社会人2年目
また、柴犬おじさんがやってきた。
しばけーん、しばけーん、しばいぬー、しばいぬー
酔っ払いは柴犬が気になるんだな。
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もう言いたい放題言った、話し合いが終わりホッとした。
帰りに実家に寄ると
「あとで500、一緒の口座に入れておくね」
そう父から言われた。
「なに?その高額。こわーい」
「ま、おばあちゃんからだから。受け取ってあげてよ」
父が笑って言う。
「なんかさ、おばあちゃんのお金の単位って、100万からだよね。こわーい。慣れないようにしないと」
また父が笑う。
「うん。ちゃんとお母さんにも渡すように言われてるし、敦くんと貯金しても良いし、繰越返済でも、欲しい物でも」
「私もね、おじいちゃんやおばあちゃんにお小遣いもらっていたのよ。若くして結婚したから」
「そうなんだ。もしかして、この家も?」
「うん、土地だけ。おじいちゃん、お父さんと一緒に住みたかったの。今じゃ、何倍の価値になってるのかしら?」
「その話、聞いてるよ。お姉ちゃんには言わないほうが良いよ、絶対」
「もちろんよ」
夕ご飯は自宅で作った。
パエリアとオニオングラタンスープ。ミートパイに蒸し野菜も。
パエリアの鍋はル・クルーゼの平べったい淡いグレー。友人たちからのお祝いでもらった。
「ちょっと早いけど。できたよ」
「すごい、旨そう」
「どうする?シャンパン開ける?」
「ヴーヴクリコにしよう。サロンはもうちょい後で」
彼が冷蔵庫からヴーヴクリコを出している間に、イッタラのシャンパングラスを。
彼が注いでくれる。
「じゃあ、見守ってくれている、おじいちゃんに」
「うん。乾杯」
取り皿を数枚ずつ用意した。
クラッカーに白カビチーズをのせて。
「これさ、余ったら、明日のお弁当に」
「うん、もちろんもちろん」
「ね、もう来年、入籍する?」
「うーん…一緒の通帳見せてもらえる?」
「待ってて。はい」
基本的にそれぞれの部屋のドアは開けっぱなしだ。
「すごいなぁ。ここに500か…」
「ね、入籍は?」
「そうだなぁ…忘れにくい日が良いね。式と会食やパーティーは別でも。毎年、一緒に過ごせる日が良いな」
「やっぱり、そうなるよね」
「もうすぐ2年目だし。あ、特別ボーナス」
「おれも。たぶん、お互い4月だよな」
「うん。チャンス逃さないよう」
「とりあえず、落ち着いたら、また入籍考えよう」
「…もしかして、早く苗字変えたい?」
「それも少しはあるけど。ティファニー見たからかな。なんか結婚指輪してみたい」
「じゃあ、あつーの買ってあげるよ」
「そうじゃなくてさー。旨いな」
「うん、まぁまぁ上手くできたかな」
「ティファニーにする?結婚指輪」
「そっか。他のブランドも見る?カルティエとか」
「うーん、ティファニーが良いかな、やっぱり」
「式はどこにしようか」
「私さ、大学時代にホテルでバイトしてたよ」
「そこ、良いかも。会食もそこで」
「まあ、落ち着きなよ。ピアノ買いたいなー」
「うん、ピアノ買おうよ。で、パーティーは?」
「イタリアン、数時間貸切は?」
「やっぱり、あの店だよな」
「それか青山のほう。呼ぶ人が集まりやすい場所だな」
「だったら、大学の学食で…」
「うん、みんなの思い出と共に…」
堪えきれず笑ってしまった。
「職場の人も呼んで良い?」
「うん。もう何人か一緒に食事してるし。私の職場はなしで」
「なんか理由あるの?」
「ほら、まだまだ未熟だし」
「そっか、まぁ良いよ。そんなに人数呼ばなくてもね」
「そう、そこ。ドレスね、もしかしたら、だけど…リフォームできれば、お母さんのやつあるよ」
「すごいな。オーダーメイドなんだ」
「そう。胸がねー、どれくらい出せるか、だな」
「あのさ。お父さんとお母さんって…」
「今頃?ボンボンとお嬢だよ。お母さんの家にはお手伝いさんがいたし。お父さんは大学からゴルフ始めたし。私、まだ打ちっぱなししか行ったことないけど、ゴルフ、面白いよ」
