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第8話 我慢の限界

 *


 翌日。登校して廊下を歩いていると、悲鳴が聞こえた。声がした方へ足を進めると、そこはトイレ。数人の野次馬が集まっていた。


 そして女子トイレから出てきたのは、ずぶ濡れの彼女、椎倉さんだった。


「椎倉さ……」


 ずぶ濡れになった彼女は俺が名前を呼ぼうとしたのに気がついて、目で訴えた。話しかけないで、私のことは放っておいて、と。


 それから彼女は昨日、一昨日の無視から一転して、あからさまないじめのターゲットにされていた。それも古典的な。黒板消しを投げつけたり、授業中にものを投げつけたり、トイレに立った時、椅子を隠しされたり、挙句カバンを捨てられたり。


「いい加減ウザぇんだよお前!! それくらい分かんだろ? 学校来んなよ!!」


 首謀していたのは女子グループのリーダー的存在の赤西。昼休み、ハサミの先を彼女に向けながら怒りの形相で睨み、怒鳴りつけていた。理由は分からないが、本気で彼女を淘汰しようとしているように見えた。


「……」


「お前、殺すぞ? 本気で殺すからな? いいよな?」


 彼女は変わらず抵抗しなかった。声を上げることなく、赤西と向き合っていた。既に制服が切りつけられた跡もあった。


 それを見ていたクラスメイトも、ただならぬ様子だった。皆がそれを見守り、止める素振りも加勢する気もない。皆、どちらかといえば椎倉さんに怯えていた。まさに害虫扱いだった。彼女自身もそれを受け入れるように佇んでいるせいで、赤西はとうとう痺れを切らして。


「……死ね!!!」


「や、やめろ!!!」


 咄嗟に、彼女の前に飛び出していた。

 庇うように広げた右の手のひらにハサミが突き刺さって、辺りに血が飛び散る。鈍い痛みに思わず手を抱え込んで、赤西のことを見据えた。


「なっ……」


 赤西もまた予想していなかった出来事に、動揺していた。直ぐに短い悲鳴が聞こえて、教師が呼び出された。


 ふと椎倉さんの方を見れば、彼女は不安そうな顔をしていた。今にも泣き出しそうな顔で、こちらを見ていた。俺はそれを見て、本当はもっとスマートなことが言いたかったけれど。


「……ごめん、勝手なことして」


 ほとんど独り言みたいに呟いて、彼女の横を通り過ぎていく。そのまま俺は保健室に連れていかれて、クラスは一時解散。午後の授業は後日補修ということになったらしい。


 *


 俺は保健室で右手を包帯でぐるぐる巻きにされて、ベッドに横たわっていた。幸い手は動くものの、かなりの痛みだった。別に寝てる必要はなかったが、1時間は安静にということで。


 退屈だしそろそろ帰ろうかと一人考えていると、保健室の扉が開いた。


「陶磁君」

「え、椎倉さん?」


 カーテンの向こう側から声がした。思わず返事をして、ゆっくりカーテンを開けると。


「……手、大丈夫? って、大丈夫なわけないよね。本当にごめんなさい」


「い、いや、どうして椎倉さんが謝るのさ。それにほら、ちょっと大袈裟だけど、別に貫通とかしてないし。ちょっと深めに切れただけだから」


 そう言って痛いのを我慢しながら手をひらひらさせて見せた。


「ううん……だって、元はと言えば私のせいだから」


「元はと言えばって、赤西達に何かしたわけでもないんでしょ」


「まあ、そうだけど……」


「嫌われてる、ってことの延長線で、あんないじめみたいなことされてたなら、そっちの方が理不尽だと俺は思う」


「……でも」


 彼女は心から被害者というより、加害者としての意識が強いみたいだった。俺からすれば何でだと思ったけれど。


「もし嫌いなものがそこに居続けたら、陶磁君だって嫌じゃない?」


「まあそりゃ、そうかもしれないけど。椎倉さんは虫とは違うんだし」


「……そうかな。同じみたいなものだと思うけど」


 まだ俯き気味で、申し訳なさそうにする彼女を見て、少し勇気を出して、言った。


「あのさ、椎倉さん」


「何?」


「今日、一緒に帰ろうよ。昨日は断られたけど」


「……」


「俺に気を遣ってるなら、もう気にしないで欲しい。俺がしたくてやってることだから」


「……どうして?」


「……その、何故か俺は椎倉さんを嫌いだとか、苦手だと思ってないわけだから。それで、ちょっとでも助けになれるならって、思ったから」


 いざ言葉に出すと、やっぱりまだ照れ臭い。それでも彼女はその言葉を聞いて、ようやく笑ってくれて。それを見て立て続けに。


「ほ、ほら! ゲテモノとか皆が最初はビビってるものでも、実際誰かが食べてみたり試してみたら、案外いけるようになるとかあるじゃん。だから、俺だけでどうにかなるかわかんないけど……椎倉さんが普通に学校生活送れるようになれたら、って……俺なんかがお節介かもだけど」


「ううん、そんなことない。嬉しい」


 そう言って彼女は、気付いたら涙を浮かべていた。すぐに指で拭って、微笑んで。


「一緒に帰ろう、陶磁君」


 *


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