地下
「二番、接続したわ」
プラグを差し込み、ヘッドセットからの返事を待つ。
「接続確認しました」
「おっけ」
プラグを金具で固定すると、シオンはモゾモゾと動いてその『大きな何か』の下から這い出す。
「ふぅ」
起き上がり、大分くたびれてきたオレンジ色のツナギをパンパンとはたいていると、『大きな何か』の側面にあるタラップから色違い――紺色――のツナギを来た男性が降りてくる。
「ナオ、一番から五番までのパネル、閉めておいて」
「わかりました」
入れ替わるようにシオンは『大きな何か』の中に入り、短い通路を抜け、様々な機械てんこ盛りの部屋に入る。
三つある椅子の周囲は大きさも形もバラバラなスイッチで埋め尽くされ、壁も様々なランプが並び、存在を主張している。床に散乱している紙を拾い上げ、中央の椅子に座り、正面にあるモニターを確認。スイッチをいくつか操作し、モニターの表示が切り替わるのを確認すると、これまた色も形もバラバラなキーのついたキーボードに向かい、手元の紙を見ながら入力を開始する。あり合わせの部品を寄せ集めたので、YとJが二個、Sに至っては三個もある贅沢なキーボードだ。
時々横目で別のモニターを確認しながら入力を続けること一時間、三枚目の紙の入力を終えた頃、ヘッドセットに音声が入る。
「五番、完了です」
一番から四番の連絡が入っていたはずだが、記憶にない。
壁に貼り付けてある図面を見る。完了を示す○がついていないのは、たった今までナオが作業していた一番から五番のパネルだけだ。
「了解、これで全部よね?」
図面に○を書き入れながら訪ねる。
「はい」
「じゃ、こっちに来て。すぐにテストするから」
キーボードを少し操作し、モニターの表示を切り替えると、椅子から降りて壁に並んでいるスイッチを操作する。スイッチに合わせてあちこちのランプがついたり消えたり、モニターの表示が変化したり。
「意味も無くこだわってみたけど、こういうギミックって大事よね」
と呟いたところにナオが入ってくる。シオンの呟きに苦笑しながら。
「笑わなくてもいいじゃない、ナオだって『確かに大事ですね』って言ってたんだし」
「すみません、つい。準備始めますね」
「おっけ。外でモニターするから、中はよろしく。あ、あとこの紙、残り二枚頼んでいい?」
「はい」
ナオが壁沿いの椅子に着いてずらりと並んだメーターのチェックを始めたのを確認すると、シオンは外へ出て行った。
『大きな何か』は長さ二十メートル弱、幅と高さ十メートル弱のラグビーボールのような形で白い金属板で覆われている……と言っても、板の形も色も結構バラバラで、なんとなく白っぽい、と言う印象だ。そして、そんなラグビーボールは四本のただの棒のような足で立っている。その足も、これから行うテストのため、鎖や金具で固定されている。開口部のタラップを降りて手すりのスイッチを押すと、モーター音とともにタラップが格納されていき、開口部が閉じられる。
完全に閉じたことを確認すると、シオンはすぐ近くの壁ぞいにぶら下がっているでかいカゴに乗り込む。中にあるボタンを押すと天井のウィンチが作動し、ゆっくりと上昇していく。このまま、約二十メートルの高さまで登っていくのだが、カゴの小ささもあって結構怖い。そう言えば、先月ナオがバランス崩して落ちそうになったな。真下で見ていたから結構焦った、と余計なことを考えている内に上に到着。カゴを降りると、大小様々な箱の山――単に今は使っていない予備部品や、これから積み込む予定の荷物の山だ――の間を抜けていき、立て付けの悪い扉を開ける。
中は、学校の放送室のよう、と言えばわかりやすいか。大小のモニターにマイク、スイッチやメーターのついたパネルがいくつか。シオンはマイクの前に座ると、スイッチを押し込んで話しかける。
