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  作者: ひじきとコロッケ
宇宙へ
9/60

ゲート突入

 ゲートが開いていると思われる時間があと三時間に迫る頃、宇宙船の中はアラームが鳴りっぱなしであった。最初はアラームが鳴る度に止めていたが、あちこちで異常を検知してしまい、止めてもすぐに鳴り始めるので諦めた。

 宇宙船の推進力を生み出す謎の装置――重力制御式光子推進ユニットと言うらしい――は動力源が電気である。そのために、宇宙船内の発電機で電力供給をしている。この発電機のエネルギー源は、AIと人間の共同研究で生み出されたパワーリキッドと呼ばれる液体で、いくつかの金属の合金に触れさせると、合金が触媒として作用し急激に分解、気化、膨張する性質を持っている。この膨張が水蒸気並みの膨張率になるので、火力発電のようにタービンを回して発電が出来る。このとき、可燃性ガスと酸素にも分解されるため、回収して燃焼させるとさらにエネルギーが得られる。そして、化学反応の比率上、酸素が多く残るため、酸素ボンベ代わりにもなるという、宇宙船にはもってこいの燃料である。そして、このパワーリキッドを触媒へ送り込むためのポンプが故障した。

 燃料供給がなくなれば、発電機は止まる。簡単な理屈である。だが、発電機が止まるだけならただ修理するだけで良かったが、ポンプからパワーリキッドが漏れ始めている。そして漏れたパワーリキッドが床の金属と反応して可燃性ガスを発生させ、そこら中に毒性の強い可燃性ガスがあふれ、センサーが異常を伝え続けているのである。


「それじゃ気をつけて」

「はい」


 ヘッドセットでアラーム音を押さえつつ、シオンがナオに指示を出す。ちなみにこのアラーム音に辟易したリサは自室にこもっている。まあ、作業スペース的にも機械室は狭いので手伝うことも難しい。

 防護服代わりに宇宙服を身につけたナオが機関室への扉を開くと、シューシューと言う音と共にガスがあふれている様子が見えた。幸い視界を遮ることはないので、そのまま中に入る。腐食したりすることはないから慌てる必要はないが、あと三十分もすれば宇宙船のバッテリーが空になるのであまりのんびりも出来ない。


「これですね」


 ナオがポンプの破損箇所を指で示す。配管とポンプの接合部分が完全に割れているのがカメラからの映像でもわかる。


「んー、派手に割れたね」

「ポンプと配管を丸ごと交換しますね」

「それしかないでしょ」


 ナオが工具を手に交換を開始する。せめてポンプだけでも無事なら交換もすぐに終わるのだが、ポンプごと交換となると時間がかかる。バッテリーが切れる三十分以内に完了は……ちときついか。

 仕方ない、とシオンは操縦室を出てリサの部屋のドアをノックし、返事を待たずに開ける。


「終わ……ってないよね?」

「結構かかりそう」

「何か手伝う?」

「一つだけ」

「何かな?」

「電気も重力も切る」

「え?」

「バッテリーを持たせたいの」

「了解。部屋から出ないようにするわ」

「ん、ありがと」


 操縦室に戻り、ナオの作業と航行に必要な最低限の機能を残し、電源を落とす。五分程度はバッテリーが長く持つはずだ。

 その間にもナオはテキパキと作業を進めている。デキる男だ。この様子なら何とかバッテリーが切れる前に交換を終えるだろう。

 作業の様子を横目に、宇宙船の航行を確認する。方角問題なし。自動操縦はうまく機能しているようだが、速度が落ち始めている。宇宙空間では空気抵抗などがないので、速度を維持しやすいのだが、針路を微調整しながら航行している関係でわずかずつだが速度が落ちる。その分、加速をしなければならないのだが、その加速のための電力が今は厳しい。

 ナオの様子を確認する。破損した管とポンプを外し終え、新しいものを取り付け始めている。予想よりも早いが、やや早すぎる。


「ナオ、もう少し落ち着いて。ポンプの固定、甘くなってないか再確認」

「はい」


 冷静で慌てる様子など見せたこともないナオだが、今回ばかりは焦っているのだろうか。ネジの締め付け具合を二度三度と確認し、しっかり接続されていることを何度も確認している様子が見える。よし、何とか終わったかな。


