研究開始
「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
出迎えたのは、ステーションでもおなじみのロボットだった。姿を見せないつもりなのか、見せられない理由があるのか。まあ、どちらでもいいか。
エレベーターを降りてすぐの部屋に案内され、促されるまま三人が椅子に座ると、ロボットの声が変わった。中の人が変わったのだろう。
「初めまして。第十七研究センターの副所長をしています、イクタです」
「シオンです。こちらがリサ、こっちがナオ」
「ご丁寧にどうもありがとうございます。いろいろな理由がありまして、我々は直接会うことはありません」
「理由……アレですか、感染防止とかそう言う感じ?」
「そんなところです。ご理解ください」
地球人の場合でも、全身至る所に細菌やウィルスが付着している。これば病気云々では無く、常在菌とかそう言う話だ。だが、これらが他の星の生物にどんな影響を与えるかというと、全くわかっていないと言っていい。さらに病気の治療研究で訪れているとなれば、さらに警戒するのも当然だろう。
「さて、早速ですが本題に入りましょう」
そう言って、イクタは壁のモニターに施設内の見取り図を表示して説明を始めた。
この建物からの外出は禁止。フロア間の移動も禁止で、エレベーターは宇宙船との行き来だけに限定。フロア内には生活するための居住スペースもあるので、寝るときはそこで、等の細かな注意を受けた。多分、他のフロアは別の人を受け入れているのだろう。
「さて、あとは研究設備についてですが、これは実物を見ながらの方が良いでしょう。こちらです」
イクタに連れられて入った部屋は映画に出てくるような、研究所、といった感じの部屋だった。一方の壁全体が大小様々なモニターで埋め尽くされ、そこら中にコンピュータの操作卓がおかれていて、いかにもSFチック。一方で、部屋の中央から反対側には巨大な、正体不明の機械が置かれており、説明によると、ここのコンピュータでシミュレーションした薬品は何でもここで合成可能とのこと。ちなみにある程度の材料はこの部屋に備蓄されているが、足りない場合は追加料金だそうだ。
「施設の説明は以上になります。コンピュータの使用方法については改めて説明をしますが、どうしましょうか。すぐに作業を始めますか?」
「そうね。すぐにでも開始したいわ」
「わかりました。それでは、あとはチュートリアルシステムで説明させます。何かありましたら遠慮無く呼んでください」
「ありがとう」
中の人が変わり、システム操作説明が始まった。内容は……試しにやって見ましょう、では無く、いきなりシオンたちが望む、赤死病の研究からだった。
「以上のようにして、病気、今回はウイルスに対して効果の見込めそうな薬をシミュレーション合成し、地球人の遺伝子より作成したシミュレーターでどのような結果になるかを観察する、この繰り返しになります。いろいろなパラメータがありますので、微調整していき、最終的に、これは、という物を探し出す、と言う流れですね」
「なんとか操作はわかりました。やってみます」
「はい」
「えっと、わからなかったら質問をしても?」
「ええ、どうぞ。あちらの通信機で呼び出していただければすぐにお答えします」
「ありがとう」
ロボットが出ていったところで、改めて三人は小さな机を囲んで座る。
「とりあえず今のでやり方はわかった」
「はい」
「結構難しそうですね」
「仕方ないわ。それだけ面倒くさいのが相手と言うことなんだし。で、早速始めるんだけど、いいかな?」
「私は問題ありません」
「えーと、私は何をすれば?」
ナオとリサはそれぞれ薬の合成を担当することにした。
ナオは全くのゼロから、リサはシオンが使っている症状の進行を抑える薬をベースに改良するように進める。シオンは二人が作り出した合成物質を投与した場合のシミュレーションを行い、改良すべきポイントを二人のシステムへフィードバックしていくと言う流れにした。
「とりあえずこれでやってみて、何か他にいい方法があったら適宜変えていくという方向で」
「はい」
「わかりました~」
二人が早速コンピュータを操作し、薬の候補物質をシオンの所へ送信し始める。シオンはシオンで、投与シミュレーションを開始する。
「はい、ちょっと二人ともストップ」
「え?」
「何かありましたか?」
「いきなりで申し訳ないけど……まずナオ」
「はい」
「アコニチンが体内で生成されました」
「何ですか、それ?」
「リサさん、簡単に言うとトリカブト毒です」
「うげ」
「無視出来ない量、と言うことですね?」
「ええ。致死量には至らなかったけど」
「うわあ……」
「少しパラメータを調整します」
「お願いね。で、リサ」
「私も?」
「青酸が出来たわ」
「ええええ?!」
一時間ほどしたところで一度作業の手を止めることにした。
「今までのシミュレーション結果は……尽く!全て!残さず!余すこと無く!何らかの毒物や劇物が生成されてくるのよね……」
「どういう仕組みでそんな物が?」
「ウィルスを不活性にしようとして、表面に薬が触れるとね……すぐにボロボロと崩れて、中から色々出てくるのよ。で、それが薬と反応して素敵な結果に」
「ウィルスの中から、ですか」
「一応、構造も解析してみたんだけど、色々と毒物の元になりそうな物質を中に抱え込んでいるみたい。しかもその状態では無害なのよ」
わかりやすいところで言えば、塩素が上げられる。塩素そのものは殺菌・漂白に使われるほどの毒性があるが、ナトリウムと化合した物はただの塩。人間にとって大事なミネラルの一つになる。しかし、化合している相手のナトリウムもそのままでは結構扱いづらい物質である。
「悩ましいところだけど、作戦変更しましょ」
まず、リサの方は現状の方針のまま進めることとした。これはこれでアプローチとしては間違っていないはず。数撃ちゃ当たる方式とも言うか。
ナオの方は、まずウィルス内部の解析を行うことにした。その結果は……
「なんかこう、感心しちゃったわ」
「すごい物ですね」
球形のウィルスの表面は、確かに一般的なウィルスのように細胞に入り込み、複製を作るように作用するように作られている。だが、その表面を破壊すると、内側にある様々な物質が外へ放出される。そして放出されるときに、破壊された表面の物質を触媒に様々な物質へ変化する。
「ざっと数えた感じ、二百くらい?」
「そうですね」
変化する物質の種類は二百程。そのどれもが毒劇物。周りの物質、つまり体のどの臓器で反応するかによって変化する物質・量共に様々。全身にウィルスが散らばっていると考えると、どれか一つを防ぐ、と言うのも難しそうだ。
「となると、これらの物質を無害化することを考慮?」
「無害化出来ない物質もあります」
「そうよね……じゃあ、こう言うのはどう?」
「何でしょう?」
「ウィルス表面の物質を触媒にさせない方法を考える。ウィルス内部にある状態の物質はほとんど無害な物だから、変化させなければ、って」
「解析してみましょう」
解析をナオに任せ、リサの様子を見ると……
「またダメ-!」
こっちはこっちで別のアプローチをしてみるか。




