停止
「な、何?何が起きたの?」
あちこちでランプが点滅し、ブザーが鳴り響く室内で、リサがオロオロしていると、シオンがドアを乱暴に開けて入ってきた。
「何があったの?!って、わかんないか」
「うん」
シオンが中央の椅子に座り、スイッチを操作すると、ブザーが止む。と、同時にナオも入ってきた。
「推進ユニット一番から三番停止中。バランスが取れなくてコースをそれてるわね」
「全て一旦停止します」
「了解。カウントよろしく」
「三、二、一……停止」
再び船体が軽く振動する。
「こっちのチェック進行中」
「こちらもチェックを……見つけました」
「どこ?」
「十二番ケーブルの先のユニットが応答無し。ケーブル断線と思われます」
「あのケーブルかぁ」
シオンがあちゃ~という感じで額に手をあてる。
「仕方ない、交換しましょ。予備ケーブル持ってきて」
「はい」
返事と共にナオが出て行く。
「さて、こっちも準備を」
シオンがスイッチ類のテーブルの下から、工具箱を引っ張り出す。
「私も何か手伝うよ」
「ん、お願い。ついてきて」
二人で外に出て、通路を少し進んだところでシオンが立ち止まり、床に置いた工具箱を開く。
「んーと、ここね」
床を指さし確認し、ネジに電動ドライバーをあてるとウィーン、というモーター音とともにネジが外されていく。全部で四本。
外したネジを工具箱から取り出した小さな袋へ入れ、リサに渡す。
「これ、持ってて」
「ネジ?」
「他はともかく、ネジは予備が少ないの」
「わかった」
ネジを外した部分を開くと、太いケーブルが大きなコネクタに接続されている部分があらわになる。シオンはケーブルに手書きされた番号が間違いないことを確認すると、さらに通路を奥に進み、同じように床のネジを外す。
「こっちのネジも持ってて」
「うん」
なくさないように袋ごとポケットに入れ、ポケットのボタンを留める。
「よし、こっちの準備は出来た、と」
そこへケーブルを肩に担いだナオがやってくる。
「持ってきました。これですよね?」
「おっけ、コネクタのフタは開けておいたから交換準備をお願い。リサはこっちを手伝って。私は電源制御をするから」
そう言い残すとシオンは操縦室へ向かう。
ナオはケーブルを床に置くと、一緒に持ってきたヒモをコネクタにつながったケーブルに回し、結び始める。
「こっち、結んでおけばいいの?」
「はい、お願いします」
何もしないのも気まずく、ナオが持ってきたケーブルにヒモを結ぶ。ほどけないように、しっかりと。
「こっち、準備できたわ。そっちはどう?」
操縦室から顔をのぞかせながらシオンが聞いてくる。
「ちょっと待ってください」
ナオが念のため、両方のヒモを引っ張って確認する。
「大丈夫です」
「了解。じゃ確認。よく聞いてね」
「「はい」」
「今から船の動力を停止して、そのケーブルに流れる電気を停止します。停止と同時にケーブル交換を開始して。だけど、動力停止と共に重力発生システムも停止するから船内は無重力状態になるの。危ないからリサはその場から動かないで、ケーブルの端を持って待機。体が流されないようにその辺の手すりにでも捕まっててね。ナオは反対側からケーブルを引っ張って新しいケーブルを引き出して接続。その後、リサの持っている側に移動して接続。電気を止めていると言っても、万一があるからリサはコネクタに触らないこと。以上よ」
「了解しました」「わかりました」
返事を確認するとシオンが引っ込む。
「ではこちら側を持っていてください」
ナオがヒモを結んでいない方の端を渡してくるので、ぎゅっと握る。
「電源切るわよ、五秒前……三、二、一……切断」
同時に通路にもいくつか点灯していたランプが消え、船内全体が非常灯がついただけのような暗さになる。そして、重力が消え、体重を感じなくなる。
「ふあっ」
思わず、声が出る。
「動くと、天井まで行ってしまいます。動かないで」
「は、はい」
「ここ、掴んでいてください」
ナオが手を引いて、壁にある手すりまで誘導し、姿勢を固定させて落ち着かせる。何このイケメン。
リサが落ち着くのを確認すると、ナオが作業を開始する。コネクタをガチャンと外すと、手を壁に引っかけてスイっと引き、一気に反対側へ体を滑らせていく。
反対側にたどり着くと、またガチャンとコネクタを外し……ケーブルを引き始める。ヒモにつながれたケーブルが床の中に飲み込まれていくのを見て、リサが少し慌てる。巻いたままのケーブルでは絡んでしまう。体が浮かないように注意しながらケーブルを緩め、引っかからないように床下に誘導する。
「ありがとうございます」
「そ、そんなたいしたことじゃ」
向こうでナオが礼を述べるが、なぜか気恥ずかしくて噛んでしまう。
ほぼ全てのケーブルが飲み込まれると、プラグ部分だけを持って待機。反対側でナオがガチャンとつなぐ音がして、こちらへ体を滑らせてくる。慣れた感じで移動しているが、無重力の経験があるのだろうか?
