捜索
『ちょ……シオン!!』
リサの言い分はわかるが、今はそれどころでは無い。ハッチが閉まったことを確認するとすぐに操縦室へ向かう。
「な、なんで閉めちゃうんですか!?ナオさんはどうなるんですか!?一体どうして」
「静かにして!!」
リサが非難してくるのは当然だが、今はそれどころでは無い。中央の椅子に座るとすぐにスイッチを操作する。
「確認は一旦省略……これとこれをオン、これは……ダメ、切ったまま。それからこれ、と。あとは……」
次々と操作していく。その間にもガンッ、ガンッという衝撃が伝わってくる。
「そして、これ……どうだ?」
ガクンと言う衝撃。室内のモニターが、宇宙船の回転が止まった事を教えてくれる。だが、バリア全体に岩石がはまった状態だ。
「上側だけしか使えないけど……離脱!」
操縦桿を操作し、下方向へ進んでいく。
「リサ!レーダーを見て。大きい岩石だけ避ける!」
「わ、わ……わかりました」
放心気味だったリサがレーダーを確認する。
「えと……右に二個、三秒後に」
「左へ回避っと」
「真正面に一個、五秒後」
「下へ回避」
「次は……また右に一個、三秒後」
「リサ」
「はい?」
「バリアが全部破られたわけじゃ無い。ナオを見捨てるなんてしない、わかって」
「え?」
「まだバリアは生きてる。タイミング次第だけど、外に放り出されたと決まったわけじゃ無いの」
「あ……」
「頑張って」
リサを励ますが、そうでもしないと自分でもやりきれない。
「レーダー反応、消えました」
「おっけ。やったね……」
何とか岩石群をやり過ごしたところで、宇宙船を停止させる……と言っても、完全に止めることが出来ないので少しずつ動いているが、グルグル回って制御が効かないよりはるかにマシだ。
「さて、すぐに次の行動を」
「ナオさん、聞こえますか?ナオさん!」
シオンがあれこれ操作を始める横で、リサが無線で呼び出し始める。が、応答が無い。
「ナオさん!返事してください!」
「……」
船内の空気放出量を上げ、ハッチを開く操作をする。
「!」
「待って」
そのまま操縦室を出ようとするリサをシオンが止める。
「どこへ行くの?」
「外です。ナオさん、どこかにぶつかって怪我をしているとか、無線機が壊れているとかで返事が出来ないだけなんです。だから」
「落ち着いて」
「でも」
「落ち着いて」
「落ち着いて何ていられません!」
「無重力状態だから、むやみに動くと頭とかぶつけるよ。それに操縦室の外はかなり気圧が低くなってる。まだダメ」
「でも!」
「無茶して怪我なんてしたら、ナオが困るわ」
「……はい」
私だって今すぐ飛び出したいわよ、と心の中で呟いてシオンは椅子に座り直す。リサは再び無線に向かって呼びかけ始めた。
十五分後、若干空気は薄いがこれ以上は待ちきれないのでゆっくりと扉を開き外へ向かう。リサも着いてこようとしたのだが、レーダーを見ているように言い聞かせた。作業分担は必要だ。
ハッチの所までたどり着き、ロープを自分のベルトに繋ぎ……もう一本がちぎれていることは見ないようにして、ゆっくりと外に出る。
ひどい状態だ、とまず思った。宇宙船から五メートルほどの位置に展開されているバリアにこれでもかと言わんばかりに岩石が突き刺さっている。こっちの方の謎技術バリア……恐るべし。
「見た目がすごいわ、これは」
『そうですね』
「よく無事だったと感心するレベルね」
ゆっくりと体を滑らせていき、前方へ。
ナオのロープが引っかかっていたアームがあった場所へ。
尖った部分にロープが引っかかっていた痕跡はあるが……いない。
右へ左へ。上へ下へ。
いない。
バリアに突き刺さっている岩の隙間に……いない。
ナオは……いなかった。
「いない……」
『え……』
「どこにも……」
『そん……な……』
呆然とするシオンの目の前に、ゆっくりとナオがつけていた無線機が漂っていた。反射的につかみ取る。
「もう一回、確認する」
『う……うん……お願い』
もう一度念入りに、岩石の隙間を見落としていないか、何度も。
それでも……ナオはいなかった。
「……」
『そんな……だって……え……』
