検査、改良、そして
地球に帰り、地下に造られた施設で過ごすようになって三日が経った。シオンは相変わらず病室で経過観察。何しろ、史上初めての完治患者になるかも知れないと言うことで、数時間おきに検査、検査。
「サナエー、そろそろ抜き取る血がなくなるんじゃないかしら?」
「あら、それは困りますね。ちょっと相談してみます」
いや、困るとかそう言う以前の問題じゃないと言いたい。何よりもう両腕が採血のあとだらけで痛いと言うか、なんかやばい感じになっている。
しばらくするとテツヤがサナエと共に戻ってきた。
「タチバナ、臨床試験の被験者になっているという自覚はあるのか?」
「一時間おきに採血するのはさすがにちょっとアレじゃない?」
「ふむ……サナエ、三十分おきに変更だ。もう少し血の気をぬいた方が良さそうだ」
「待て待て!」
「冗談だ」
「冗談に聞こえないんですけど」
「そうか?」
「ええ」
フム、と少し天井を見上げてからポンと手を打ちこう言った。
「お前、昔から冗談が通じなかったからな」
「……そういうことにしておくわ。で?三日間、私を検査漬けにしてわかったことは?」
「そうだな。まず、赤死病自体は完治していると言って良さそうだ」
「良さそう、ってまた曖昧な」
「わずかだがウィルスが残っている。一つ目の薬のおかげで不活性化しているが、いつ活性化してもおかしくない」
「なるほどね」
「人間の免疫系に期待出来ないというのが、このウィルスの厄介なところだな」
「何か対策は?」
「一応考えているが、もう少し準備が必要だ」
「わかった。主治医はテツだから任せるわ」
「ああ、任せとけ。一応今日いっぱいは様子見。明日からは病室を出ても大丈夫だと思うが、明日の朝の様子次第だな」
「了解。で、何か話があるんでしょう?」
「よくわかったな」
「経過を伝えるだけならテツが来る必要ないしね」
「それもそうだな」
そう言って、タブレットを渡して、二人して近くの椅子に座る。
「臨床試験の希望者から五名ピックアップした。当然名前は伏せてあるが、タチバナの目から見てどうか、意見を聞きたい」
「意見って言われてもね、私の専門分野じゃないんですけど」
「だが、シミュレーションをしてきたんだろう?」
「まあね」
タブレットを操作してカルテを確認する。年齢・性別・身長・体重・感染部位・症状の進行具合などを見て、少しどころかかなり感心した。ドルトで行ったシミュレーションのいくつかのパターンに酷似どころか、そのまんまの患者をピックアップしている。シミュレーションは一件を数分でこなす程の速さだったので、相当な量のサンプルがあったのだが、実際の患者の状態と照合して選び出すのにどれほどの労力が必要か。
「いいと思う」
「そうか」
「ただ、シミュレーションデータを良くチェックしてね。何となくの傾向だけど三日目がヤマになるから」
「わかった」
「がんばろ」
「おう」
全員の同意書は取れているので、早速治療にかかると言い、席を立つ。
「テツ」
「何だ?」
「頑張って」
「おう」
任せとけ、と二人は病室を出て行った。
「で、ヒマになる、と」
ゴロンとベッドに横になる。
……走ってくるような足音が聞こえてきた。
ここ、一応病院施設なんだけどなぁ……
「シオンさん!今度こそ!」
「はいはい」
ヤレヤレと体を起こす。
リサが渡してくるトレイの上には湯気を上げるカレーうどん。原材料は勿論カレーでもうどんでもない。
「今回はきちんとうどんのコシが出てるはずです!」
「あのさ、リサ」
「何でしょうか?!」
「白い服にカレーうどんって、鬼門じゃない?」
「それを知ってて、あえてカレーうどんです」
「さいですか」
シオンが思ったとおり、半年程前、かろうじて生き延びていたような状態でここに辿り着いたのはリサに謎調理技術を叩き込んでくれた女性だった。
ここは周囲を海に囲まれた小さな島。AI軍の攻撃が来ることはなかなか無く、食糧事情もある程度の畑と、元々この島にあった食品工場のおかげでかなりマシ。おかげでレパートリーがかなり増えているらしく、ソバ、ラーメンどころか、トンカツ、ビフテキまで作れるらしい。らしい、というのはさすがにビフテキは手がかかるらしく、数回の試食会で断念したため、幻のメニューになっている。
尤も、リサの参入により作業効率が大幅にアップしており、通常メニューにビフテキが並ぶ日は近いという噂もチラホラ聞く。
「普通に牛を飼育したんじゃダメなのかな?」
「知ってます?牛を飼育した場合に必要な飼料って、可食部位よりも多いんですよ?」
「それはまあ、知ってるけど」
どうせ食品工場があるなら、携帯食料からビフテキを作るんじゃなくて、携帯食料の味や食感を工夫すればいいのに。そう思っても、リサを始めとする調理担当の異様な熱意を思い出すと、言えなくなるシオンであった。
「薬の改良の目処が立った」
「早っ!」
「そりゃ、頑張ったからな」
「褒めてもらうのはサナエからで充分でしょ?」
「ああ、もう十分すぎる程褒めてもらったし、甘やかしてもらってきたぞ」
そう言うことを堂々と言わないで欲しいんだが……
「で、何の用?」
「タチバナの家に川本博士のAIが転がってたよな?」
「転がってないわよ、人聞きの悪い」
「バージョン十一はないか?」
「いきなりそう言われてもねぇ……ナオは知ってる?」
「確か物置に保管されていたと思いますが」
「と言うことで、あるみたいだけど。なんで?」
「薬の改良に当たって、大量のデータ処理が必要になってきたのだが、それが出来そうなコンピュータが無いんだ」
「ああ……」
ある程度の規模を超えるコンピュータは軒並み破壊されているか、稼働状況を全て監視されているかのどちらかである。ヘタに生きているコンピュータを操作したらどうなるか。
「バージョン十一って……なんだっけ?」
「データ処理性能だけは非常に高いバージョンです。入力の調整や、計算パターンのセットが複雑ですが」
「ナオがフォローすれば出来そうな感じって事?」
「そう言うことだ」
「ふーん……勝手に取りに行けばいいのに。このご時世、火事場泥棒だなんて言われないわよ?」
「どこに保管してあるかもわからんからな。それにそこそこの重量物だろう?簡単に運ぶことも出来ない」
「宇宙船を出せ、と」
「ご名答。アレの操縦方法を知っているのはタチバナたちだけだからな」
「はあ……わかったわ」
「シオン、大丈夫なの?」
「んー、多分ね」
「多分って……」
「大丈夫よ。この宇宙船なら、ね」
海中を行くならともかく、内陸部へ向かうと聞いてリサは不安を隠せない。
「ま、いざとなったら一旦宇宙に逃げちゃえばいいんだし」
「それはそうですけど。気をつけて下さいね!」
「ええ、約束するわ」
シオンとナオに続いて、念のために武装した五名が――荷物運び要員として――続く。
「では出発」
「あの!」
「なんでしょ?」
「我々はどこに座れば?」
「あー……大丈夫よ。大気圏内を飛ぶ程度ならほとんど揺れないし」
「マジッすか?」
「まあ、そこら辺のスイッチとか触らないようにしてもらえれば……後ろに厨房兼食堂があるからそこで待つってのは?」
「そうします」
ぞろぞろと出て行くのを見送ると、ナオが機関始動にかかる。
「じゃ、行きますか」
目的地、シオンの生家。飛行による所要時間はおよそ十分。ちょっと行って帰ってくるだけのお使いだ。




