審査
「では確かに」
「よろしくお願いしますね」
荷物を宇宙船まで運びながらシオンは内心でガッツポーズを繰り返していた。こっちの銀河系に入っておよそ一ヶ月。ようやく目的の惑星ドルトまでの依頼に辿り着いた。
「ここからだと五日くらいですか?」
「そうね、そのくらい」
「薬、作れるといいですね」
「そうね」
出発準備の手を止め、シオンはリサを見つめ、次の句を継がせない。これ以上はフラグになりそうなので。
「さ、行くわよ。ナオ、そっちはどう?」
「チェック完了、問題ありません」
「では……目標、惑星ドルトのステーション、出発!」
出発と言ってもいつものことなので、予定の航路に乗ったら後は自動航行。リサは相変わらず厨房にこもるが、シオンは少し違っていた。
「ふう……思った通り、どころか思った以上ね」
血液検査の結果は予想よりも悪い数字が並んでいる。余命が二週間は縮んでるかも知れない。仕方ないかと、薬の注入量を増やすように設定を変える。宇宙に出てから少しずつ薬の量が増えてきていて、地球にいた頃の三倍ほどにまで増えている。
薬が効きにくくなっているのか、それとも病気がどんどん進行しているのか。
シオンが感染したのは左足のつま先。幸いなことに病気の進行を遅らせる薬の臨床試験が始まっており、薬の制作者が大学の同期だったことも有り、すぐに試験に参加したが進行を遅らせるだけではどうにもならないことが明白な程度に感染していたため、感染三日目の朝、切断を決意し、夕方には手術を終えていた。
その後、稼働させていたナオのボディの技術を参考にしながら、自分専用の義足を作ったのだが、完成と同時に全身への感染が宣告された。そこで急遽、薬の注入も出来るように改造し、宇宙船を造っている間も改良を重ねてきたが、やはり進行を遅らせる程度では限界があると言うことだ。
惑星ドルトでダメだった場合、さらに次の惑星に行くのは……多分無理だ。
「運を天に任せる、か……」
その天に位置するところにいるときはどうすればいいのか悩むわね、とどうでもいいことを考えながら義足にはめていた薬瓶を外して、新しい物に入れ替える。三年持つぐらいの量は持ってきていたが、このペースだと二年も持たない。そして、それ以前に私自身が一年持たない。
医師としては義肢、リハビリがメインなので病気治療は専門外だが、戦時下においてそんなことは関係なく、多くの人の治療に携わり、看取ってきた。そのたびに何も出来ない自分に悔しさを感じながら。
そんな中でアイツはこの薬を作り上げた。この先必ず治療薬が出来ると信じ、それまでの間延命出来るようにと。だが、材料の確保や精製の難しさから薬の生産量は芳しくなく、思ったほど多くの人に行き渡らなかった。
そして、そう言う状況なのに、夢物語としか言えないようなことを考えて、半ば強引に薬を入手し、アイツとその仲間の前から姿をくらまし、宇宙船を造った。
手ぶらで帰れない状況を作ってしまったのは間違いない。
そして、あと少しでどうにか出来るかも知れないところまで来た。
「どうか、次の星で薬の開発が出来ますように。そして、地球に持ち帰ることが出来ますように」
何度目になるかわからない祈りをつぶやく。だが、何に対して祈ればいいのだろうか?
「鰯の頭も信心からって言うし、何か適当に……」
リサならリクエストしたら鰯の頭っぽい物を作りそうだけど、それに向かって祈るのはちょっと気が引けるな、とどうでもいいことを考えながら少し眠ることにした。
「到着まであと一時間、既に誘導信号を受信しており、入港まで自動です」
「おっけ。いつも通りね」
「はい」
惑星ドルトを左に見ながらステーションを目指す。何はなくとも、まずは仕事を済ませよう。
「出来るといいですね、薬」
「そうね……さすがにそろそろ地球が恋しいわ」
「私は結構楽しいですけどね。あ、これ新作です」
どう見てもカ○リーメイトだがと、一つつまんでみる。
「魚……?」
「鰯の甘露煮です」
「味は完璧だよ!こんちくしょう!」
これを鯛焼きみたいに頭の形を成形して入り口にでもさしておいたら効果があるかも知れないと真剣に考えてしまったら、どうしたのかと問い詰められつい正直に答えてしまった。
「それ、いいですね」とすぐにでも厨房に行きそうだったのを、もうすぐステーションに到着だからと椅子に座らせる。さすがに今からやることでは無い。
そんなやりとりをしている間にステーションに到着し、トラベラーズのカウンターで受取処理をしてもらう。
「では確かに受け取りました。報酬は所定の手続きに則り……」
いつも通りのやりとりだが、今日はいつもと違う。
「ところで、一つ聞きたいんだけど」
「何でしょうか」
「ドルトって、医療技術がとても発達している星だって聞いたんだけど、本当?」
「ええ、本当です」
「ここで、一つ作って欲しい薬があるんだけど、そう言うのって頼めるのかな?」
さあ、どうだ?
