これは婚約宣言?結婚するってこと?
昼夜逆転でも、なんとか、最低6時間は続けて眠れるようになり、ホッとしている。「もう手術はしない!」と宣言していたにもかかわらず(私は今まで4回手術をしている)、1月下旬に緊急手術をし、2月半ばに退院した。初めて救急車に乗り(救急車はものすごガタガタガタガタと揺れる)病院に運ばれ、翌日、約6時間の手術の上に初めてICUに入った。術後の回復の仕方をすでに取得している私は、ICUから一般病棟に移った日から、点滴や腰にチューブを付けたまま、とにかく歩いた。病室ではほとんど眠れず、そりゃ点滴やらチューブが付いていたら、気になって眠れやしない。早く退院したかった私は、とにかく歩いた。歩くと回復が早いのだ。だから、入院中から長く眠れず、今のように長く眠れることは幸せだ。
・
彼の本気の気持ちは伝わっていた。戸惑いはあったけれど、私も彼といるのはラクだった。ラクだから恋人に戻るというのは、不純な動機だろうか?でも、私は私のまんまで一緒にいてラクな人を好きになる。
「お母さんが夕ご飯食べていって、って」
「有難い。食べる食べる」
「お母さん喜ぶよ」
「いきなりお邪魔して、喜ぶ?」
「うん、うちは母が食べてくれる人がいると喜ぶよ」
「そっか。じゃ、ホントにあがるよ」
「どうぞどうぞ」
再び玄関を開け
「ただいまー」
とまずコートをかけるよう、彼にハンガーを渡す。
うちはシューズボックスに上着をかけられるようになっている。
私のコートは、自室のクローゼットにかけている。
高校生のときにねだって買ってもらった、ピーコートはAPCの紺色。お尻が隠れるくらいの丈だから、子供っぽくならない。一昨年購入したコートは、バーバリーの濃いベージュ。インナーがついており、膝丈でウエストベルトが付いている
ちなみに、バーバリーの淡いベージュのトレンチコートはシューズボックスにある。シングルボタンの、こちらもインナーが付いており、外すこともできる。
父が
「春秋に着られるように」
と、私のサイズに合わせ買って帰宅したものだ。
父はたまにサプライズプレゼントをする。
そして、今年はリ・スタイルのバーゲンで、カシミアの黒いコートを選んだ。カシミアだけに暖かい。バーゲンだったので、約12万円が半額になっていたし、前ボタンが少し左にずれて縦に並んでいるデザインが好みだった。膝丈で着回しも良さそうだ。すぐに買うことを決めた。コートはこれで充分。社会人になっても着られる。
「ありがと」
彼はそう言いハンガーを受け取り、ノースフェイスのダウンジャケットをかけ、私に渡した。彼は、バーバリーの濃いベージュのダッフルコートも持っていた。一緒にいる時、バーバリーかぶりをしてしまうことがあり、なんだか恥ずかしかった。
自室にとりあえず荷物とバッグを置き、手を洗う。
リビングのドアを開け
「ただいまー」
「お帰り。敦くん、いらっしゃい」
母は彼を名前で呼ぶ。
私は、友人達と同じように、あつー、と読んでいた。
「こんばんは、お邪魔します」
「もうすぐ夕ご飯できるから、待っていてね。あ、ご自宅に夕ご飯食べて帰ることを連絡しておいてね」
「すみません、突然に。ありがとうございます」
「大丈夫よ。良い買い物できた?」
彼が指輪のことを言わないか心配する。
「はい、買いたい物が買えました。な?」
私に話をふる。
「うん。買えた買えた」
「ご飯食べたら見せてね」
指輪は内緒にしておきたい。
「ご飯できたら、声かけて。部屋にいるから」
冷蔵庫の中から、お茶を取り出し、2人分グラスに注ぐ。普段使いのデュラレックスだ。
「お客様用にしたら?」
「いーの。割るのイヤだから」
お盆に乗せて、私の部屋に行く。
とにかく、指輪のことは、自然と気付かれるまでふせておきたい。部屋に入るなり
「いただいておいて申し訳ないけど……ティファニーの指輪は、お母さんにもお父さんにも言わないで欲しいの。なんていうか……」
「大丈夫。おれからは言わないから」
「ごめんね。ありがとう」
「全然。それにしても相変わらず綺麗にしてるな」
「そう?普通だけど」
「普通、か…」
「ほら、うちは人の出入りがあるから」
「それでも、綺麗にしてると思うな」
「私にはこれが普通だよ」
