一年後
シオンが勝手に出ていって一年が過ぎた。
その一年の間に、テツは薬の改良に成功し、生産量は倍以上になり、完治した患者は七十%程になった。残りのうち、十%は現在治療継続中と言うことなので、治療を開始したが、効果が見られず亡くなった患者は現時点で二十%。ウィルスの性質を考えると驚異的な成果だとテツは言っていた。
「悔しいことに薬の種類を三種類から減らせない。俺もまだまだだな」
テツはそう言っているが、医者として患者を救えるのならそれでいいとも言っていた。三種類の薬(A・B・C)は投薬パターンがある程度確立した段階で世界中に配布され、わずかずつだが成果を出しつつある。これからに期待したいとも。
一方でワクチン的な物が作れないかという取り組みもなされ、一定の成果が見られる物が出来たとして世界中に配布された。
使い方は簡単で、透明なシート状のそれを舌の上に貼り付け、口の中で上顎に押しつけて溶かすだけ。これで薬Aを投与したような効果が約一日間持続し、ウィルスが侵入しても活性化しないように出来る。ウィルス爆弾を浴びた場合は、すぐに治療を受けないとさすがに保たないが、薬の開発もあって、死亡率はグンと抑えられるようになったと言うから画期的だ。
そして私、リサの方はと言うと、大忙しの日々を送っている。薬・治療方法の確立によって、小さな島でしかないこの施設を訪れる人の数が増え、提供する食事も増えているため、起きている間はほぼずっと、厨房で働いている。ブラック企業も真っ青な労働時間になりつつあり、身体的には大変だが、「美味しい」と言ってくれる笑顔は何物にも代えがたく、「頑張ろう」という活力にもなる。
それに、手を動かしている間は余計なことを考えなくていい。
夜、自室に戻ると、不安・心配事がどっと押し寄せてくる。
シオンは今どこでどうしているのだろうかとか、ちゃんと食べているのだろうかとか、考え出したらキリがない。そうナオに話したところ「あなたはシオンのオカンですか?」と言われた。まだそんな歳じゃないどころか、結婚もしてないし子供もいないのに、失礼な人、いやAIだ。
世界情勢も少しずつ変わりつつある。
赤死病のウィルス爆弾の有効性が少しずつ下がってきたことにAI軍が気付いたらしく、少しずつだが通常兵器の使用率が上がってきていると言う。
そして、皮肉なことに、通常兵器による戦闘になると、わずかだが人間側に分がある。確かに戦闘機の操縦なんかは体にかかるGをほとんど無視出来るAIの方がすごいと言えばすごいのだが、常に最適な方法で人間を殺そうとするAIに対して、少しでもダメージを与えればそれで良しという人間のめちゃくちゃに撃ちまくるだけの戦い方はAIの想定外らしく、思ったよりも善戦しているという。
では、このまま押し切れるかというと、そうでもないらしい。AI軍側は赤死病の有効性が失われつつあることに気付いたと同時に、治療方法、つまり薬の製造元を探しているような動きが見られるという。
現時点で薬の製造が出来るのは、テツのいるこの施設だけ。
他の場所での生産が出来るように準備を進めているが、進捗率六十%程度で、各地でまともに量産出来るまで、あと数ヶ月はかかりそうとのこと。
ある意味、ここが人類の最重要施設になってしまった。
そして、AI軍もそのことに気付きつつあるようで、上空を飛び交うAI軍機の数が少しずつ増えてきている。天気の悪い雨の日でもないと外に出られないという何とも辛い日々が続いているのだが、現状は我慢するしかない。
幸いなことに地上には明らかに人工物、という建物は廃墟と化した数十年前の民家――にカモフラージュした地上出口――くらいしかないが、用心するに越したことはない。
「それではこれで」
「航海の無事を祈る」
新しい薬と製造用の器材の一部を積み込んだ潜水艦がゆっくりと港を出て行くのを皆で見送る。はるか太平洋を渡り、アメリカに到着するまで二ヶ月程かかるらしいが、無事に届けばあちらでも薬の製造が開始出来るようになる。薬の生産量が増えればそれだけ助かる命も増え、戦いは有利になるだろうと、テツたちが話す声が聞こえる。
「ん?そう言えば」
「どうしました?」
「ねえ、ナオさん。この戦争って、どうなったら終わるんでしょうか?」
「難しい質問ですね」
AI軍側の勝利はわかりやすい。人類の全滅もしくは全滅相当だ。現在の地球の人口は正確に把握出来ていないが、十億を切ったとも言われている。幸いなことに潜水艦により各地の移動、交流が出来ているものの、AI軍機は対潜装備も充実していて、年に二、三隻、沈められている。潜水艦は新規建造がなかなか難しいので、このままではいずれ潜水艦がなくなってしまう。そうなったら、自給自足が出来ない場所は孤立し、全滅。つまり、人間側は結構追い詰められているとも言える。
では、人間側の勝利は?AI軍の本部というか本拠地については正確にわかっていない。多分ここだろう、と言う候補がいくつかあるが、そこを攻め落としてもあまり意味は無いだろう。データ通信に制約があると言っても、その気になれば完全に同じコピーを大量に用意出来るのだから、世界中に本拠地があると言っても過言ではないかも知れない。全部を破壊するというのはなかなか現実味のない話と言える。
近代の戦争において、完全勝利という概念は難しいと言われている。
例えば、アメリカに戦争を挑んだとして、何をもって勝利と呼ぶのか?
何らかの方法で大統領を殺害すれば勝ちなのか?戦後処理を有利に運ぶ材料にはなるだろうが、大統領が死んだとしてもアメリカが戦争をやめるとは思えない。大統領不在時は副大統領がその任に着くし、副大統領不在となったら……と二重三重にバックアップ体制が用意されている。それに大統領は世襲ではない。兵の士気には影響を与えるかも知れないが、大統領が死んだら国家が傾くというわけではない。
ではワシントンを焼け野原にすれば勝ちなのか?それもないだろう。ではニューヨークを?ロサンゼルスを?シカゴを?ヒューストンを?アメリカ全土を焦土にする程の戦果があればさすがにアメリカも降伏するだろうが、そこまで行った時点でアメリカは国家として成り立っているのかというと甚だ疑問である。
人類とAI軍の戦争もそれに似た状態。唯一違うのはAI軍側は人類を滅亡させるつもりがあると言うことだろうか。
そんな話をしてナオと別れる。リサは厨房へ。ナオはテツの手伝いへ。
さて、今日のメニューはどうしようかと厨房のドアを開けたとき、警報音が鳴り響いた。
「何?」
「モニターを!」
「なんだこれは!」
厨房に先に来ていた人たちと、施設内の放送モニターを覗き込む。
AI軍の接近を告げる放送は、大至急避難せよというメッセージと共に、この島の地上が映し出されていた。
AI軍の輸送機が既に着陸しており、戦車や歩兵がぞろぞろと降りてくる様子が。