「ナオ、聞こえる?」
「はい」
「準備は?」
「あと五分」
「おっけ。準備できたら教えて」
「わかりました」
ま、こっちもいろいろ準備があるし。と、スイッチをいくつか操作していく。いくつかのメーターが動き始め、あちこちからモーターの音が聞こえ始める。
「ん、順調。問題なしね」
いくつかのメーターの示す数値が少しずつ増えていく。予定通り。
「準備できました」
「了解、開始するわ」
マイクに向かって答えると、壁にある装置を操作していく。モーター音に続いて、他の大きな音もし始める。
「よし」
と椅子に戻り、モニター越しに中の様子を確認する。コンクリートで固められた深さ二十メートルはありそうな四角い穴。飛び込み競技に使うプールを想像するとわかりやすいだろう。実際、そこに大量の水が流れ込んでいる。
ドドドド……という轟音を聞きながら、モニターを眺める。三つは水の流れ込む穴の様子を映しており、一つはナオがいる『大きな何か』の内部を映している。
「どう?」
「今のところ問題なし」
やがて、水が『大きな何か』の足よりも高くなり、全体が一瞬浮き上がりかけ、鎖がピンと張り、少しずつ全体が水の中へ没していく。今のところ各種数値に異常なし。『大きな何か』が半分ほど水につかる頃、モニターの映像がブレ始め、消えた。水の中では電波が届かないからだ。ここまで来ると、この部屋にいてもすることがない。外に出て荷物の山を眺め、意を決して整理を始める。
「これは……ダメか、こっちは……なんとかいけるけどすぐに食べないとダメね」
このご時世によくこれだけ、と言うほどに集めた携帯保存食の数々。保存が利くと言っても限度はあり、腐ってしまったものは捨てていき、期限の近いもの同士を同じ箱に詰めていく。手当たり次第に集めただけあって、大きさも様々。箱にうまく詰めるのも一苦労だ。
ビーッビーッビーッ
壁のブザーが鳴ったので、手を止め、部屋に戻る。スイッチを操作すると、プールの上の穴が閉じていき、水が止まる。モニター越しに水中の様子を見る。空気が漏れている様子もなく、静かなものだ。しばらく様子を見ていたが、水位にも変化はない。気密性は充分保たれていそうだ。中の様子がわからないのでなんとも言えないが。十分後にタイマーをセットして、もう一度荷物の整理にかかる。箱を二つ詰め終えたところで、タイマーが鳴った。部屋に戻り、スイッチを操作すると、プールの底にある排水口が開く。順調に排水されていることを確認すると、また荷物の整理を再開する。
しばらくすると、水の音が静かになってきた。排水は八割方終えたようだ。部屋に戻りモニターを確認すると、映像も戻っている。スイッチを操作し、水を流し込んでいた間の数字の変化をチェックしていく。問題になりそうな数字は見当たらない。中はどうだろうか、マイクのスイッチを入れる。
「どう?何か問題ありそう?」
「最終確認中です……問題ありませんね」
「おっけ。荷物の整理、あと少しだから」
「排水が完了次第、燃料の注入にかかります」
「頼むわ」
外に出て荷物整理再開。あとはこのでかい箱二個分。痛んでるものが多いからそれほどかからないだろう、と思って手をかけようとした瞬間、ほぼ完全に崩れていて瓦礫の山になっていた一角が派手な音を立てて崩れた。
「は?」
砂埃が立ちこめる。元々崩れていると言っても、自然に崩れるなんてことは……と思い、近づいてみると、
「痛ててて……」
砂埃の中から一人の女性が這い出てきた。
年の頃なら二十歳くらい。モスグリーンの上下に黒のシャツは今どき珍しくはない。襟元でそろえられた髪は黒、顔立ちは……右の頬の大きな傷跡が痛々しいか。
ホコリにむせながらシオンを見上げる。
「「誰?」」