「シオン、作業完了しました」

「燃料供給開始するわ。ちょっと様子を見てて」

「はい」


 スイッチを操作して、ポンプを稼働させる。発電機が回り始めた。電力は……正常だ。


「こっちの数値は良さそう。そっちはどう?」

「そうですね……漏れているところはないようです」

「おっけ、漏れた燃料の処置をお願い。こっちは遅れを取り戻すわ」

「了解しました」


 とりあえず加速を開始。少しだけ出力を多めにして遅れを取り戻すことにする。船内の電気と重力は……少し後回し。リサにはもう少し我慢してもらおう、動力を優先だ。

 ギリギリの出力に調整したところで、到着予想時間を再計算。ゲートが閉まる予想時間の五分ほど前に到着という予想。

 十分ほどで発電機の電力が安定したのを確認し、船内の電気と重力を通常に戻す。速度も順調、船内の各種モニターも正常。あと二時間と少し、頑張ってみようじゃないか、と両手で頬を軽くはたいて気持ちを高める。「よし!」と気合いを入れたところにちょうどナオが戻ってきた。当初の予定ではナオは休憩だが、残り時間とか現在の状況から休んでる場合ではないと判断したのだろう。ややワーカホリック気味だよな、と思いながらも色々と指示を出す。残り時間を考えると、この三十分が一つのヤマだ。


「出力、安定してますね」

「最初の頃のトラブルが何だったのか、っていうくらいね」


 ついさっきの燃料漏れも含めると発電機のトラブルは五回目。そしてどれもこれも、その後の動き始めが鈍く、何とか動かしているうちに次のトラブル……と言うことを繰り返していたことを考えると、今の順調な稼働は何だろうか。


「確かに部品は交換してるけど、最初に使ってた部品の方が新品だったのよね」

「金属疲労による劣化も考慮して、入手できる中で新しい物を選択していたはずなのですが、何かミスがあったのでしょうか……」


 ナオも少し落ち込み気味だ。ナオの方が器用なので細かい組み立て作業はほとんどナオがこなしていたのだが、そこにミスがあったとなると自信喪失もやむ無しだろうか。


「あの、それってもしかして」


 ちょうど操縦室に入ってきたリサが話に加わる。


「慣らし運転って奴じゃない?」

「え?慣らし運転?」

「え、知らないの?」

「いや、知ってるけど……ああ、そういうことか」


 確かに最初に使ってた部品は工場から出てきたばかりの部品。元々はかなりの精度での加工を行える工場だったはずだが、このご時世ではその加工精度も今ひとつになっているのだろう。予備として持ってきた部品は中古だが、いい感じに細かい凹凸が削られて滑らかになっていたのかも知れない。


「ま、原因はともあれ、調子がいいのはいい事よ。あと少し、頑張りましょう」

「「はい」」

「と言うことで、これ作ったんですけど食べる?」

「一つどころじゃないくらいいろいろ聞きたいけど、とりあえず聞いていいかな?」

「ん?」

「このオニオンスープ、どうやってこの味出してるの?」


 五分ほど説明を聞いたが理解できなかった。


「それはさておき、あと少しなんだけど、ナオ」

「はい」

「そっち、点検終わったよね?休憩入って。一時間」

「わかりました」

「リサ、代わりにそこに座って。画面に出てる三つの数字、私が聞いたらすぐ答えられるようにして」

「ん、わかった」

「残りわずかだけど、結構疲れもたまってきてるから、交代で休憩しながら行きましょう」


 状況だけ見れば、気が抜けないために休憩を入れない方が良い、と言う判断もあるだろうが、シオンは集中力の低下などを懸念し、あえて交代で休憩を取ることを提案した。画面の数字を読み上げるだけならこの宇宙船の構造に疎いリサでも出来る。