「可能です」
「え、ホントに?」
「但し、何のための薬か、つまり治療のための薬であって、誰かを害する目的のものでは無いことを示さなければなりません」
「それはもう!病気の治療のための薬です!」
「細かい確認審査があります。具体的なところは私どもはわかりかねます」
「どうすれば?」
「そうした相談の専用窓口があります。ステーションからも接続できますので、ご案内しましょうか?」
「是非!」
チャンスが与えられた。これは絶対に逃してはいけない。
「ではこちらへ」
別の案内ロボットに誘導され、小さなブースへ入る。音声だけの通信機が設置されていた。珍しいことに映像通信ではないらしい。
「こちらから地上の窓口に繋がります。我々が案内できるのはここまでです。あとは直に相談してください」
そう言って、通信回線を開くとロボットはブースを出て行った。
「さてと……」
「こちら、ドルトの第八研究センターです。何かの研究依頼でしょうか?」
やや機械的な音声が聞こえてきた。コンソールによる翻訳と言うだけでは無い、本当に合成音声かも知れない。
だが、そんなことはどうでも良い。こちらの事情を説明せねば。
「えっと、実は……」
現状についてかいつまんで話す。
自分たちが天の川銀河にある惑星から来たこと。
その星で、厄介な病気があると言うこと。
その病気の症状についても簡単に説明し、今のところ致死率は百%だと言うこと。
自分も感染していて、余命幾ばくも無いこと。
病気が人工的に造られたウィルスによる物と言うことは伏せておいた。いずれバレるかも知れないけど、今は伏せておこう。
「なるほど、事情はわかりました。少しお待ちください」
それだけ答えるとしばらく沈黙が続く。シオンの話に嘘が無いか、本当にそんな病気があり得るのか等、吟味しているのだろう。
「お待たせしました」
「いえ」
五分ほど待たされたが、何も言わない。今までのことを考えれば五分程度、である。
「結果をお伝えします。第十七研究センターで引き受けます」
「え?あ……ありがとうございます!」
「但し、引き受けるに当たりいくつか条件があります」
「条件ですか」
「はい。このまま第十七研究センターへ通信を切り替えますので、条件についてはそちらで確認を。こちらの提示する条件がのめないのであればお引き取りいただく形になります」
「わかりました」
「では、第十七研究センターに替わります」
プツッと音声が消え、しばらく待つと別の声が聞こえてきた。
「お待たせしました。第十七研究センターです」
「よろしくお願いします」
「内容については確認させていただいていますので、こちらで引き受けるに当たっての条件をお伝えします」
「はい」
提示された条件は……「病原体たるウィルスが完全に隔離できていること」「ウィルスサンプルの提供」「地球人の遺伝子情報サンプルの提供」「研究センター内で、宇宙船用の物資補給にはある程度制限があるのであらかじめ用意しておくこと」「研究センター内を移動できる範囲が制限されることの承諾」「研究中に、当初の目的通りでない、誰か・何かを傷つけるような研究であると判明した場合、惑星自体から強制退去させられること」そんなところであった。
物資補給の制限は、簡単に言ってしまえば、色々補給が必要ならステーションで用意しておけ、と言う程度の意味である。
「この条件、問題ありません」
「そうですか。では……」
大して困るような条件でもないので承諾すると、通信相手のいる第十七研究センターへの航路についての説明に。大まかな位置と、センター併設の宇宙船発着所への誘導信号を確認したところで通信終了となる。
「それではお待ちしております」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
ブースを出ると、意気揚々と宇宙船へ戻り、留守番の二人に告げる。
「行くわよ、惑星ドルトの地上へ!」
「じゃあ……その……!」
「ええ、許可が下りたわ」
はやる気持ちを抑えつつ、第十七研究センターへ針路を取る。
「そう言えば……こっちに来てから初めてよね」
「え?」
「惑星に降りるのって」
「あ、そうですね」
そういう意味でも楽しみになってきた。