「一度戻るわ」
シオンは操縦室に戻ると、レーダーを操作し始める。
「これで……履歴確認、と」
「履歴?」
「レーダーの反応の記録。時間を遡って……」
岩石群の反応が時間を巻き戻したように戻ってくる。
「この辺……これは……あった!」
「え?」
「あ、違うか……」
「はあ……」
しばらく操作をしてみたが、大小様々の岩石が通り過ぎる中からナオを探すのは不可能だった。
シオンは無言で立ち上がる。
「シオン?」
「何はなくとも……まずはあの部品を外す。可能な限り早く!」
「う……うん」
「レーダー確認、よろしく」
「……わかった!」
シオンはそのまま外へ飛び出していき、作業に取りかかる。リサはそのままレーダーの監視を続ける。さすがに慣れてきて、かかる時間も短くなってくる。
『焦らず慎重にね』
「おっけ」
時々リサが釘を刺す。ありがたいな、とシオンは思ったが、口に出すのは少しちょっと。
「よし、これで最後!」
『お疲れ様』
最後の一つを抱えて船内に戻ると、ハッチを閉めてすぐに操縦室へ。アームの残骸は通路に置き去りだ。
「すぐに出発するわ!」
「は、はい!」
「悪いけど、通路のアレ、格納庫へ運んでくれる?」
「……重そうなんですけど」
「重力、十分の一で設定するから、ちょっとフワフワするけど運べると思う」
「う……わかった」
入れ替わるように席に着き、あちこちのスイッチを操作し始める。可能な限り早く、可能な限り正確に。
「戻りました!」
「おっけ。重力を通常に、と。あとはこれと……これ。チェック完了。座ってベルトして。行くわよ」
「はい!」
リサがベルトをはめるとすぐにガクン、というショックと共に宇宙船が向きを変え始める。
「バリア解除、と」
「やっと外が見えるようになりましたね」
「さ、行くよ」
「はい!」
シオンが宇宙船を走らせる。目指すはさっきすれ違った岩石群だ。
「あの……一応聞いておきたいんですけど」
「何?」
「ナオさん……生きてるんでしょうか……」
「普通に考えれば絶望的だけど……宇宙に放り出したままよりも、せめて連れて帰りたいな、って」
「ですよね」
さすがのシオンもこの状況でナオが生きているなんて奇跡は信じていないようで、そこは安心した。
「可能な限り探したいけど、それ以上に……」
「それ以上に?」
「現在の位置が不明なのよ」
「あ……」
「だから元来た方角へ戻ればゲートがあるかな、と」
「なるほど」
もっとも、それすらも望みは薄いのだが、と心の中で付け加えておく。おそらく真っ直ぐ一直線に飛んできていたのだろうが、岩石群を「避けた」事で真っ直ぐでは無くなっているのだ。
だが、シオンは航路を記録しているフライトレコーダー――回転しっぱなしで誤差が大きい可能性が高いのだが――の記録から辿っていこうとしていた。計算上は岩石群を追い越したあたりで方向転換だ。
岩石群が近づいてきた。
「真正面から来たときはただの凶悪な物体だったけど、こうしてみると結構壮大な、何て言うかちょっと神秘的にも見えるわね」
「あー、何となくわかります」
「リサ、レーダーをチェックして。岩石の中を通ってナオがいないか探す」
「はい!」
フライトレコーダーの誤差が怖いが、そこは一旦頭の隅に追いやり、岩石群の中を何度か往復する。
が、ナオは見つからなかった。
「ダメ……か」
「……残念です」
シオンが宇宙船を停めた。
「ん?どうしたんです?」
「ちょっと、計算してみる」
言うなり、席を移動し色々と機械の操作を始める。
「どう見てもアナログな感じですけど……それ、普通のコンピュータなんですね」
「私としては『普通の』入力デバイスにしたかったんだけど、部品が無くてね」
ダイヤル式のキー入力なんて面倒くさすぎるが仕方ないのだ。
ガチャガチャと操作して、計算を進める。
「……よし、これだ。あとは……ここね」
「え?」
「いろいろな可能性から、位置を予測計算。大雑把だし、根拠も薄いけど三ヶ所に絞ってみた」
「おお」
「行くわよ!」
一人呟いて元の席へ戻り、操縦を再開する。
「まずは一ヶ所目!」
「はい!」




