再び
「……」
「……」
気まずい空気が流れる。
「……お互い言いたいことはたくさん有ると思いますが、ここは大人の対応をしませんか?」
「そうですね……こ……今回は災難でしたね」
「ええ、まったくです。快適な宇宙の旅が台無しにされましたよ」
「……ここからは我々が目的地までお送りします。多少の不便は有るかと思いますが、ご容赦ください」
「いえいえ、ここまで面倒を見ていただけるのですから、文句など……ああ!もう!これで何度目?!」
「はは……はあ……」
「ため息!ため息つかれたわ!ため息つきたいのはこっちの方なのに!」
「いえ、お互いに、でしょう?」
大型定期船の救難信号を得て警備隊が救助に向かう。ここまでは良かったのだが、乗客の数が多いこともあって、とにかく手の空いている船が駆り出された結果、馴染みの船も来た。
そして、何の偶然か、馴染みの船に回収された。
格納庫内には他の乗客たちも乗っていて、一様に不安げな表情の中、シオンたちだけが慣れた感じで落ち着いている。
「何かもう……勝手知ったるなんとやらよ。いっそのことここに住もうかしら?」
「え?」
「そうすれば安全に目的の星までいけるし、警備隊もわざわざ呼び出されない。おまけに互いにため息をつかなくて済む。これ、いいアイデアだと思わない?!」
「思いません!」
「そこは意見が合わなかったか-」
「当たり前です」
「ちぇ」
「ところで」
警備隊が話に割り込んでくる。
「はい?」
「その……ログを出していただく事って……?」
「……必要ですか?」
「ですよね……」
「私たち、今回はずっと格納庫の中にいましたから。ログを出せと言われても……壁とかにぶつからないように浮上させてましたけど、それだけですし」
「ま、今回は無し、と言うことで」
「あはははは」
「ははははは」
人間ってここまで乾いた笑いが出来るんだ、とリサは少しだけ感心しながら周りを見る。これだけたくさんの種族――もちろん異星人という意味で――が集まっているというのはなかなか見ない光景だ。
地球人とほとんど変わらない外見の者、肌の色が地球ではあり得ない色の者、手足の本数が違う者……このくらいならまだかわいい方で、箱型の金属の塊に手足が生えていたり、球体だったり、実に多種多様だ。
「これだけいると、地球で昔あった人種差別なんて些細な事に思えますね」
「そうですね。この中なら、私も外装がなくても違和感なく溶け込めそうです」
「あはは、そうですね」
ナオの視線の先を見ると、完全に人型ロボットとしか言い様のない者たちが数名、話をしている。機械なんだから通信でいいんじゃないか?と思えるが、身振り手振りも交えているところを見ると、機械のように見えるだけで、そういう機能はないのだろう。
やがて、出発するというアナウンスが流れる。
警備隊専用のゲートを使い目的の銀河系まで。所要日数は三日間の予定。当初の予定よりも少し遅れるが、無事に着けばそれでいいや。そう思いながらリサは宇宙船に戻り、厨房へ引きこもった。未だ満足のいく物が出来ていないが、警備隊が来るまで待っている間に思いついた事をやってみようと思う。
もっとも、このときの思いつきでハヤシライスを完璧に再現できたことで、シオンが無意味に絶叫するのだが、それはまた別の話である。
「さて、これが今生の別れとなることを願っています」
「ええ、お互いに」
他の乗客達が警備隊に感謝の言葉を告げながら出て行く中、険悪でも無ければ親しそうでもない不思議な空気で見つめ合う。
「でも、これ……フラグですよね?」
「そうね」
「そ、そんな……」
「あ、そうか」
「何ですか?」
「私たち、ここでいくつかの星に行って、うまく行けば一年もしないうちに地球に帰ります」
「そうですか」
「ですからその間、遠くまで離れていれば!」
「おお!早速上に掛け合ってみます!」
