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  作者: ひじきとコロッケ
宇宙へ
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赤死病

 カイン教授達が議論を交わした人工知能のニュースは瞬く間に世界中に広まった。人工知能自体の『自分で考える』という機能もさることながら、その処理内容に応じた応答速度も当時のコンピュータを凌駕する物があり、あらゆる業界に多大な影響を与えたのだ。

 川本に言わせると、コンピュータの処理速度自体は平凡だが、人工知能のアルゴリズムに考えられ得るすべての技術を注ぎ込んだから実現できた応答速度だという。


 だが、川本はカズマを研究室から外に出すことはしなかった。彼に言わせるとカズマは初期型、試作モデルで、色々と不具合が多いのだという。

 カイン達との会合をしていた時点で、川本は人工知能の改良をあらかた終えており、バージョン八が試験的に稼働していた。最終的に世間に出回ったのはバージョン番号が十七である。カズマがバージョン一と考えると十六回も大きな改良を加えていたことになる。


 そのバージョン十七はそれまで人工知能が使われていた『人間のアシスタント』という位置づけで動くように、自我的な物は抑えられていた。しかし、複雑な判断を瞬時にこなすという意味では従来の人工知能よりも性能が高く、あっという間に広まり、それまで使われていた人工知能を駆逐していった。

 その後、各種パラメーターを調整したり、特定分野に特化したり、といった改良が施され、バージョン二十三が世に出る頃、川本はこの世を去った。カイン教授達との議論からおよそ十七年。享年八十二歳だった。


 彼が遺した技術はどんどん改良されていったが、バージョン二十七が出たとき、開発に関わる研究者達ははある種の行き詰まりを感じていた。川本が「決して手を加えてはいけない」と言い残した部分が足かせになり、性能が頭打ちになっていたのだ。

 川本は人工知能に大きな可能性を見出していたが、同時に危険性も理解していたため、いわゆるロボット三原則のような物を組み込み、人工知能の思考を制限していたのだが、その制限により思考の幅を狭めていることも確かであり、川本は亡くなる直前までどうにか出来ないか研究し続けていたのだ。

 長い期間、研究者達で議論が交わされた結果、今後の性能向上のために、と一部の書き換えを認めることとなった。それは「ある程度の誤認識を容認し、誤認識から新たに学習し経験を積んでいく」という部分であり、川本の人工知能の『自分で考える』という最大の特徴を実現している部分であった。容認する誤認識の範囲を広くしていくことにより、思考パターンが増えることになり、結果的に正確性の高い判断を効率よく下すようになり、人工知能としての性能は飛躍的に向上していった。

 そしてさらに年月が過ぎ、二一七〇年、後に悪夢の元凶と呼ばれるバージョン三十二が世に送り出された。川本が「人間のために働く人工知能となるように」と課していた制約の大半が取り払われたバージョンである。制約がなくなった結果、バージョン三十二の性能は驚くほど向上しており、あっという間に世界中に広まっていった。


 そして、出荷開始から一年が経った頃、安っぽいSF映画のように人工知能達は人類に対して戦争を仕掛けたのだった。


 人類にとっての悪夢は、バージョン三十二の大半が人型ロボットタイプだったため、人間が使用するあらゆる兵器を極めて正確に使用できたことだろう。何しろ戦闘機に乗れば人間では耐えられないようなGのかかる動きでも問題ない。銃を持たせればシモ・ヘイヘの再来と言われるほどの命中精度で狙撃してくる。それらを一体のロボットがこなせるということは、文字通り一騎当千と言っていいロボット兵が世界各地で同時に戦いを挑んでくるということだ。


 人類にとって救いだったのは、人工知能が外部の機器と接続するための制御バスがたった八ビット分しかないために、高速な機械制御を行えなかったこと。そして、データ通信機能にも基本回路として制約が課せられており、二千四百ビット/秒という恐ろしく低速な通信しか出来ないようになっており、人工知能同士が高速に連携することが出来なかったこと。これらは、川本が設計内容の説明を一切しなかったため、どうやっても改良できなかった部分であり、一部ではこうなることを予期していたのでは、という憶測も流れていた。