やや勢いがつきすぎたのか、リサのすぐ目の前までナオの顔が迫る。息がかかりそうな距離に鼓動が早まる。
だが、ナオはリサの心中などお構いなしに姿勢を入れ替えて、手早くコネクタの作業にかかる。ま、そうだろう。
「接続できました」
ナオがコネクタの接続を確認して操縦室に向かって叫ぶ。
「了解。接続準備。重力発生するから気をつけて」
向こうも無重力状態。顔を出す余裕はないようだ。
「リサさん、こっちへ」
ナオがリサに手を伸ばす。手を取るとすっと引き寄せられ、床に伏せるように誘導される。
近い近い近い……
「接続するわ、三、二、一……接続」
ブン……という音がして、消えていたランプが点灯し、体の重さを感じるようになる。同時にリサを上から押さえていたナオの手が緩む。
「大丈夫?怪我とか無い?」
シオンが顔を見せて聞いてくる。
「だ、大丈夫です」
答えるが、リサの心臓はあまり大丈夫ではない感じだ。
「こっちはチェックをするから、フタして、ネジ締めておいて」
「わかりました」
ナオが手早くフタをはめていくので慌ててネジを取り出す。そう、作業に専念しよう。だってそもそも、ナオはシオンの……だろうし。
「お疲れ~。こっちはあと少し」
作業を終え、操縦室に入ると、シオンが手を振りながら迎える。
ナオもいつもの位置に座り、チェックを開始。リサも隅っこでおとなしくする。今はこれでいい。
「よし、こっちはおしまい」
「こちらも終わりました。問題ありません」
「よし、では改めて、出発!」
パチパチ、とスイッチを操作。船体にふわっとした加速がかかり、進み始める。
「針路チェック」
「右斜め上方向へ修正」
「加速よし、針路修正」
何とか無事に進み始めた、とリサがほっと息をつくがシオンの表情は厳しい。
「思ったよりもコースを外れちゃったわね」
「え?」
「船のエンジン止めても、慣性で動くのよ……違う方向へ」
「ああ、そういうこと」
「でね」
「うん?」
「ゲート到着予定が四十六時間後に変更」
「えっと……」
「間に合うかどうか微妙になりました」
ゲート自体が数時間しか開かない上、程々のタイミングで到着する予定だったのだが、コースをそれたことにより、ギリギリのタイミングになってしまったのだ。
「ナオ、シミュレーション開始して」
「はい」
「こっちはもう一度チェック。五分で終わるはずだから、シミュレーションも五分以内」
「了解しました」
「ちょっと無茶すぎない?」
「無茶でも何でもやれることをやるしかないの」
答えながらもシオンの手は止まらない。ナオの方もすごい早さでキーボードを叩き始める。うん、入り込む余地はない、とリサはおとなしく元の位置に戻る。
五分も経たずにナオのシミュレーションが終了したらしい。
「速度、コースの調整をしても三十分程度しか短縮できませんね」
「仕方ない、今のままよりマシと考えて、そのコースに修正」
「了解」
今のところ、宇宙船は最高速度を出しているわけでは無い。単純に考えれば加速して最高速度を出せば良いのだが、今のトラブルでもわかるように最高速度を出し続けるには宇宙船全体の電源系統に不安がある。安全と言える速度を少しだけ超える速度を短時間だけ出して時間を稼ぎつつ、ゲートまでのコースをもっと精密に調整し、少しでも最短距離となるようにしていくしかない。
細かな調整を開始した二人を残し、リサは自室に戻ると告げて出た。今は邪魔をしない方がいい。
ベッドの上に寝転がるが、のん気に眠れるほどの神経の持ち合わせはない。小さな机の上に置かれていたタブレットを手にとり、操作する。電子書籍の一覧が表示される。医学系の書籍、ドイツ語の辞書、小説が大量。古今東西の名作だ。
「ま、名作ってのは時代が変わっても色あせない物よね」
知った風な口をきくが、読む気は無い。タイトルを流し読みしていくだけ。そして、見慣れないタイトル……というか見慣れた単語の並んだ、普段なら縁の無いタイトルを見つけた。
赤死病に関する研究資料だ。
症例についての詳細な記録。いろいろな薬品投与の結果。ウィルスだけを分離して解析研究した論文。時代が時代なので、精査された物で無く、信憑性が微妙だが、ラフな読みやすい文体で書かれている物が多かった。
今まさに、そしてこれから関わることだけに、興味を引かれて読み始めた。そして後悔した。今まで『一般的な知識として』知っていた内容はもちろんあるのだが、それ以上にひどい、知らなかった内容が多かった。
無理もない。感染したら全身に症状が広がり、死に至る。それは確かにそうなのだが、その過程での患者の苦しみがいかほどか。医者達はそれを目の当たりにする。そして研究のために必要だから全て、できる限り記録している。しかし、一般の人々に伝えてどうなる物でも無いから、世間では「全身に広がって死ぬ」としか伝えていない。
だが、その過程におけるその苦しみ具合は……医者と言う客観性を重視する人間達の淡々とした記録により、却って想像力をかき立てられる。リサの場合、最初の爆撃により家族や友人をなくしていたため、親しい者が感染した様子を見たことは無い。また、あちこちを放浪している間にも同行していた何人か感染していたが、戦場になっていない都市部でも無い限り、基本的に感染した者は見捨てていくしかないため、その後のことは知らない。結末は想像するまでもないが、実際に見聞きしたことは無いため、余計に怖くなってきた。