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社会人先輩の姉と私の大学受験

 夫と私と子供と3人で住んでいるマンションは、縦長の形をしている。簡単に説明すれば、各階の部屋数が少なく10階までしかない。私は大きなマンションより、今のような全体の部屋数が少ないマンションが好みだ。広さは大きくなくても、南向きで、リビングが1番広いマンション。夏は陽射しが眩しいけれど、キラキラした光が差し込むのは悪くない。


           ・


 ずっと比較され続けた姉のことは、今もやっぱり理解不能。ただ、可愛い顔をして、私より気が強く、相変わらず大人になっても感情をむき出しにする。感情を爆発させるのが特技、と表現しても過言ではないだろう。姉の部屋の壁には、穴がポコッとしている部分がある。物を投げたのか?蹴ったのか?殴ったのか?それを現在は、鏡で隠してある。実家を出て、過去に「私の部屋」だった部屋にも、壁に穴がポコッとある。そこはカレンダーで隠してある。



 「あんたさあ、大学院、行かないよね?」

ノックもなしに、いきなり部屋に入ってきた。なんだか顔付きが怒っているように見える。私は卒論の休憩として、チョコレートを口にいれながら、ヘッドホンで音楽を聴いていた。あと1曲聴いたら、卒論を再開しようとしていたところだった。

「え?なに?聞こえなかった」

「だから、あんた大学院に行かないよねって聞いてんの」

「行かないけど。就職内定もらってるもん」

姉が急に、可愛らしさ満点の顔付きに変わった。

「えー!そうなの?良かったじゃん。なんの仕事?」

「外資の化粧品メーカー」

「ホント?良いじゃん。化粧品、安く買えるよ」

「んー…まぁそうらしいけど。研修あるしね」

「バカだねー。どの会社も研修はあんの!」

「それくらいわかってるよ」

「しっかりやりなよね。あんたが美容部員かー」

「まだ先の話だよ」

「先って言っても、とにかく頑張りなよね」

「わかった」

「簡単に辞めるんじゃないよ」


勢いよく、バタンとドアを閉めて部屋を出て行った。

しかも、仕事している自分が社会人先輩のアピール。

「就職内定したから、大学院には行かないよ」

そう両親には話してあった。内定先も話しておいたし。両親はわからなかったけれど、後から祖父母や親戚は少しがっかりしていたらしい。

でも、私の人生だから。


今日は仕事が早く終わったのか?あれ?仕事が早く終わった日は、彼氏と出かけているのになぁ…

まぁ、とにかく、姉は、自分がしたいように家の中でも自由奔放だった。

自分が入りたい時間にお風呂に入り

自分が使いたい時に洗面所を使い

自分が掃除したい時に自分の部屋を掃除し

自分が洗濯したい時に自分の物だけ洗濯機を使い

地球は姉中心でまわっているんじゃないかと疑いたくもなる。


 姉が私に、大学院のことを聞いてきたのは、なんとなく理由がわかっていた。

 私の大学受験時、私は1校しか受験しなかった。正確に言えば、推薦と推薦に落ちたら、同じ大学をペーパーで受験すると決めた。そりゃまぁ、友人には「チャレンジャーすぎる」と笑われ、担任には「もっと真剣に考えて」と言われた。

幸い、親は何も言わずに「わかったよ」と受け入れてくれた。後から、父は母だけに「もう1校くらい受験しないで大丈夫だろうか」と話していたことを知る。

とにかく、推薦で合格したい!と私は小論文を書きまくった。面接はその場しのぎ。

今どき珍しいのかもしれないが、私は『塾』という場所に興味がなかった。だから『塾』に通ったことがない。だって「塾に通いたい!」と泣いて頼んだ姉は、高校受験の為に塾に通ったが、希望していた高校には合格しなかったのだ。塾に通っていたのに滑り止めの高校に入学する姉を「なんか変なかんじ」と内心思っていた。もちろん、同級生で塾に通ったり、通信教育をやっている人もいたけれど、塾に通うくらいなら、ピアノを弾く時間を作りたかった。



 大学受験の推薦日。広い教室に私たちは集合した。大学の机は椅子が繋がっていて、それが新鮮で素敵だと感じた。私の席は1番奥だ。全体が見渡せる。すごいなぁ、大学って。たまたま広い教室で受験だっただけで、入学したら、狭い教室もあることを知ることになるが、中学や高校にはない、大学独特の雰囲気に気持ちがはやる。だって、教室の中に階段があって、1段1段に長い机や机に椅子が繋がっている。

絶対に行きたい!私の中でスイッチが入った。

 小論文対策をしまくったおかげか?少し難しい課題の小論文だったけれど、まず、書き始めをものすごく頭の中で考えに考え抜いて。書き出したら止まらなくなった。途中で何度も読み直し、最後をどう終わらせるか?書き始めと書き終わりがうまく繋がるように、またもや頭の中で考えに考え抜いて、私は小論文を書き終えた。周りのシャーペンの音だけがする。

そっと深呼吸をし、落ち着いて、10回、読み直した。誤字脱字のイージーミスを再度10回確認。大丈夫だ。

1番奥の席の私からは、前の受験生たちが全員頭をさげているようにしか見えなかった。時間が余ってしまったのだ。

ちょうど、教室内を歩いて、不正がないか確認していた先生が私の横を通ろうとした。

「すみません。書き終わったのですが、どうしたら良いですか?」

小さな声で、そっと尋ねた。

「はい、お疲れ様でした。論文を裏返しにして、忘れ物のないように、気をつけて帰宅して下さいね」

「ありがとうございます」

「明日の面接時間の確認も忘れないで下さいね。お疲れ様でした」

「ありがとうございました。明日もよろしくお願いします」

お疲れ様でした、を2回も言われた。受験は「お疲れ様でした」なのか?


 なるべく音をたてないように、まず、小論文を丁寧に整えて裏返しにし、文房具をバッグに入れ、そっと階段をゆっくり降りて教室を出た。

教室を1番に出ることになろうとは、誰が想像しただろうか?教室を出て、明日の面接の教室と受験票の時間を確認し、校門に向かう途中で角を曲がった。

ちょうど、そこは自販機と灰皿とベンチが並んでいた。私は、ミルクティーを買い、ベンチに座り、バッグを置いて、大きく両手を上に伸ばした。スッキリした。書きたいこと、書いて伝えたいことはできた気がした。いや、できた。なんの保証もないけれど、私の中で確信があった。

 何度もゆっくり深呼吸をした。手ごたえがあった。

あとは明日の面接だ。面接は…自信がなかった。

でも不安なのは、皆、一緒だ。不安なのは、自分だけかもしれないのに。とにかく、ありのままの私で。

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