彼は少し黙った後
「買い物した物、開けようか」
「うん。……ティファニーはまだ良い?」
「好きな時に開けて。付けるのも付けないのも自由だから」
ティファニーブルーの袋はクローゼットに閉まった。
「あ、電話しなよ」
子機を渡そうとしようとした時
「ケータイでかけるから大丈夫」
彼はケータイを出し、ケータイから自宅に電話していた。
ケータイ…私もそろそろ買わなきゃなぁと思っているけれど、なんだか面倒になりそうで、まだ買ってなかった。社会人になるまでに…いや、卒論終わったら、買わないと。
友人達は、ケータイを持っている人が多くなっていた。そうか、ケータイも必需品になるのか。
彼が自宅に電話をし、話している時間にケータイのことを考えていた。今度、パンフレットをもらってこよう。そう決めた。
「じゃあ、開けよっか」
彼はケータイをしまいながら言った。
「開けようか、って。私のほうが多い」
「いいじゃんいいじゃん」
「ホントにありがとうね」
「いやいや」
最初にジョンスメの袋を開けた。深い赤のタートルニットは、やはり好きな色で好きな形だ。
全身が映る鏡の前で、身体にあててみた。
「やっぱり似合うな」
「嬉しい。大切に着るね」
「深い赤って似合うんだな」
「そんなに似合う?紺色のほうが良かった?」
「いや、おれはこっちが先で正解だと思うけど」
「良かったー。何に合わせるか楽しみ!」
「なんでも合いそうな色だよ」
「そうだね。色々楽しむよ、ありがと」
クローゼットの中にある、引き出しにしまう。
「お母さんに見せなくて良いの?」
「んー……今日はヒールとバッグを買うって話してあるから。それに、ジョンスメを買ってもらったなんて、話しても大丈夫かな……」
両親もジョンスメドレーのニットが高いことを知っている。ただ、良い物だから長く大切に着られる、ということも同時に理解していた。
「まぁ、ほら、おれはバイトの時給高いし。遅い誕生日プレゼントって話したじゃん」
「じゃあ、見せようかな」
「誕生日プレゼントだからってフォローするし」
「了解。ま、着たらどうせバレるしね」
「そうじゃん。おれがいる時のほうがフォローできるから、見せておきな」
「うん、そうする」
引き出しにしまったジョンスメの深い赤のタートルを丁寧に取り出し、薄い紙に包み、袋に戻した。
「Vの中に着るシャツはどんなかんじにするの?」
「たぶん、インナーきて、細かいタータンチェックとかかな。あー、シャツ、買えば良かったかも」
「でも結構、シャツ持ってるじゃん」
「このVならさ、社会人になっても着られるかなって」
「またお母さんと同じこと言うなあ」
「ま、カジュアルなシャツにも合うし」
「Vが狭いから、インナーが見えないようにも着られるし、わざとインナーを見せて着ても良いかもよ」
「それ、あり、だなー。ジョンスメの肌触り!」
「わかるわかる。たまんないよね」
「ほんっとマジで最高。めっちゃお金あったら、ジョンスメ一気に揃えたいくらい」
「違うよ。1枚1枚、丁寧に選ぶから、ジョンスメを買うと幸せなんだと思うけどなあ」
「あー、そうかもな。ゆっくりじっくり選んでいる時間もジョンスメの価値だな」
「そうそう。私だって、買い物早いのに、ジョンスメはじっくり見て、丁寧に選ぶもん。ジョンスメは早く決められない!」
彼は爆笑する。
「珍しく、決めるの長いなぁって時はジョンスメだもんな。あとは……たまにセントジェームスも長い」
爆笑を続けながら。
「えっ?セントジェームス長い?」
「他の物に比べたら、長いと思うよ。ま、もともとが買い物早過ぎるから」
「ジョンスメは長いの自覚してたけど…セントジェームスもか…自覚なかった」
「長袖にするか?7分袖にするか?半袖にするか?素材はどれにするか?ボーダーの組み合わせは?単色にするか?」
「そう言われれば、そう考えてるかも」
「おれよりは短いけどな。おれのほうがいつも買い物長い」
「うん。それは確実」
「おれ、女かよっ」
「私、男かよっ」
笑い過ぎてお腹が痛い。
リビングのドアを開け、2階の私の部屋に向かって
「お待たせー。できたわよー」
そう母が大声で言っているのが聞こえる。
部屋のドアを開け
「今、行くー」
そう返事をした。
