表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/66

理解できることと理解できないこと

 体質なのか?それとも何かあるのか?空気が生温い日が苦手だ。苦手より、嫌いと表現したほうが正解だと思う。頭痛がしたり、手術痕が痛んだり、本当に散々だと感じてしまう。一服タイムも、なんだかイライラとしてしまい、カフェオレと煙草という最高の組み合わせも残念な気になってしまう。雨が降るだろうなぁ…という、生温さを私は必要以上に感じとってしまう。淋しさが心に漂う。


           ・


 新しく処方された抗うつ剤1種類と安定剤2種類で、私はかなりラクになった。心臓がバクバクしたり、遮断機の音にイライラしなくなっていた。

電話で大学内で待ち合わせした彼と会う前に、ゼミの先生のところに行き、卒論についての質問をしておいた。優しくて、心が温かくて、憧れの女性でもあるゼミの先生。私が激痩せしたのに、それに気付いているのに、何も言わず、そっとしておいてくれる。「頑張っているね。でも、頑張り過ぎないでね。また、私がいる日はいつでも来てね」そんなふうに接してくれることが有り難くて、このゼミを選んで良かった、と改めて感じた。もう、この時期になると、ゼミくらいしか大学には用事がなくなるけれど、参考文献を探しに大学の図書館には人が多くなる。大学の図書館はとても充実している。図書館特有の匂いも私は好きだった。


 図書館の前で、彼と会った。ちょうど、お昼ご飯を食べに、学食に行くらしい。

「一緒に行かない?卒業までに学食あと何回食べられるかわかんないよ」

「んー……まだお腹空いてないからいいや。図書館のいつもの階にいるから」

彼は鈍感だ。私が食べ物に興味がなくなっていることに気付いていない。なんなら、激痩せしたことにも気付いていないのだろうか?胸が痩せない体質だから気付かないのだろうか?それに、学食は外部の人間でも使えることを知らないのか?学食は卒業しても使えるのだ。

1時間くらいしてから、図書館のいつもの階のいつもの場所に彼は戻ってきた。

図書館内にある、一服部屋は、この時期混雑する。愛煙家は、頭を使うと煙草を吸いたくなるのだろうか?それとも、普段、頭を使っていないからだろうか?

彼と私は学部は違う。しかし、毎日、同じ時間の同じ電車で顔を合わせることで、話をするきっかけになり、すぐに付き合うことになった。漫画みたいな話だけど、それが事実なのだから仕方ない。大学の他の男の子をほとんど知らないまま、私は彼と付き合い出したのだ。ま、中高校で付き合っていた人がいたから、何も彼だけが「特別」ではなかったし。


 あっという間に、夕暮れの陽射しが図書館にキラキラしてきた。私は「夕暮れ」や「朝焼け」が好きでたまらない。この、短い時間が短ければ短いほど、神聖な気持ちになった。神聖なんて陳腐な言葉ではなく、もっと違う表現。子供の頃から、好き過ぎて、たまらない時間。じっと何かを見つめていたい時間だ。

「図書館、もうすぐ閉館だよ。一服したら、帰ろう」彼はルーズリーフを1枚、無造作に破いた紙を渡してきた。あぁ、邪魔しないで欲しい。じっとしていたい時間に。

 一服し、私たちは帰宅の道を歩き始めた。

「卒論、どうよ?」

「無事に終わりそうだけど。そっちは?」

「ギリギリだけど終わらす予定。留年したくねーし」

「ま、みんなそうでしょ。卒業の実感、わかないけど」

「卒業の実感はまだまだじゃね?」

「そうだね。仕事したり、簡単に友達に会えなくなってから実感するのかもね」

大学の最寄り駅に着いた。同じ方向だから、同じホームで電車を待った。

「急だけど、なんかあった?激痩せしたよな」

彼は気付いていたのだ。話すタイミングを見ていた様子だ。

「ああーー……ここで話す?それとも、うちに来て話す?どっちが良い?私はどっちでも。少し時間かかる話になるよ」

「じゃお邪魔する。時間かかるなら、今から話しながら帰れば良いじゃん」

どっちでも、と言ったのは私。それでも、本当は、きちんとゆっくり話したかったのだ。

「激痩せしたのは、ご飯が食べられなくなったから。単にそれだけ。今はヨーグルトとバナナしか食べられない。だから、外食する時も飲み物しか頼んでなかったの。なんでご飯が食べられなくなったかは、まだ上手くわかんない。自分でも自分のことがわかんなくなる時ってあるじゃん。そんなかんじ」

「病院とかは行かないの?拒食症ってやつじゃねーの?よくわからないけどさ」

「病院は通っている。近所の心療内科に。言わなくて、ごめん」

「は?マジで?心療内科って、精神科?拒食症ってだけで心療内科?精神科?に通うわけ?」

「違うの。それだけじゃなくて、電車に乗ることとか遮断機の音とか、わかんないけど怖くて。それで、今、パニック障害っていう病気で、精神安定剤と抗うつ剤を服用しているから、こうやって電車に乗れているの」

「パニック障害ってわかんない。でも、精神的な薬って、なんか怖い。薬、飲まないでよ」

「パニック障害は気が向いたら、自分で調べて。それに、薬を否定しないで。薬を飲まないと、今の私は私じゃいられなくなるの。」

「調べたら、薬飲む意味がわかる?」

だんだん、私はイライラしてきた。この辛さがわかるか!

「もう疲れる。病気と上手く付き合っていくために薬が必要なの!風邪ひいて、病院に行ったら風邪薬もらうよね?それと一緒なの!」

「でも、風邪薬は薬局で買えるよな。病院に行かないともらえない薬って、なんだかイヤだよ」

「うん、わかった。理解が難しいことは私もわかる。もう、別れて友達としてお互い存在しよう。学部が違っても、共通の友達とかいるし、卒業まで残り少ないし。恋愛的な関係はなしね」

それ以上、お互いに話は交わさなかった。私の降りる駅に着いて、私は走って改札を通り抜けた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