帰還
「あの……どうですか?」
「過労ですね。一応病人なのに無理をするから」
「そうですか」
「私がついていながら、気が回らず。ご心配をおかけしました」
「あ、いえ……ナオさんは悪くないですよ。私だって気付かなかったし」
ナオの診断により、とりあえず寝かせたが、リサの心配は尽きない。
「あの……赤死病は……そのっ」
「そっちは大丈夫です。薬は順調に効いてますから」
「そうですか」
「それより、リサさんも少し休んでください」
「えっと……あの……」
「私は疲れたりしませんから。それにシオンが目を覚ましたときにリサさんが疲れ切った顔をしていたら、私が怒られます」
「あはは……そうですね」
では、とリサが自室へ戻るのを見送ると、ナオは操縦室へ。
過労と取り繕ったが、実際には治療開始までの病気の進行によるもので、全身の臓器が機能不全寸前の状態だ。何しろこの病気は全身至る所でウィルスが暴れ回るのだから。今できるのは絶対安静くらい。あとはいくつか手持ちの薬で保たせることが出来るかどうか。
「地球までは、十日……」
今の時期から太陽系に向かえば、ゲートに地球が近づいたタイミングになるので大幅に時間短縮が出来る。
「少し、急ぎますか……」
少しだけ、宇宙船の航行速度を上げる。危険の無い範囲で。到着が数分でも早くなることを願って。人工知能、という機械の自分が何に願うのかと苦笑しながら。
「ふう……」
「気がつきましたか」
「えっと……」
「シオンの部屋です。倒れたのでそのまま寝かせました」
ベッドサイドに座るナオが答える。
「そっか。ありがとう」
「いいえ」
「リサは?」
「かなり心配していました。過労と伝えてありますが」
「ありがと」
モソモソと起き上がる。
「大丈夫ですか?」
「ちょっとフラつくけどね……ナオの診断は?」
「シオンの予想通りです」
「はあ……」
ため息しか出ないな。
「地球までは?」
「予定ではあと七日」
「おっけ……例の薬は?」
「ここに」
「ありがと。あとは自分で出来るわ」
「わかりました」
それでは、とナオが部屋を出て行く。まあ、バイタルをずっと監視しているから何かあればすっ飛んでくるだろう。
ナオに渡された箱を開け、中の薬を取り出す。かなり飲みづらいサイズの錠剤だが、今はこれで保たせるか。開発したばかりで副作用他諸々未確認だが、効果は確実だろうという、いわば強壮剤だ。量を抑えて飲めば、今のこの状態から少しは回復させてくれる……ハズだ。
手の平のそれを口に放り込み、水で流し込む。
「うえっ」
さすがに直径一センチ弱という大きさのタブレットは飲み込むのも一苦労。作者に文句の一つも言いたいが、無断で持ち出したことを考えると……はあ……寝るか。
「このゲートを抜けると太陽系です」
「ゲートを抜けるまでは?」
「あと十分ほど」
「やっと地球ですね」
「そうね……えーっと……一年弱かかってるわよね?」
「そうですね」
「人類、滅んでなければいいけど」
「そこまで戦闘が激化する可能性は低いでしょう」
「そうだけどねぇ」
どこかの馬鹿が我慢しきれずに総攻撃をしかけ、壊滅的な打撃を受けるという事態が年に一度は起きていた。幸い、とある地域だけが焦土と化すだけだったが、それが地球全体に広がらないという保証はない。
「それはそうと」
「何?」
「地球に戻ってどうするとか、当てはあるんですか?」
「一応ね」
「大丈夫なんですか?」
「出発直前に『死ぬな』ってメッセージを送っておいたから大丈夫だと思う」
「そんな適当な……」
「シオン、嘘はいけませんよ。あなたが送ったのは『死んでも生きてろ』です」
「無茶苦茶なメッセージだった!」
「いいのよ、そのくらいで」
「そうなんですか?」
「『死ぬなら一言断ってから死ね』って返ってきたからね」
「お互いとんでもなかった!」
そんな話をしている内にゲートの終わりが見えてきた。
「ゲートを出たら地球までは?」
「一日かからない程度です」
「おっけ」
「ゲートを出るまであと二十秒……」
いつものように軽い揺れを感じると通常空間。そして……
「あまり感動は無いわね」
「そうですね」
現在の位置は太陽からの距離が火星と同じくらいで公転面に対して垂直方向。他の惑星などとぶつかる心配は無いが、アニメや映画で見るような巨大な太陽が遠くに見える、と言うこともない。火星くらいの距離になると、太陽もかなり小さくなってしまい、他の星より明るいから目立つ、と言う程度である。
「地球の位置は……と」
「ほぼ近地点に近いはずなので、すぐだと思いますが」
「お、いいね」
さすがにこの距離で全速力を出すと地球で止まるのが難しいので、程々の速度で移動し始める。
「この速度だと?」
「えーと……およそ六時間ですね」
「あと六時間かぁ……」
「シオンさん、ダメです」
「は?」
「そこはちゃんと感慨深げに言わないと」
「感慨……?」
「そうです。地球か……何もかも「それ以上はダメ!」
そんなおふざけも、あと少しで帰れるという気持ちから来るものだ。
「おっと……先に地球……アイツに連絡を入れておかないとね」
「連絡?」
「この距離なら届くわ。一応受け入れ体制を取ってもらわないと」
「んー、届きますかね……」
「距離的には」
「傍受されたりしません?」
「されても構わない方法で送るわ」
「どうやって?」
「アイツとの付き合いも長いのよ。いつもの奴とか、アレとか、そう言うのでも伝わるわ」
「なるほどね」
暗号解読技術や通信傍受技術が発達しても、阿吽の呼吸は解析出来ないと言うわけだ。
「と言うことで送る文面は……『出来たから持って行く。待ってて』これでいいでしょ」
「送られた方もびっくりですね……しかも、具体的に何が、というのも無いし」
「ついでに言うなら返事も期待してません」
「え?……あ、そうか」
こちらからの送信は地球全域に飛ばしたので、どこの誰でも受信出来る。だが、内容を理解して返事を送信したら、居場所がバレてしまう。そんな愚は犯さないと信じている。
「さてと、それじゃ地球に降りる準備をしますかね」
「あ、はい。そうですね」
さすがに薬の製造は止めなければならないし、船内のあちこちで荷物が散らかっている。人工重力の中ではうまくコントロールして空中に固定している物もあるが、さすがに地球に降りたらそうはいかない。
色々片付けていたら地球到着まであと一時間を切っていた。決して片付けが苦手というわけでは無く、薬の製造途中の反応が止まるまでに時間がかかっただけだとシオンは心の中で主張し続けた。リサも。
「おお、さすがにでっかいですね」
「出発するときはあんまり眺めてる余裕が無かったからね」
正面モニターの地球は、青い惑星という言葉がぴったりくる美しさだった。
その地上で悲惨な戦いが繰り広げられていたとしても。
「さて、感動はこのくらいにして、降りるわよ」
「降りるのはいいんですけど、どこに行くんですか?」
「え?」
「ほら、降りるときには丁度いいところで大気圏に突入したりするじゃないですか」
「ああ……気にしない」
「はい?」
「適当に……そうね、海の上ならどこでも。そこから海中に潜って進むから」
「はあ……って、海中?」
「大丈夫よ。宇宙船なんだから気密性は保たれてるし、空気も供給されるし。推進システムは謎の科学力だから水中でも使えるし」
「はあ……まあ……そう、ですね」
「さ、大気圏に突入。地球に帰還よ!」
シオンは何のためらいも無く、操縦桿を操作して、地球への降下を開始した。