「ゴルフかぁ。1年中楽しめるね。おれ、スノボーやってみたいなぁ」
「私も!あと、釣りも楽しいよ」
「なんか共通の趣味。インドアだけじゃなくて。アウトドアも作りたいな」
「キャンプも楽しいよ。山登りも」
「経験あるの?」
「うん。どっちもあるよ。天体観測も面白い」
「へぇー。なんか意外。ピアノ弾いて、読書と音楽、映画。そうか、テニスも習ってたしね。あと、めっちゃ野球に詳しすぎる!」
「あー、野球観に行きたい。私さ、春と夏の高校野球の期間、仕事休みたいくらい。高校1年のとき、甲子園に出場したんだよ。私がいた高校」
「すげーな。やっぱり暑い?」
「うん、すっごーく暑かった。でもさ、3回戦まで行けて。あー甲子園って、こんなに広いんだーって感動した。お互いにね、応援する回があるの。それも良かったよ」
「もしかして、全部の球場、入った?」
「ううん。神宮、東京ドーム、ドームになる前、浜スタ、西武球場、西武ドーム、広島の市民球場くらいかなぁ」
「ライブは?」
「チケット取れれば、中学から言ってたよ。いろんなジャンル。ちょうど、つてがあったしね」
彼を裏切るように、色々驚かせていた。
大学時代にも友人から、よく言われていた。
「なんか偏っているようで、違うよね」と。
探してみれば。
周りを見渡してみれば。
偶然でも。
必然でも。
何か好きなことや夢中になれることは沢山ある。
散歩だって立派な趣味だ。
お金をかけなくても、好きなことや夢中になれることは、沢山沢山ある。
大人になっても、探究心を忘れたくない。
さあ、仕事だ。
とにかく、残り少しの期間に予約を増やそう。
雑誌の宣伝効果もあり、毎日、沢山お客様が来る。
年末のように、流れるような仕事になる。
ちょっと。もう少し、きちんと紹介したい。
アイライナーだけの方にはペンシルと重ねることも。
ハイライトはマルチに使えるよう。
もちろん、アイシャドウの方にもハイライトの紹介も。
リップもアイシャドウも重ねることによって、濃くなること。
迷っている、と言うお客様には、手持ちのカラーを確認し、カラーの組み合わせのアドバイスをした。
ファンデーションもリキッドの上にパウダーファンデをのせても厚塗りにならないことを自分の肌で証明した。
ファンデーションもメイク製品も、実際に使っていると、やっぱり予約に繋がる。アイシャドウ、アイライナー、リップ。毎日、組み合わせを変えてみた。ハイライトをきちんとアイシャドウのベースにも使って。
そうしていくうちに、ファンデーションもメイク製品も。特にハイライトは接客したほとんどの方が予約。
流れるような接客でも、なるべく紹介できる製品は必ず紹介した。
「のっちん、ハイペース、キツくない?大丈夫?」
「はい、大丈夫です。3月の受渡しのほうが…」
「そうだね。なかなかスキンケアの見直し、できないかもしれないけど。時間がある、担当の方には、ゆっくりで。予約の受渡しを途中で先にお会計しちゃって。その分、担当の方にはサンプルやオリジナルの製品をプレゼントしてみて」
「わかりました。ありがとうございます」
「今、予約、ここのフロアーが1番だから。のっちん、個人的に全国で5番。このまま、ね」
「澤井さん。一緒に」
「うん。のっちん、一緒にね。チャンス、取ろうね」
「はい」
「もしかしてさ、のっちん。カラーの組み合わせ、自宅で勉強した?」
「はい。しましたし、今もしています」
「やっぱりなー。毎日、バランス綺麗だもん」
「沢山、いただきましたから。その分、売上げに繋がるよう、カラーの組み合わせをして、ハイライトも」
「すごく良いよ」
「ありがとうございます」
「一緒にね」
「はい。よろしくお願いします」
個人的にも嬉しいが、フロアー全体で1番を目指す。
休みの前日、安西さんのカルテを出し、メンズラインのサンプルを沢山袋に詰めた。
忙しそうだね、と午後休憩で声をかけてもらったから。たぶん、そろそろスキンケアがなくなる時期だろう。配慮して、来てないと感じた。
着替えて、煙草を2本吸い、雑貨売り場に。
