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6*

閲覧注意です。


あの後どんなふうに笑っていたか、思い出せない。

体調が悪いか、と心配までさせてしまった。人酔いしてしまったみたいです、などと誤魔化して予定より早く屋敷に戻った。


早くヨゴレをおとしたくて、湯浴みをしたけど、なんども何度も擦っても落ちている気がしない。

あまりに出てこないからか、メイド長が声をかけに来て、諦めて服を着た。


夕食も体調を理由に遠慮した。うまく笑える自信がなかった。

ベットに篭ってみてもカタカタと震える体を抑えることができなかった。


水でももらいに行こうとベッドからおきあがってふと窓を見て絶句した。

今日の、昼間の男達の腕が全身に絡み付いていた。

下卑た笑い声が耳元で反響する。


「ぃやっ…!」


何も見たくなくて、手を振り払った。思い切り振った腕は窓に当たり、高い音を立ててガラスが散らばった。


たまたま近くを通りかかったのか、はいるぞ、という焦った声が聞こえるやいなや突然入ってきた。


「申し訳ありません、すぐに片付けます」


慌てて拾おうとすると、意外と鋭くて、簡単に掌が切れて血が滲んだ。


「っ、、、!」


「何をやってるんだ!」


今まで向けられたことのないような鋭い声。

全然違う、全然違うのに、この人は違うのに…怖い…


「こ、このくらい平気ですので…」


そのまま拾い続けようとすると、手を掴まれハンカチで傷口をおさえられた。


「申し訳ございません…」


一体なにに対しての謝罪なのか。手を掴まれたことで今日のことがフラッシュバックする。自分より大きな手。自分という人間を力ずくで押さえつけてきた暴力。一度思い出すとダメだった。恐怖で身体が縛られる。

不意に自分に向かってくる大きな手が視界に入って後ずさりした。


怖い…っ 


自分が後退りして怒ったのだろう、手首と顎を掴まれ、いよいよ動きを封じられてしまった。


「やっ…!」


思わず口から飛び出たのは拒絶の言葉で。自分を封じる大きな手に、苛立ったように力が籠る。

「今まで君とは1度もしたことはなかったが。仮にも貴族の娘だったなら、自分が妻になった時の役割が何か、分かるだろう?自分の役割を果たせ」


そう言われて、体の力が抜けた。そうだった。私は何のためにここにいるの?

家と家をつなぐため、領地のため、そしてなにより、子どもを産むためだ


どうして今まで自分から行動を起こさなかったんだろう、この人は土地に慣れない私を気遣ってくれてただけなのに、その優しさに甘えて…


震える手でリボンをほどく。


「王都の低俗な噂なんぞどうでも良いと思っていたが、案外噂も信じられるみたいだな」


嘲るその言葉はどんなナイフよりも鋭くて、幾重にも虚勢で塗り固めた心を鋭く切り裂いてくる。


「君の最愛は婚約者だと言われてたが、もしや誰でもよかったのか?」


もはやどこが痛いのか分からない。


全部脱ぐとお腹のあざが見えそうで、中途半端に脱いで首に手を回して抱きついた。


苛立ちと嫌悪と情欲をはらんだ目でこちらを睨み付け、口付けられた。


えーっとなにからするんだっけ


王妃教育の授業でやったな、次はなにをしたら…


そんなことを考えていたら、体を引き剥がされた。


「…?」


どうしたんだろう?


「興が削がれた。泣いてる女にどうこうする趣味はない」


吐き捨てるように言って、私に背を向けた。

その時初めて、自分の顔が涙で濡れていることに気付いた。


待って…!もっと上手にするから…!


そんな声は音として出てはくれなくて。


あの頃は掴めた、好きな人の袖。でももう私の手は届かない。

心を隔てるように、無情にもその扉は目の前で大きな音を立てて閉められた。


思い出にすがるようにネモフィラのリボンを取り出した。

約束に、贈り物に、初恋に胸を高鳴らせたあの時にはもう、戻れない…


突然風が強く吹きこんだ。

ネモフィラのリボンは手をすり抜け、大きく割れた窓を超えて高く舞い上がって飛んでいってしまった。

手を伸ばすけど届かない。

リボンが見えなくなって、そっと手を下ろした。


そうね、私にはいつも手が届かない。


もう、いいや…

ギリギリを保っていた私の心は、壊れてしまった。

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