彼に
「リビングに行こうか」
と伝え、お盆に乗せて、グラスを1階に持っていく。
「どうぞ食べて」
母は彼をダイニングテーブルに座るよう話す。
今夜は豚肉の生姜焼きに、キャベツの千切り。蒸した野菜の盛り合わせ、大皿に焼き餃子、小鉢に絹豆腐。蒸した野菜の取り皿と手作りのドレッシング。普段通りの夕ご飯だ。品数は最低、この程度はある。
「野菜の盛り合わせ、ドレッシングかけちゃって大丈夫?」
「はい、すみません、ありがとうございます。いただきます」
「どーする?」
母が私に聞く。
「お豆腐と蒸した野菜は食べようかな。餃子もいくつか食べられたら」
「そうね、無理しなくて良いわよ」
母は彼がいても、普段通りだ。
「すみません。お父さん、まだですよね?」
彼が父の帰宅を気にした。
「もうすぐ帰ってくると思うけど。先に食べて良いのよ」
そうか。父より先に食事をすることを気にしていたのか。
やっぱり律儀な奴だなぁ。
「敦くん、おかわり言ってね。遠慮しないでね」
「あ、はい。ありがとうございます」
父がただいまーと玄関を開ける音がする。
お豆腐と蒸した野菜を少し、餃子は1つだけ食べ、私の夕ご飯は終わり、リビングのソファーに座っていた。
彼は、母に白米のおかわりをお願いしている。
「ただいま」とリビングのドアを開ける父。
「こんばんは、お邪魔してます。先にすみません」
彼は母よりも先に話した。
「おかえりなさい。私が先に食べてって話したのよ」
母が話す。
「こんばんは。いらっしゃい」
父は特に機嫌を悪くしていなかった。
無理矢理繕っているのではなく、本当に普段通りだ。
父らしいというか。
手を洗いにリビングを出て、洗面所に寄ってから、両親の部屋で父が着替えてきた。
チノパンにYシャツ姿だ。
「じゃあ食べようかな」
父が母に伝える。
「私も食べるわ」
そう。私の両親は、一緒に夕ご飯を食べる。
「今夜はお姉ちゃん、食べてくるらしいから」
姉は社会人になり、外食が多くなった。
「私は今日買い物してきた物、持ってくるー」
ヒールとバッグと……ジョンスメの袋をリビングに持ってきた。
「お金、あげた?」
「ちゃんと渡したわ」
小声で父が母に聞いていたらしい。後から彼に聞かされた。
昨日、買い物に行くと話しておいたので、父は母にお金を渡すよう、話し合っていたようだ。
「じゃあ、まずヒールね」
袋から包装されたヒールの箱とセルジオロッシと印刷されている、柔らかい靴袋を出した。
ヒールを履いて
「どう?」とリビングを少し歩いて見せた。
「ずいぶんヒールが高いけど大丈夫なの?」
「うん。見た目より全然歩きやすいの」
ヒールがリビングの灯りに反射し、赤味をおびていた。
「デザインも色も素敵ね」
「ありがとう。大切に履くからね」
「歩きやすいって言っても、無理は禁物よ」
「わかってる。でも、研修終わって、売り場に立つようになったら、ヒール5センチ以上だよ。そっちのほうが心配だよ。一日中、5センチ以上のヒールで、休日以外は仕事するんだから」
「そうねー。慣れよ、慣れ」
母は、いつも不安を消してくれる。
父は
「高そうな靴だなぁ。イタリア製?」
と、ヒールの値段を聞いてきた。
「それがたまたまセールで。前のやつより安かった」
「それは良かったね。良い買い物だよ」
私がヒールに慣れてないことも知っていた。
「で、こっちがバッグ」
エルベシャプリエのバッグを見せた。
「あ、お母さんわかっちゃったわ。トートバッグと同じブランドでしょう?」
「正解!持ち手は皮だし、これくらいの大きさなら、大学でも社会人でも使えるかなって」
「そうね。大きなバッグは斜めがけしか持ってないわよね?肩掛けを選んで良かったわ」
「そうそ。肩掛けも必要かなぁ、なんて考えておいたの」
「あれ?ヒールとバッグだけじゃないの?買い物に行くって話した時、そう言ってたはずだけど……あと1つの袋は?お金足りたの?」
「えーっと……こっちは、あつーが買ってくれて…」
「まあ、敦くん、ごめんなさいね」
夕ご飯を食べ終わりそうな彼が
「いえ。誕生日プレゼント、まだ渡してなかったので。それに僕も買いましたから」
彼は両親の前だと、僕、になる。
彼の言葉はフォローになっているだろうか?
