交渉決裂
「おや、通信を拒否するかと思ったのですが、意外ですね」
「それはどうも」
現時点で相手が何者なのか、一切情報が無い。受け答えは慎重にしなければ。
「あの」
「何でしょうか?」
「いきなり通信してきた理由は何でしょうか?私たち、駆け出しのトラベラーなので、こう言うのに慣れてなくて」
「ああ、そうでしたか……いえ、簡単な話です。今、ある荷物を運んでいませんか?と言う確認です」
「ある荷物?」
「ええそうです」
「んー、確かに私たちは荷物を運ぶ仕事を請けて航行中ですが……トラベラーの大半がそうなのでは?」
「そうですね。トラベラーの仕事の多くは荷物運びです。ですが、私たちが探しているのは……ある人物が書き記した手紙です」
「手紙、ですか」
「ええ。心当たり、あるでしょう?」
ありませんか?では無く、あるでしょう、と来た。これはマズい。なんて答えようか?
「シオン」
「何?」
「トラベラーの基本です」
「おっけ」
ナオがすかさずフォローをしてきた。
「残念ながら……」
「ん?残念ながら?」
「荷物の中身は確認していません。この宇宙船に乗る程度の小さくて軽い荷物だと言うことと、違法な物ではないというトラベラーズの証明、それくらいしかわかりません。そしてそれ以上を知ろうともしません。トラベラーの原則です。だから手紙かどうかと言われても『わかりません』としか」
「ほう……」
トラベラーは荷物の中身を見たりしない。当然と言えば当然だが。
少し探りを入れてみるか。
「仮に、荷物が手紙だったとしたら……どうするんでしょうか?」
「そうですね。こちらに渡していただけませんか?」
「渡す?」
「ええ。中身を確認したいのです。もちろんそのあとはお返しします」
「それは困りますね。まだ実績もろくに積んでない私たちにとっては、小さな信用の積み重ねが大事なんです」
「いえいえ、悪いようにはしませんよ。私たちの方からトラベラーズに働きかけます。あなた達が私たちに協力的だったと伝え、評価していただけるように約束しましょう」
トラベラーズに働きかけると来たか。相手、結構大きな組織とかそう言う関係か?チラとリサを見ると、関わりたくないと傍点付きで顔に書いてあった。同感だよ。
「ナオ、ステーションまでの所要時間」
「五時間弱です」
「今から全速では?」
「四時間弱……と言ったところですね」
「おっけ。準備して」
「わかりました」
ナオがいくつかのスイッチを操作し始める。エネルギーの全てを推進力に向けるために。
「少しこちらで相談したのですが……その言葉を信用するに足る物が無いんですよね」
「信用に足る物、ですか」
「ええ。そもそも、手紙だとして……なぜ欲しがるんです?」
「詳しい理由は話せませんが、その手紙が届くのを止めたいのでは無く、内容を確認しなければならないのです。宇宙の平和のために」
宇宙の平和とは大きく出たな。
「そうですか……」
「その手紙の内容によっては色々と問題が起こる可能性があるのです。それを防ぐために内容を確認したい、それだけです」
「色々と問題、ですか」
チラリとリサを見ると、既にスイッチに手がかかっている。いつでもOKといった感じだ。
ナオと目配せ。そっと位置を交代する。
「でも……お断りします!」
そう言って通信を切り、ナオと位置を交代。ナオが操縦桿を握り、全速力に切り替える。
さあ、逃げよう。
「あぅ……く……え……ん……」
「リサ……口閉じてないと……舌噛むわよ」
ナオの操縦により上下左右に揺れまくる船内で、ほどよくシェイクされているリサが謎の声を発している。だが、今はのんびり安定飛行なんて無理だ。何しろ、船体のすぐ横をレーザー光線――間違いなく当たったらマズいタイプ――が掠めていくのだから。
そもそもレーザーを兵器として使用された場合、「撃った」とわかってからの回避は不可能だ。普通の銃弾なら撃ったことを見てから回避するのは不可能では無い(必ず出来るとは言ってない)。高速なライフル銃でも秒速千メートルほどらしいので、例えば銃口を見ていれば、撃った瞬間は見える。そして、見えてしばらくしてから銃弾がこちらに届くのでその間に逃げることが出来る……理論上は。
だが、レーザー光線兵器は光の速さで届く。つまり撃ったことが見えたのなら、同時にレーザーもこちらに届いている。見えている時点で撃たれていると言うことになるというのは驚異的な兵器だが、撃つ前にどちらに撃つのか推測して事前に避けてしまえば当たらない。ナオは今、後方のカメラ映像で相手の宇宙船からこちらを狙っている兵器の向きを見て、その照準位置を推測し、回避するように宇宙船を操縦している。
映像から瞬時に照準位置を推測し、回避する方向へ操縦桿を操作する。
人間では不可能なことも、ナオなら可能だ。
ただし、乗り心地は最悪になるけど。
「……了解しました。すぐに……かわせ……す」
グルングルンとかき回されるので音声が少し途切れたが、ステーションへの緊急通信は完了。すぐにでも警備隊が出動してくるはずだ。
ビーッ!