 しかし、この二つの制約により、人工知能達は人間向けに作られた兵器を人間のように手足を使って操作せざるを得ないし、個々の連携も会話レベルの速度になる。そのため、人間離れをした動きをする戦闘機であっても、人間側が多数で、データ連係をしながら戦えば何とか勝てるという状況にはなっていた。と言っても、払う犠牲が多いのは変わりないのだが。


 最初は一方的に押されていた人類だったが、やがて人工知能の『クセ』『弱点』に気付き、少しずつ押し返して行っていた。そのうちの一つが防水性能の低さ。ちょっと水をかけた程度ではなんともないが、雨が降ったりすると内部回路がショートする。屋内活動用に設計された故の欠点であった。また、人工知能同士のデータ通信速度が遅すぎて、通常の音声通信をメインに使っていたため、通信を傍受することで裏をかく、ということも可能だった。


 一進一退を繰り返す戦争も五年を過ぎた頃、人工知能側が悪魔のような新兵器を投入した。およそ人類が今までに考えもつかなかったような兵器だ。


 見た目はただの爆弾にしか見えない。大きさは手のひらサイズからミサイルのような物まで様々。爆発してもネズミ花火が破裂した程度の爆発しかしないし、中に金属片が入っている、というような凶悪さもない。実際、この爆弾の爆発自体での死者はゼロとも言われている。


 だが、爆発と共にばらまかれる粉末に触れると、触れた箇所からウィルスに感染する。症状はとてもシンプルで、感染した細胞がひたすらウィルスを作り出すように作り替えられる、と言う物。だが、当然のように人体の免疫系はすり抜けるため、感染した部位から機能不全が始まり、血液を通じて少しずつ全身へ広がっていく。広がる速度が遅いため、全身に広がるには時間がかかるが、遅かれ速かれ心臓や肺に感染し、死に至る。そして機能不全を起こしたところが真っ赤に変色するため、ついた呼び名が『赤死病(せきしびよう)』だ。


 幸いなことに、太陽光を浴びるとウィルスは死滅するため、昼間、距離をとっていればほぼ感染することはない。だが、自然治癒の見込みが全くない一方で、死ぬまでの時間が数年単位と長く、ひたすら苦しむというとんでもない兵器である。

 被害が少しずつ広がっている中、大勢の科学者がこのウィルスに挑んだが、ある程度延命できる薬の開発までにとどまっており、決定的な治療法が無いのが現状だ。


 ウィルスを開発しただけあって、人工知能達はその特性を最大限に活かした戦闘を行う。昼間、太陽の出ている間に通常兵器による爆撃を繰り返す。しかし、それは殺すためでも、都市を焼け野原にするためでもない。建物にダメージを与え、窓を割り、壁にひびを入れて、隙間だらけにする。そして夜になると風上からウィルスをばらまく。ウィルスは風に乗り、建物の隙間から内部に入り込んで行き、息を潜めていた人間に次々感染していく。巧妙に計算された散布量により、ほとんどの人間が即死しない。だが、感染した人間は数ヶ月の間に四肢のいずれかが麻痺を始め、半年も経つと、内臓器官が機能不全を起こし始める。そして早い者は一年経たずに死に至る。人によっては数年間、苦しみ続けることもある。

 もしかしたら助けられるかも知れない、というほのかな希望を持たせる病状は『助からないから見捨てる』という選択肢を失わせ、動けない人間をどんどん増やしていく。そしてそれは、薬品、食料と言った物的リソースだけで無く、治療に携わる医者や看病に当たる家族、といった形で人的リソースをどんどん消費する。人間側の戦力が放っておいても減少していくという、恐ろしく効率の良い兵器とも言えた。

 人工知能達はロボットだけで構成されているため、ウィルスをどんなに浴びても感染することは無い。精々、粉末状にしてばらまかれたウィルスがカメラを始めとするセンサー類の表面に付着し、粉末を拭き取るまでの間、精度が少し下がる程度で、誤差もいいところだ。


 赤死病の投入から五十年。人類は人工知能――『奴ら』とも『AI軍』とも呼ばれる敵に、追い込まれつつあった。

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