「お疲れ様です」
「お疲れ様。買い物?」
「ちょっと買い物のふりしますね」
「うん。なんかあった?」
「これ、安西さんが使っている製品のサンプルです。お気を遣わせてしまい、申し訳ありません」
「あ、ありがとう。助かるー。買い物、行こうとしたんだけど、忙しそうだったから」
「かなり沢山入っていますから。明後日から3月で、新製品の受渡しが始まるので…2週間分は入っています。お使いください。ご配慮いただき、ありがとうございます」
「なんか、ごめんね」
「いえいえ。またご来店くださいね」
「うん、タイミング見て、行くから」
「はい、お待ちしております。お先に失礼します」
「お疲れ様。また」
担当だし、フォローしておかないと。
今朝の朝礼で澤井さんからも。
「明後日から新製品のお渡しが始まります。基本的にクリスマスコフレと同じように。担当に入る人は担当を優先的に。それ以外の人で予約済みの受渡し。上手くやっていきましょう。お昼も午後の休憩もバラバラになると思います。今年度最後の月。きちんとやりとげましょう。以上」
良かった。これで、担当の方の予約お渡しだけでなく、スキンケアの見直しなどができる。
とにかく、流れるようにお客様が来る。
連続でカウンターに入りっぱなしだ。
真ん中のカウンターは2人体制に。
担当の方には、スキンケアの見直しもする。スキンケアの見直しで、スキンケアも予約製品も売れた。
ちょうど肌が揺らぐ季節。
スキンケアの見直しに重要な時期。
肌悩みをきちんと聞いて、一緒にスキンケアを変えていく。プラスしたり、変更したり。
喜んでいただけるのが嬉しい。
武田さんも深野さんも安藤さんも。他の担当の方も。
武田さんはクリームをジェルクリームに変更。深野さんは乳液とクリームを変更。安藤さんはクリームを変更。1番、安藤さんが変化している。メイクをとてもバランス良く、綺麗になっていく。深野さんのかたくなっていた頬も柔らかくなってきた。武田さんのお墨付き、水分パックをどのお客様にも紹介した。
担当のお客様には、オリジナルミラーも。私たちがメイク直しに使っている、掌ぐらいのコンパクトミラー。かなり喜ばれる。メイク直しに持ちやすい大きさだし、顔全体が見える。
3月半ば、ある程度、落ち着いてきた。
安西さんが来てくれる。いつもラインごと購入していただく。有難い。
予約してないお客様も新製品目当てで来店する。限定なので、残りはわずか。スキンケアとファンデーション、下地も紹介し、売上げに繋げていく。
結果待ちの4月。
ファンデーションの切り替え強化。下地とセットで。暑い日も増え出したので、ボディ製品も。
ファンデーションと下地、ボディ製品も好評だ。
美容液リニューアルが来月。
美白美容液もリニューアルは来月。
陽射しが強くなる前に日焼け止めも。
水分補給パックの限定品も来月。普段より50g多い。価格は1.2番。お得だ。
担当の方のDMにきちんとひと言添える。
彼はすでに特別ボーナスが出た。40万。
前年度割れがなかったし、それだけでも、澤井さんと岩本さんといつものお店で乾杯した。
「あとは、ね」
「大丈夫ですよ。澤井さんと岩本さんですから」
「いやいや、のっちんでしょー」
「そう言えば、今年度は誰もまだ異動ないですね」
岩本さんが言う。
「うん、売上げ良かったから。新入社員の配属先決めてから、だって」
「私、澤井さんと岩本さんと一緒に仕事したいですよー」
「嬉しいこと素直に言うな、のっちん。のっちんは、いつも嬉しいこと言ってくれるよね」
「ホントに!こっちがやる気もらいますよねー」
「本当のことですから」
「あのさ、3人だけの秘密ね。まだ、きちんと決まってないから」
澤井さんが声を小さくする。
「彼と婚約したの。で、式と披露宴場所、探してる」
「おめでとうございます!素敵」
「なるほどー。だから、最近、左手の薬指、指輪が変わったんですねー。おめでとうございます」
「ありがとう。式の日取り決まったら、教えるから。2人は参加して欲しいな」