突然警告音が鳴り響く。
「くっ……」
「ナオ、落ち着いて」
いくら人間業では無い回避をしていると言っても、宇宙船自体の性能限界はある。ましてやかなりポンコツ感の出てきている船なのだから、操縦桿の素早い動きに百%ついてこられないことだってある。念のため、航行に影響しない程度のバリアを展開しているのだが、その一部にレーザーが当たった音だ。
「リサ……そろそろ……いい?」
「はっ……いっ……」
目の焦点が合っていないが、スイッチは握りしめている。逃げ回り始めて約三十分、よく頑張っている物だ。
「バリア……七秒後に……停止……すぐに……開いて……」
「はひっ……」
グンッと大きく宇宙船が揺れる。ナオの操縦は見事だな、と感心しながらバリアの操作をする。
「二……一……バリア……停止!」
「開き……ま……し……た……」
宇宙船が大きく揺れる中、後部格納庫のハッチがゆっくりと開いていく。そして中の空気が吹き出すのに合わせて、荷物がバラバラとばらまかれていく。
|手紙の入っていたケースに似たような物がたくさんあったとしても、偶然です。
数時間前に、たまたまリサが手紙の入っていたのと同じ形のケースを量産していたとしても、偶然です。
格納庫内に外に出ては困る荷物が一つも残っておらず、ケースだけ置いてあったとしても偶然です。
本物の手紙が実は操縦室にあるというのも偶然です。
誰がなんと言っても偶然です。
いやー、偶然って恐ろしいですね。
あちらの様子から見て、手紙を処分するのが目的では無く、内容を確認するのが目的だろうという推測は当たったらしく、あれだけ撃っていたレーザーが止んだ。空気の噴出により四方八方へ飛んでいく手紙っぽい物を前に、どうやって回収しようかとてんやわんや……だったらいいなあ。
「ナオ、全速前進」
「了解」
ハッチを閉じて全速でステーションへ。警備隊の船がこちらに向かってきているというのでそれと合流すればこちらの勝利が確定。追いつかれたらどうなるやら。
「警備隊の船との合流予想は……十分後。ナオ、なんとか頑張って」
「全力を尽くします」
うんうん、ナオは頼りになるわ、と改めてその性能に感謝する。
この仕事が終わって宇宙船を新調したら、色々足りなくて後回しになっている外見をもう少し何とかしてやろう。
ビーッ!
さすがにあちらとの距離が詰まってきているので、レーザーがバリアに当たる回数が増えてきている。手紙を拾いに行けよ、と思ったのだが、小型艇を出して拾っているようだ。ちっ、金持ちめ。
だが、あと少しの時間をなんとか稼ぎたい。一芝居打つか。
「ナオ、バリア停止するから気をつけて」
「はい」
バリアを停止。そして、通常の乗降ハッチを開く。そして空気と共に外へ吐き出される手紙。そして、後ろの宇宙船との通信回線を開く。偶然を装って。
「ちょっと、バリアどうし……故障?!……ハッチ開いて……手紙が?!」
船体トラブル&実はこっちが本物です感が出てるといいんだけど……おお!今度は本気にしたっぽい。
「ナオ、故障してうまく操縦できない感じで」
「はい」
さすがにこれ以上ダミーは用意していない。
逃げ切れるよね?