「で、ジョンスメのニットをいただきました」
「ええ?ジョンスメのニット?高過ぎるプレゼントよ。お互い、まだ学生なんだから」
「ちょうど似合うのがあったので。それに少しお金がありましたから」
深い赤のタートルを広げて見せた。
「本当に良い色だね」
父がジョンスメだと知り、買い物を褒めてくれた。
「うんうん。素敵だわ。大切に、ね」
母は何度も
「良い良い!素敵よ、素敵」
そう言ってくれた。
彼のフォローは効果があったようだ。
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
「お粗末様。お腹いっぱいになった?大丈夫かしら?」
「はい。美味しくて食べ過ぎました」
彼も母も父も笑顔だ。
デザート代わりのチョコレートを探し、カカオ60%のチョコレートを見つけ、袋ごと持ち自室に行く。
「あ、カフェオレで良い?」
「うん。相変わらず、お母さんのご飯、美味しいな」
「そうでしょ」
キッチンに行き、インスタントコーヒーでカフェオレを作ろうとしたら
「ドリップにするから」
そう母がキッチンで素早く作ってくれた。
「ありがとう。あつーがお母さんのご飯、美味しかったって」
「嬉しいわ。コーヒーはマグカップで良いの?」
「うん、お客様用は量が少ないから」
私は2つのマグカップをお盆に乗せて、また自室に戻る。
「お母さん、喜んでたよ」
お盆をラグの上に置いて、マグカップを渡す。
「だってマジで旨いもん」
「じゃ、帰ったらまた伝えておく」
「ん。ジョンスメ、買って良かったな」
「でも、やっぱり高過ぎるって」
「たまにはねー」
「チョコ食べる?」
私はすでに1つ目のチョコレートを開封していた。
「苦い?」
「私は苦くないかな」
「じゃあ1つもらう。カフェオレ、美味しいな」
「お母さんがコーヒー好きだからね」
「あ、このチョコとカフェオレ合う」
「あはは。まーた、お母さんと同じこと言ってる」
「そうなの?でも旨いよ、マジで」
「うん。わかる」
ソファー代わりにしている、大きな大きなクッションに2人で寄っ掛かりながら話す。
「今度、バイト先でカカオの高いチョコ、買ってくるよ。色々あるから」
「ありがと。楽しみにしてる」
彼のバイト先の高級スーパーは、輸入食品が豊富だ。
ふうーと彼が大きく息を吐き、天井を見上げた。
「何?どうかした?」
「昨日話したけど…卒業したら、お互い社会人になって、会える機会も少なくなるじゃん。卒業する前に、研修前のレポートもあるし」
「うん。でも仕方ないよ。同じ職場じゃないんだから」
「だからさ。社会人になったら一緒に住まない?」
「えー!……お金、やっていけんのかな…」
「もちろん、家賃もなるべく安くて、お互いの職場に通いやすい場所で。部屋は狭くなるだろうけど…」
「じゃあ、社会人になって、お金が少し溜まってからにしない?私、ホントにまだ研修もできるかわかんないし……卒論も終わってないし」
「おれ、早く一緒に住みたい」
「はあ?本気で言ってるの?私、病気だよ」
「病気でも良いんだよ」
「家賃とか、光熱費とか…あと最低限の家具や家電製品とか日用品とか。色々とお金が必要だよ」
「わかってる。おれ、貯金あるから」
「貯金なんて、あっという間になくなるよ」
「じゃあ、いつになったら、一緒に住める?」
「まだわかんない。あつーの親には1回しか会ったことないし…病気のことも話してないし…」
「あんまりあれこれ考えないでよ。時期、決めようよ」
