漂流
ふわっとした浮遊感がゲートに入ったことを教えてくる。ゲート内は真っ暗なので何がどうなっているのかわかりづらいが、相変わらずぐるぐる回転しているようだ。
「一体何があったって言うのよ……」
「ちらっと見えたんだけどね」
「うん?」
「爆発。私たちがいた居住区の扉が吹き飛んで壁もめちゃくちゃに吹き飛んでた。そんな爆発が見えた」
「……新人の歓迎イベントって事は無いわよね」
「さすがにそれは……無いと思いたい」
「ナオ、映像を見せて」
「はい……表示します」
モニターにターミナルから吐き出された後の映像が表示される。ぐるぐる回っているのをなんとかつなぎ合わせてみると……
「ターミナル全体が爆発しているような……」
「何があったのかしら?」
二人の疑問に答えられる者はいない。
「とりあえずそれはそれとして、まずは私たちの事を考えましょう」
「「はい」」
「ゲート通過まであとどのくらい?」
「約三十秒」
「推進システムは?」
「相変わらず応答しません」
「素敵な状況ね」
ため息をついてから、シオンが腕組みして黙り込む。何とかしようと考え始めたのだろう、とリサは声を掛けないことにした。
「まもなくゲートを出ます」
「わかった……と言っても、何も出来ないんだけどね」
入ったとき同様の浮遊感があるものの、何が変わるわけでも……あった。
「相変わらずぐるぐる回っているのね」
「んー、とにかくがっちりロックしちゃってるあれ、外さないとダメね」
「何か方法が?」
「こんな方法はどうかな?」
シオンがあれこれ説明し、ナオがその内容について色々と計算をする。
「アレを手で取り外せるかどうか、と言う問題は残るけど、やるだけやってみましょう」
「「はい」」
シオンとナオが最終チェックをしている間に、リサは格納庫へいくつかの物を取りに行く。戻ってくるとチェックを終えた二人が席について色々と操作を始めたところだった。
「シオン、持ってきた」
「おっけ。こっちもこれから始めるところ」
「シオン、こちらは準備できました」
「おっけ。じゃ、始めましょう」
計画はこうだ。
まず、宇宙船の周りにバリアを展開する。ターミナルで取り付けた機能で、レベルを最大にすると物理的な壁にもなると言う、地球の科学力では原理の解明できない装備だ。そして、バリアを展開したところで、操縦室のドアを完全にロックし、その後乗降ハッチを少しだけ開ける。当然空気が漏れ出すが、バリアの外に漏れることは無い。そのまましばらく待って、バリア内が空気で満たされたところで外に出て、重力制御式光子推進ユニットをロックしているアームの残骸を外す、という流れだ。
宇宙服もあるにはあるが、宇宙船自体が高速で回転しているため、そのままでは船外活動の危険性は高い。しかし、こうやってバリアで覆ってしまえば、安全に作業が出来るというわけだ。
欠点としては……
「ナオー、あとどのくらいかかりそう?」
「あと十五分といったところですね」
「はあ……」
空気を出す量を最大に増やしてはいるが、それでも三十分はかかると言うことか。
「これを操作すると……」
「あ、これが、この表示なんですね」
「そうです」
リサがナオにレクチャーされているのはレーダーの操作方法。船外の作業はとりあえずシオンとナオが行う。やってみた感触によってはシオンが戻る可能性もあるが、基本的には二人が作業をする。そしてその間リサは操縦室に残り、レーダーを監視するのだ。
そもそも今回使用しているバリアは宇宙を航行するときにそこらに漂っている岩石類があたらないようにするための物だ。小石から数十センチ程度の大きさなら全く問題ないが、数メートル単位となるとさすがに強度に不安が残る。そこでレーダーで監視し続け、大きな岩石が近づいてきたら二人に知らせるという、結構重要な役割だ。
「どう?なんとかやれそう?」
「このレーダーの操作だけなら」
ま、レーダーの操作なんてたいした物は無いのだが、いかんせんスイッチ類がバラバラだ。ターミナルでスイッチも新しくしようと考えたのだが、文字の刻印とかに時間も費用もかかると言うことで断念。その結果、素人には全くわからない装置を素人が触る羽目になったのだ。
「外気圧……あとちょっとね。じゃ、改めて作業を確認ね」
シオンが二人に向き直り、話し始める。
「まず、私とナオの二人が外に出ます。外に出たら何をするかというと?」
「無線の確認ね。それぞれが応答できるかどうか」
「はい、その通り。問題なければまずは二人で左前方上部から作業を開始します。作業がどの程度かかるかわからないけど、焦らず慎重に」
「はい」
「私の方は五分おきに無線の確認をすればいいのよね?」
「そう。突然切れていても困るからね、一応二人とも二系統持って行くから完全に不通になることは無いと思うけど」
これがフラグで無いように、とシオンは心の中で祈った。
