手料理
いろいろな資料を読みあさっていたら三時間も経っていた。少し様子を見に行こう。
操縦室へ入ると、二人はまだ色々と機械の操作をしていた。邪魔をするつもりはないが、さすがにちょっと声を掛けるか。
「あのさ」
「ん?」
「何か手伝えること、ある?」
「水と食べ物、私の分だけでいいから持ってきてくれる?」
「了解」
格納庫へ向かい、携帯食料を一パック、水は厨房へ寄ってコップに、トレイに乗せて持って行く。
「ほい、これでいい?」
「ありがと」
「どんな感じ?」
「んー、そうね」
ブロック食をくわえながらシオンがパパッとスイッチを操作する。
「何とか軌道調整完了。最短コースを取れたけど、間に合うのを祈るしかない状況。おまけに船内の機器も結構アレな感じでね、再チェック中」
「チェック、あと五項目です」
「おっけ」
水でブロック食を流し込み、キーボードをタタッと叩いていく。
「またズレたか……」
「また?」
「理論上はこの出力で、と言うのを出しているんだけど、センサーの誤差も多くてね。微妙な出力の誤差が出ちゃって軌道をズレるのよ。もうかれこれ二時間はズレの修正を続けてるわ」
「あと四十時間以上あるのよ、大丈夫?」
「一応色々考えてあるわ、安心して」
そう言うと、シオンは食べ終えたトレイをリサに渡す。
「あの……」
「ナオさんは食べなくても……?」
「チェック終わったら休憩するように言ってあるから」
「それならいいんですけど」
何か用があったら遠慮なく言ってくれ、と言ってから操縦室を出る。自分に出来ることは何があるだろうかと自問自答し、あることを思いついた。少し時間がかかるが、少しは役に立てるかも知れない、と厨房へ向かった。
「何してるの?」
シオンが厨房に入ってきたのはそれから二時間後のこと。一段落ついて水でも飲もうと厨房に来たらリサがいた。
「料理?」
「うん、携帯食料、そのまま食べるよりも少し手を加えるとおいしくなるから」
「そうなの?」
「これでも一年近く放浪してたからね。食事くらいは、って教えてくれた人もいたのよ」
「ふーん」
その人、もういないんだけどね、とリサは心の中で付け加えた。
「ちょうど出来たけど、食べてみる?」
「いただくわ」
と、受け取ったはいいが、トレイに乗せられている二つの皿を見たシオンの感想は「何をどうしたらこうなった?」である。携帯食料はいわばカ○リーメイトのようなブロックタイプで、とりあえず食べやすいように無理やりやや甘めの味付けがされているだけである。それをどう料理したら何かの具材の浮いたスープとパンケーキになるのだろうか?
「あり合わせだからちょっと微妙かも知れないけど、そのまま食べるよりはいいかな位の味にはなってるから」
「ん、ありがと。部屋で食べるわ」
厨房を出ようとして、一つ思い出した。
「そうそう、申し訳ないんだけど」
「ん?」
「操縦室、私かナオがいないときは入らないで。自動操縦にしてあるけど、かなり微妙だからモニターの切り替え一つも気を遣う状態なの」
「わかった」
リサに見送られシオンは自室に戻る。
小さな机についてとりあえずパンケーキを口にする。
「味はそのままだけど……食感が違うと食べやすくなるというか、食が進むわね」
スープを一口。
「どうやってこの味を出した?!」
材料があの携帯食料だと言われなければオニオンスープだと思ってしまう味だ。料理方法を聞いてみたいが、答えが少し怖いのでやめておこう。
驚きのメニューを実現して見せたリサに感謝しながら食べ終えると、ベッドに倒れ込んだ。さすがに根を詰めすぎた。少し眠ろう。アラームを三時間後にセットして目を閉じた。
「さて、次はどうしようかな」
シオンを見送ってから、独り呟く。携帯食料のフレーバーが三種類しか見当たらなかったので、パンケーキとオニオンスープもどきは作れたが、後は何が出来たっけ?調味料として使えそうなのは、塩と砂糖とコショウくらいか。このご時世によくそろえたもんだと感心するレベルである。欲を言えば醤油があると、かなりバリエーションが増えるのだが……そうだ、アレを作ってみよう。うまく出来るようならアレとアレも出来るな。そう決めると、携帯食料のパックを一つまた一つと開けていった。
アラームに起こされたシオンは、シャワーを軽く浴びてすぐに操縦室へ向かった。既にナオがいろいろな数値を確認しており、現時点で問題ない状況だと言うことを聞くと、改めてキーボードを操作する。航路は……何とか維持できている。宇宙船の状態は……なるほど何も問題はない。が、ちょっと怪しい数字がいくつかある。正常値のど真ん中にいるので問題ないのだが、どうも怪しい感じがする。
「ナオ、この十二番と二十八番なんだけど」
「はい」
「直近三時間の数字をチェックして」
「わかりました」
ナオがチェックしている間、他の数字もチェックする。怪しいとカンが告げてくるものは二箇所だけだったようだ。
「直近三時間、変動がありません」
「そりゃおかしい。センサーの故障の可能性あり。点検を」
「わかりました」
ナオが工具箱を持って操縦室を出て行くのを見送り、ふうっとため息をつく。こういう数字をチェックするとか、機械を正確に操作するとか言ったことに関して、ナオの腕は信頼できる。だが、何となく数字を眺めて怪しいところを探し出すと言う、いわゆる勘を働かせると言ったことがナオは苦手だ。仕方のないことだし、本人も自覚しているからいいのだが。
「シオン、いいですか?」
「いいよ、何?」
ナオから通信だ。
「十二番のセンサー、交換しました。どうでしょうか?」
「んー、ちょっと待って……ん、いい感じ」
「では二十八番も交換します」
「よろしく」
このように仕事が速くて正確。何の問題もないじゃないか、と自分に言い聞かせる。しばらくしてもう一つのセンサー交換も確認し、ナオに休憩を取るように伝えると、天井を見上げてため息をついた。
「ため息をつくとね、ため息をつきたくなるような人生を送ることになるから、やめなさい」
と祖母に言われたことを思い出し、苦笑する。言いたいことはわかるが、今の状況はため息が出ても仕方ないだろう。まだ地球を出発して十時間も経っていないのにあれこれトラブルが出ている。これでゲートが閉じる時間に間に合わなかったらどうしようか。次にゲートが開くのは二週間ほど先だ。だが、一度地球に戻るにしても、リスクが大きすぎる。しかし、ゲート付近でうろうろ待つのも結構厳しそうで悩ましいところではある。
眉間にしわを寄せて悩んでいるところにリサが入ってきた。トレイを持って。
「あのさ、これ作ってみたんだけど、食べる?」
「ん?……って、どうやったらあの材料からハンバーガーとフライドポテトが出来るのよ!?」
味も食感も香りも、レタス抜きのハンバーガーとフライドポテトであった。