「ホントにホントにわかんない!」
「じゃあ、卒業して、研修が始まるまでの間」
「だから、お金ないって」
「最初から全部は揃えなくても良いじゃん」
「やだよ、そんなの」
「とりあえず、家賃3ヶ月分と光熱費はおれが払う」
「最低限の家具と家電製品は?日用品は?」
「んー……リサイクルショップとか」
「それなら、やっぱりちゃんと社会人として働いて。お互いにお金貯めてからにしようよ」
「家賃は8万までだなぁ…」
「ちょっと、私の話、ちゃんと聞いてる?」
「聞いてる。タイミング逃すのがイヤだから」
「タイミングって……」
「一緒に生活して、不安とかなく、大丈夫ってなるように。とにかく、一緒に住もうよ。そのタイミングだよ」
「……確認。本当に良いんだね?私が研修途中で仕事がダメになっても良いんだね?」
「良いよ。なんなら、すぐ一緒に住む?」
「それはぜーったいに無理。家事は半々だよ」
「料理はできるからなぁ、そっちが。もちろん、家事は半々で。料理教えて。お金のことは関係なしに」
「誓える?約束できる?」
「相変わらず慎重だなぁ」
「そりゃあ慎重になるよ。石橋叩いて、叩き壊すくらい慎重になるよ」
「叩き壊すか。ま、慎重になるのは理解してるつもり。ただ、本気で考えたから」
私は、これはなんなんだろう?と考えた。
プロポーズではなく、一緒に住みたい宣言?
「お父さんたち、ご飯終わったかなあ?」
「なんでそんなこと気にするの?」
「ちゃんと挨拶したいって話したでしょ」
「なにも今日じゃなくても良いよ」
「いや、タイミング的に今日」
どんな風にタイミングをはかっているんだか?
私にはちっともわからない。
簡単に大丈夫。
簡単にタイミング。
私の不安は伝わらないのだろうか?
「ちょっと、リビング見てきて」
「うん、わかった。待ってて」
怖いくらい、彼は真っ直ぐ前を見つめていた。
マグカップを2つ乗せたお盆を持ち、1階のリビングに入る。
父と母は、夕ご飯を食べ終え、食後のコーヒーを飲みながら、リビングでくつろいでいた。
「お父さん。お母さん。今、ちょっと良い?」
「いいよ。カフェオレのおかわり?」
父が言う。
「待ってて」
自室の2階に上がっていく。
「今、2人ともリビングでくつろいでる」
「ん。挨拶するよ」
別に良いのになぁ…
付き合ってるくらいで、きちんと挨拶って。
付き合いだした時に挨拶したじゃん。
「食後のゆっくりしている時間にすみません。さっきはごちそうさまでした。本当に美味しかったです」
「どういたしまして。良かったら、2人も座ったら?」
「いえ。少しお時間いただけますか?」
私は彼の後ろで、身体ごと横に向けたり、ぶらぶらしてみたり落ち着かなかった。
「大丈夫よ。まあ座ったら?」
彼が父と母に近いほうのソファーに座る。
隣に私も座った。
「改めてになりますが、真剣にお付き合いさせていただいています。突然のことで驚かせてしまいますが、僕は結婚前提にお付き合いしている気持ちです。
まだ学生ですが、社会人になる前に、一緒に生活し、その一緒に生活するのは、ある意味、婚約をしていると受け止めていただければ。大切なお嬢さんですから、本当に結婚も含めて、お付き合いしているつもりです。どうか、一緒に生活することをご理解いただけないでしょうか?宜しくお願いします」
彼は深々と頭をさげた。
待って、待って、待ってー!
婚約とか結婚とか聞いてない!
一緒に住むのも、まだきちんと決めてないよ?
私より、先に両親にプロポーズ?
頭が回らない。