嬉しそうな声で見送られた。
「ま、多分また会うと思うけどね」
「私もそう思います」
「ま、その時はその時か」
「そうですね。私たち、何も悪くないし」
そう言えば、物語の主人公って巻き込まれ体質が多いよな、とどうでもいいことを考えながらシオンは宇宙船の操縦桿を握る。
「目的地、一番近いステーションかターミナル。出発!」
「うわ、行き先曖昧だ!」
「いいのよこのくらいで」
「ところで、この銀河の名前、決めました?」
「まだよ」
「えーと」
「薬が作れたら、その時に考える。そうしましょ」
「いい名前付けられるといいですね」
「そうね」
目的の惑星ドルトは大型宇宙船の港から遠く、そのまま行っても一ヶ月ほどかかる距離だった。いつものように近距離の荷物運びを請け負いながら進む。それはいいのだが……
「シオン、なんか余裕がない感じですね」
「え?」
「ちょっと焦ってる感じがします」
「そうかしら?」
「あまり触れない方がいいかなと思っていましたけど、あえて聞きます」
「何かしら?あ、でもスリーサイズは答えないわよ。最近計ってないし」
「それは地球に残してきた彼氏にだけ教えておいてください」
「ええええ?!かかかか、彼氏なんてててて!」
「あ、いるんだ?」
「いません」
「今の反応だといるとしか」
「いーまーせーんー」
「小学生以下の反応だわ」
「えーと……リサさん」
「何でしょう?ナオさん」
「その……シオンの思い人ですが……その……五年ほど前に結婚してまして」
「ちょ、ナオ!なんで言うのよ!!」
「そっかあ、でも忘れられないんですね、その人が」
「うう……いいじゃない別に!」
「ええ、いいと思いますよ?」
「へ?」
「人を好きになるのに理屈なんてありませんから。それにその人の家庭をぶち壊してまで……その略奪婚とかしたいとは思ってないんでしょ?」
「それは、まあ……」
「素敵じゃないですか、好きになった人が自分と添い遂げられなくても、幸せでいてくれるように願っているなんて」
「そんな高尚なモンじゃないけどね」
「それでも、です」
「はあ……そう言う物なの?」
「はい!」
そう言うリサはどうなんだと聞きたくなったが、やめておいた。リサは戦火を逃げてきている。戦争で亡くなりましたなんて聞かされたら、どういう言葉を掛けていいのかわからない。
「で、話を戻しますけど」
「え?ああ、うん。いいわよ」
「ズバリ聞きますけど、シオン、余命は?」
「えーと……」
「あと二、三ヶ月ってとこですね?」
ナオが即答した。
「はい?」
「正解ですね」
リサがジト目で詰め寄る。
「えーと?」
「そうですね?」
「……あ、はい……そうです」
「はあ……ナオさん」
「はい」
「ナオさんは知ってたんですか?」
「いいえ。ただ、私のセンサーの計測結果からそのくらいだと推測はしていました」
「そうですか……じゃ、改めて、頑張りましょう!」
「ええ……ってええ?!」
「何ですか?」
「いや、何も言わないのかなと」
シオンとしては小言の一つも覚悟していたことである。
「何か言ったら余命が伸びますか?」
「伸びないけど」
「だったら、いいじゃ無いですか」
「いいの?」
「タイムリミットだけわかっていれば充分です」
「そう……」
「その代わりと言ってはなんですけど」
「ん?」
「体調、悪かったら言ってくださいね」
「わかった」
曲がりなりにも共に宇宙を旅して数ヶ月。いろいろな苦楽をともにしてきた仲間。もっと信用して良かったのに……ちょっとだけ自己嫌悪に陥りながら反省する。
そしてあのとき、リサの同行を認めて良かったと思う。何かとポジティブでシオンとは違う視点で物を見ているし、時には友人として辛辣な言葉も厭わない。
「私は果報者だな」
「え?」
「いや……次の星で薬が作れると良いなって」
「そうですね」