「早速だけど読み上げて」

「一二八、九七、二二一」

「おっけ」


 確認した数字から素早く色々と計算し、あちこちのスイッチを操作していく。基本は自動操縦だが、残りの距離を考えるとわずかな誤差でも早めに修正しておいた方がいい。


 一時間後、ナオが戻ってきたところでリサを休憩に。一時間後、リサが戻ってきたところでシオンが休憩に。


 そして一時間後。


「そろそろね」


 ゲートがあるはずの場所まではあと十分程度だろうか。


「ナオ、レーダーは?」

「何も反応がありませんね」

「リサ」

「はい!」

「えーと……なんか見える?」

「……何も……って、なんかノリで聞いてるでしょ?!」

「気のせいよ」


 実際の所、レーダーはあまり当てにしていなかった。有効範囲が数十キロと狭い。むしろ目で見た方が速く見つかるかも知れない。


「方角は多分あってるはず、距離ももうすぐのはず……」

「他に何かなかったの?」

「他、ねぇ?」

「例えば、なんか信号を送ると返ってくる、みたいな」

「……あったかも?」


 慌てて例の資料を画面に表示する。


「あ、私ドイツ語読めないんで」

「さすがに訳してあるわよ」

「なら、内容覚えててよ!」

「機械翻訳任せだったから内容はあまり覚えてないの!」


 発達したシステムの弊害という奴である。


「んーと、あった、これだ!ナオ、何でもいいから電波通信の用意、今から読み上げる周波数と間隔で全方向へ発信」

「了解」


 シオンの読み上げた数字を復唱しながらナオが通信機を操作していく。


「これを三秒、その後停止」

「三秒発信……停止しました」

「以上」

「これで何が起こるの?」

「誘導信号の要求」

「と言うことは?」

「向こうから返答が来るはず……ナオ、何か返ってきてる?」

「今のところは何も……っと、来ました!」

「方角は?」

「このまま正面です……あ」

「ん?」

「誘導信号に文章がついています」

「何て?」

「ドイツ語ですが……」

「またか」

「訳します……ゲート開放残り時間二分三十秒」

「「何だって!?」」


 正面には何も見えない。まだ距離があるのか。それとも見えないものなのか。


「ええい!迷ってる時間がもったいない!ナオ、信号発信源を正面に表示して。速力最大にするわ!」


 正面のモニター中央に赤い丸が表示されると同時にガクンと、急加速の衝撃が伝わってくる。そこら中に表示されている数字がめまぐるしく変化していく。


「こ、こんなに出して大丈夫なの?」

「わかんない!ナオ、動力系の温度だけ注意しておいて!」

「了解!」


 加速を始めて十秒もしないうちに何かのアラームが鳴り始めた。一つ鳴り始めると次々鳴り始める。


「ナオ、問題なさそうならアラーム切って!」

「……大丈夫です。切ります」

「あとどのくらい……レーダーには相変わらず反応無し、と」

「あのさ」

「ん?何?」

「ゲートって要するにどこかへ移動するための、こう何て言うか……よくわからない科学で作られた空間の穴みたいなもの、って事でいいの?」

「いいと思う」

「なら、レーダーに映らないんじゃ?」

「あ」


 地球のレベルからは計り知れないほど発達した科学の力で空間に穴を開けて他の場所と繋いでいるというのなら、それこそ「穴」はただの穴でしかないと言うことになる。レーダーが反応するものがない、ただの穴だ。

 モニターに表示されている丸を消し、よく確認する。


「あ、シオン、あった。あったよ!」

「え?どこどこ?」

「ここです、ここ。この辺で星空って言うのかな、消えてただの黒になってる」

「……ホントだ」


 微妙に目を細め、角度を付けてみると何となく黒い丸い空間が見えてきた。あれがゲート。「よし」と呟いて操縦に専念する。ナオもどうやら見えたようだ。

 それにしても、ゲートを見るときのシオンの顔……半目で口も半開きになってブッサイクになるなぁ、とリサは口が裂けても言えない感想をそっと心の奥底にしまう。


「ナオ、残り時間」

「四十二秒」

「ギリギリ行ける」


 ゲートは大分大きく見えてきており、正面はほぼ全部ゲートの黒い空間しか見えなくなっている。


「一度言ってみたかった台詞シリーズ!」

「な、何ですかいきなり?!」

「行っけえぇぇぇぇ!」

「!……行っけえぇぇぇぇ!」


 次の瞬間、「ふわっとした何か」があり、ゲートに入ったのだ、と感じたのだった。


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