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第9話 確信

 保健室を出て、二人一緒に歩く。そのままの下校。恋人同士、にしてはちょっと距離が空いてるけれど、正真正銘美少女と一緒に帰ってる。


「椎倉さんってさ。もしかして、剣とか歴史とか、好きだったりする?」


「え? あぁ、うん。どうして?」


「あ……ごめん、ちょっと机の中に入ってた本を偶然見ちゃって」


「あぁ、あの本ね。平気だけど、でも少し恥ずかしいな。似合わない、って思ったでしょ?」


「い、いやそんなことないって! まあ、意外とは思ったけど、女子で剣道とかやってる人もいるし」


 さっきの勢いで色々聞いてしまえと、前のめりになってしまう。大丈夫かなと内心びくびくしながらも、彼女は普通に答えてくれていた。


 並んで歩く下校道。少しずつ日も落ちてきて、もうすぐ夕暮れになりそうだった。


「私、昔剣道をやってて。優柔不断だったから、何か集中出来ることがあったらいいなって始めたんだけど、それから剣が好きになって、色々調べたりもしたかな。時代劇とかもたまに見るけど、日本刀とか、昔の剣豪の話とかが結構好きなの」


「へぇ、いいね。椎倉さんシュッとしてるから、胴着とかも似合いそうだし」


「そう? 陶磁君は? 剣道とか詳しいの?」


「あぁいや、俺は全然。でも、いいなぁって憧れたことは何度も。弓道とか柔道とか、道って付くもの、極めてみたいなって思う」


「うんうん、いいよね弓道も柔道も。型が決まっているものに没頭すると、迷いが断ち切れるような気がするんだよね。……なんて、縋ってばっかりなんだけど」


 彼女は珍しく自虐気味だった。それは先の出来事が関係してるんだろうとは思ったけれど。


「そういうものに打ち込める人はすごいよ。俺なんか何もやってこなかったから」


「私は、偶然。陶磁君は? 何か頑張ってたこととか」


「頑張ってたこと、か……」


 聞かれて、正直何か出るかと思っていた。けれど、推しのグッズを集めていたとか、そんなこと言えるはずもない。どうしても欲しかったエロゲを中学の時に手に入れるのに必死で、違法だと分かってて海外サイトにアクセスしたらまんまとウイルスにやられて手に入らず仕舞いだったとか。


 振り返ってみて分かる。俺には頑張ったことや打ち込んできたことがない。スポーツだって苦手だし、勉強だって可もなく不可もなくだ。自信もない、女子と話すのだって精一杯。同性の友達だって、ほとんど居ない。それだけで自分がちっぽけな存在だって思えてしまう。


「……何もないよ、俺は」


「そう? でも、陶磁君は陶磁君らしく」


「……俺が空手とか柔道を習ってたらよかった。そしたら少しは、椎倉さんのために胸を張って」


「え?」


 ボソボソと独り言を呟くみたいになって、彼女から聞き返されてしまう。瞬間、我に返る。彼女の前でネガティヴモードになるな。せめてここでカッコつけないでどうするんだよ。


「あぁいや、ごめん、なんでもない」


 彼女は俺に気を遣ってか、何も言わずに自然に俺の手を見てから言った。


「……陶磁君、さ。その傷、後悔してる?」


「後悔? ……いや」


 彼女から問われて、思わず包帯が巻かれた手のひらを覗き見る。そりゃ痛いし、こんな怪我はあまりしたことがない。けれど、これは勲章だ。俺にとって誇るべき。


「そりゃ痛かったし、役に立ったかどうかはともかく、後悔はしてない」


「そっか。うん、そうだよ。だって、私を守ってくれた証でしょ?」


 彼女からもそう言われて、思わず心臓が跳ねる。半分、認められたみたいで。もう半分、見透かされたみたいで。


「……まあ、切っただけなんだけど」


 照れ隠しに、そう呟く。彼女は少し先を歩いて、少し考えてから振り返った。


「私ね、思ったんだ」


 その表情は今にも泣き出しそうだった。何か言ってしまったかと思って、俺も立ち止まる。




「私、陶磁君に会うために生まれてきたのかもしれない」




 今、なんて。一瞬時が止まったみたいだった。


 それを言ってから彼女はくしゃっと笑った。それをどういうつもりで言ったのかは分からない。けれど、その言葉は俺の何かを貫いた。うまく言葉が発せずに、気づけば少し先を歩く彼女に引っ張られるように着いていく。



「俺は———」



 俺は、そんな大それた人間じゃないのに。君を守るようなことだって、出来てないはずなのに。でも、少しでもあの咄嗟の行動が彼女の役に立ったなら、これ以上嬉しいことはなかった。


「椎倉さん」


「うん?」


「あ、あぁいや、ごめん。やっぱり何でもない」


 不思議そうな顔をして、また歩き出す彼女。ダメだ。彼女の名前を呼んで、その顔を見て、確信してしまった。




——俺は彼女が好きだ。



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