きてくれと強く願いながらに手を洗い続けた。


 目線を下に一心不乱に手を洗う私の正面には横長の鏡があった。その鏡の中に時折何かがスッと横切っているような気がしたが、私にはどうでもいい事であった。その何かが私の背後に立ったような気がしたがどうでもよかった。その何かは白っぽいワンピース姿の女に見えたがどうでもよかった。男子便所に女が入って来たからといって、それがどうしたというのだ。表情も見えない程に長い黒髪の女らしきソレが私の真横に立ち、私の顔を覗きこもうと屈んでいる姿が視界に入ったが、どうでもよかった。それが誰であろうと何であろうと、今の私にはどうでもよかった。手のソレと匂いを取ろうと一心不乱に洗い続ける私には、全てがどうでもよかった。


 私はただただ手を洗い続けた。いつまでもいつまでも、泣きながらに手を洗い続けた。

2020年08月01日 2版 誤字他改修

2020年07月26日 初版


どちらかといえば「コメディ」のジャンルかもしれないが、ある意味「怖い」と思うので「ホラー」と言って差支えないだろう……と、思う。

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