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メアリの一件があってから、窓の外を見るのをやめた。すこしでも私の姿が見えると嫌だろうと思って。
食事を運んでくるメイドも、私と顔すら合わせようとしなくなった。食事を置くときもガシャンと音を立てて置く。
毎日誰とも合わずに、誰とも喋らずに日中は破れたカーテンを閉め切って過ごし、夜皆が寝静まってからすこしカーテンを開けて空を眺める。
「ししょー、私どうなるかな…」
そう呟くとあまったれるんじゃない、そんな師匠の言葉が聞こえてきそうだった。嫌なことばかりの王都だったけど少しだけ師匠に会いに帰りたくなった。
人に嫌われるのなんて慣れてるでしょ。
そう自分に言い聞かせて、ただ時間が経つことを祈った。
そして、結婚から1ヶ月がたった日、アラン様が帰ってきた。
玄関までお迎えすべきだろうか、でも、私が行っても迷惑だろうし…1ヶ月人と合わない生活をした私はすっかり臆病になっていた。
いろいろ考え込んでいると、旦那様がお呼びです、と執事長が呼びに来た。
久しぶりに廊下を歩くと、射し込む太陽の光が眩しくて、目が眩みそうだった。
初めて入る旦那様の書斎はとても綺麗に整頓されていて、私の部屋と同じ屋敷にあるとは思えなかった。
書斎の椅子に腰掛ける旦那様に、椅子に座るよう促される。
「長い間留守にして悪かった。
…執事長から話は聞いている。
使用人に手をあげたあげく、ふてくされているそうだが」
なるほど、ふてくされてるように見えるのね。批判するような目を向けられ思わず自嘲してしまった。
「旦那様がご無事で何よりです。…メアリの件に関しては、おおむね間違いないのでは」
愛想もなにもない返答をしながら、アラン様の頬が少し痩けたように見えるのが気になった。
本当にお忙しかったんだ、それなのに私はこんな迷惑をかけて…
申し訳なさと自責で強く拳を握りしめた。
はあ、とため息をついてアラン様が眉間を押さえる。
「君がなにをしようと勝手だが、そういうのはやめてくれ。
君が望んだ結婚ではないだろうが、こちらが望んだ結婚でもないんだ。貴族の娘なんだから政略結婚の意味も分かっているだろ。
あまり好き勝手されると困るんだよ」
それはあまりにも突然、私の心に突き刺さってじわじわと毒のように蝕んだ。
「…善処いたします」
これ以上アラン様の顔を見ていられなくて、足早に書斎を後にした。
自室にいるとふてくされると思われる、部屋の外に出たら人に嫌われ、アラン様に迷惑をかける。
一体どうしたら良いというのか。
結局わからずに自室に篭るしかなかった。
そうしてしばらくたったある日。
アラン様のご友人と言う方が屋敷にやってきて、その席に私も呼ばれた。
「はじめまして、ミーア・サグリッドと申します」
久しぶりに型式ばった挨拶をしたけど、あれだけ叩き込まれたことは体が覚えているものだ。
「ダニエル・シュべルタです。噂には聞いてたけどすっごい美人だなぁ。貴方のような美しい人に出会えてとても幸運だ」
自然に手を取り甲に口付けられた。
シュベルタ伯爵の次男だろう、女たらしと名高いシュベルタ伯爵の血を色濃く注いでいる様だ。なんとも様になっている。
「とんでもないですわ。ダニエル様こそとても素敵な男性だとお聞きしております、お会いできて光栄です」
そんな社交界でよく使われる薄っぺらい世辞をすらすらといえる自分に、嫌気がさす。
アラン様もどこか冷めた目でこちらのやりとりを眺めている。
「もうその辺でいいだろう」
私の手を握っていたダニエル様の手を引っ剥がした。
「焼きもちはみっともないぞアラン!」
ダニエル様は頬を膨らませて見せたが、アラン様が焼きもちを焼いているはずもなく、苦笑して流した。
大方、嫌な女に友人が触れているのが我慢ならなかったというところだろう。
その後は話し上手なダニエル様が話題を提供し、アラン様が適当に相槌をうつ、時々私も会話に参加する、といった感じで穏やかにすすんだ。
ダニエル様を介しているからか、私がいてもアラン様は時折笑顔を浮かべていた。結婚して以来、初めてアラン様と『会話』ができている喜びを噛みしめた。
「ダニエル様、本日はありがとうございました。ぜひまた来てください。私では旦那様のあんな笑顔、引き出せませんから…」
情けないことを言っている自覚はあるけれど、自分が迷惑かけている分他の人で幸せを補充して欲しい。
「君たちは話し合いが足りてないように思うんだ。
大丈夫だよ、君が微笑みかけたらどんな男でも君の虜になるから」
ダニエル様はウインクしてみせた。
お世辞だと分かっていても、優しさに慣れていないからかなんだか照れ臭くて、顔が少し暑くなる。少し口角が上がってしまうのを抑えられなかった。
「ありがとう、ございます」
「っ、不意打ちのその顔、反則だなぁ」
「いつまで話してるんだ、早く帰れ」
アラン様の不機嫌そうな声が聞こえてきて、また失敗した、と反省しながらダニエル様を見送った。
「旦那様は良いご友人をお持ちなのですね」
「…ただの腐れ縁だ」
友人と呼べるものは1人もいない私にとっては羨ましい限りだ。
この日を境に私たちは少しずつ拙いながらも話をするようになった。