「もちろんです。ちなみに、苗字は…」
「仕事辞める予定ないから、職場では澤井のまま。ね、のっちんは?左手のダイヤモンド、眩しいなー」
「うーん…まぁ今年は喪中ですし、やっぱり繁忙期も一緒というか、彼のほうが多くて。早くても来年以降ですね」
「そっかー」
「のっちん、2年目も頼むよー。本社研修の時の担当の先生、覚えてる?のっちんが休みの日に電話あったよ。やっぱり、すごいって」
「澤井さんと岩本さんが育ててくれましたから。2年目もお願いします」
澤井さんと岩本さんとの食事が終わってから、帰り道に岩本さんにメールした。
「お疲れ様です。先程はありがとうございました。澤井さんの婚約お祝い、式のご祝儀とは別に、何かプレゼントしませんか?」
すぐに返信が来た。
「のっちーん。お疲れ様。同じこと考えてたよー。どうしようか。のっちん何かアイデアある?」
「メールありがとうございます。澤井さん、休憩中、いつもレモンティーなので、紅茶用のポットと色違いのマグカップ。もしくは、シャンパンとシャンパングラスはいかがですか?」
「もし、シャンパンだとしたら、何かメーカーある?」
「飲みやすいシャンパンだとヴーヴクリコ。グラスはイッタラというメーカーか、リーデルを。リーデルなら、ワイングラスにもなります。あと、何か今年のワインかシャンパンでも」
「それ良いね。彼氏に頼める?シャンパンとか」
「はい、頼めますよ。リーデルも用意できます。グラスは3つ揃えましょうか?」
「だね。限度額、決める?」
「リーデルのグラス、かなり高めですから…でもお祝いしたいので、岩本さんの負担減らしますね。彼に買ってきてもらいますから笑」
「ありがとう。じゃあ、シャンパン2種類とリーデルのグラス、3つにしようか」
「はい。あと、ロイヤルコペンハーゲンの年間プレートはいかがでしょうか?」
「記念になるね。よし、じゃあ、それも追加で」
「わかりましたー。すべて揃えたら、ロッカーに置きますね。で、タイミング見て、バックヤードか、あがりの時間に一緒に渡しましょう。できればですけど…私と岩本さんが早番で、澤井さんが遅番の日に」
「うんうん。のっちん、サプライズ上手いなー。いいね。じゃあ、揃ったら、またメールかフロアーで伝えてね。澤井さん、泣くよー」
「こっそり見たいですね。了解です。よろしくお願いします」
「私こそ。彼氏にお礼伝えてね」
「はい。では、また。失礼します」
「うん、メールありがとう!」
岩本さんとメールのやり取りで決まり。
帰宅していた彼に伝える。
「シャンパン2種類ね。あとリーデルのグラス3つ。オッケイ。売上げに繋がるー」
「購入したら、レシート、渡してね。お金払うから」
「大丈夫。先に特別ボーナス出たし。そっちは?そろそろ?」
「うん。たぶん、明日か明後日。あードキドキする。あつー、あとさ」
「うん、新宿ね。次の休み一緒だから、行こう」
「ありがとう。助かる」
「ね、パールのピアス、ミキモト?」
「そうだけど…」
「パールのピアスとティファニーの全部、持って行こう。綺麗にしてもらおうよ」
「そうだね。ありがとう」
翌日の朝礼。
「おはようございます。みんなのおかげで、全国1番を取れました。特別ボーナスがでます。私自身、初めてです。ここで気を抜かずに、今年度も前年度割れしないよう、来月の紹介を。4月もすでに前年度よりアップしてます。お客様にDMを送りますから、まずは必ずお礼を書いてくださいね。特に担当の方。丁寧に書きましょう。あと、のっちん、いわもっちゃん、私が全国で10番以内に入りました。特に、のっちん。新入社員なので、個人的な特別ボーナスが倍です。はい、みんな拍手」
ありがとうございます、と頭をさげる。
「きちんとやっていれば、必ず、担当はつきますし、購入に繋がります。このペース以上にやっていきましょう。あと、来月には新人さんが来ます。今、出来ることをそれぞれ。以上」
信じられない。
明細を渡され、びっくりする。
2年目に突入だ。
コツコツ期間こそ、大切にしなければ。