「さて、そろそろ空気も良さそうだし、行ってみますか」
「はい」
「では、重力発生装置を停止して、空気の供給を通常に戻します」
ナオがいくつかの装置を操作し、船内の重力が解除される。リサがシートに体を固定したまま、レーダーの前に陣取るのを確認すると、二人は操縦室から外へ出る。操縦室をロックするとハッチの近くの手すりに繋がれたロープを自分たちに繋ぐ。重力がないとフワフワしてしまうので、命綱と言うよりも移動の補助用だ。
それぞれに工具類を持ち、ハッチの外へ出ると体を固定するための小型の吸盤を船体に貼り付けて一旦止まる。
『こちら操縦室、聞こえますか?』
「こちらシオン、聞こえます」
「ナオ、聞こえます」
ヘッドセット型で結構旧型の無線機だが、その分丈夫なようだし、クリアに聞こえる。拾ったときは壊れていたが、こう言うのを直すのはナオがとてもうまい。ナオに感謝だ。
『二人とも聞こえました。大丈夫そうですね』
「じゃ、行きましょう」
「はい」
吸盤をペタペタさせながらゆっくりと進み、目的の場所へ。
「目的の場所に着きました。作業開始します」
『はい』
まずは二人で分担してアームの形状確認を開始する。
「ここはダメ……ここも……違うか」
「これ……あ、これ、どうでしょうか?」
「ん?どれ?」
ナオが見つけた箇所を確認する。
「あー、これか……これがネジだとするとどういう構造かな?」
今回の船外作業では意図的に声をかけ合うようにしよう、と決めていた。場所も状況も特殊だし、無線機を定時チェックすると言っても、何があるかわからない。用心しすぎることはない。
「ここから、こう……そしてこっちへ……こう、でしょうか」
「んー、可能性は高いわね。じゃ、まずはこれ外してみましょうか」
小さな穴にドライバーを突っ込んで回してみると、どうやら本当にネジだったらしくクルクル回る手応えがある。しばらく回していくと、カチッとネジが抜けきった感触があった。
「さて、どうかな……」
「あ、ここにも同じサイズのネジがありますね」
「お、いいね」
今のところ作業は順調そうだな、と会話からリサは判断していた。作業の様子は中のモニターでも確認できるが、細かい手元までは見えない。おっと時間だ。
『定時連絡。聞こえますか?」
「おっけ、聞こえるよ」
『シオン了解』
「こちらも聞こえています」
『ナオも了解。今のところレーダーには何も反応無しです』
「おっけ。引き続きよろしく。ナオ、こっち外れたけどそっちはどう?」
「待ってください……あと少し……」
なんだ、この仲の良い二人の共同作業を見せられるというシチュエーションは、とリサはなぜか赤面していた。男女の機微がわからないと言うことは無く、それなりに恋愛経験はあるのだが、こうして目の前、というか耳もとで繰り返されると気恥ずかしくて仕方ない。が、我慢だ。あの二人だって、こんな非常時にわざわざ見せつけるつもりは無いはずだから……多分。
そんな感じのやりとりを数回繰り返した頃。
「よし、外れた」
『おおー、やったね』
「外したこれ、格納庫へ持って行くね。ナオ、手順の再確認お願い」
「わかりました」
ナオが予定通り右側へ移動。シオンは外したアームの残骸を箱に詰めて一旦船内へ。
「今どのくらい経った?」
『三十分ってとこですね』
「ま、最初は色々調べながらだからこんなもんか」
『焦ってもいいことないですよ、慎重に行きましょう』
「ええ、もちろん」
船内へ入ったシオンはそのまま格納庫へ向かい、残骸の入った箱を置いて固定する。捨ててもいいと思うが、これはこれで何かの役に立つかも知れないので、保管しておこうと言うことになっていた。
「ナオ、どんな感じ?」
「手順は何とかなりそうです」
「了解、そっちで聞くわ」
とりあえず船外に出てナオの元へ。あちこち調べながら分解していた過程を整理すれば、多分もっと早く解体できるだろう。
「次、この部分をこうして……」
「おお、なるほどね」
『あの!レーダーに反応ありです!』
「了解、一旦戻りましょ」
二人が念のためハッチの近くへ戻るのを確認しながら、レーダーのスイッチを操作すると……サイズは十センチほど。しばらくするとガンッとバリアに当たった衝撃をセンサーが検知した。バリアは問題ないようだ。
『バリア問題なしです』
「おっけ。続けましょ」
それから二十分ほどで解体は無事完了。
「よし、これなら一人でも作業できそうね」
「はい」
ナオはそのまま前方を、シオンは後方を担当する事になった。理由は簡単で、前方の方がアームのねじれ具合がひどく、やや面倒な物が多かったからである。実際作業を始めて見るとシオンの方が早く進んでいく。ナオの方も手順は同じだが、ゆがんだ部品を外すのに苦労するといった感じでなかなか進まない。
「ナオ、焦らなくていいからね」
「大丈夫です」
「……リサ、作業開始からどのくらい経った?」
『もうすぐ二時間ですね』
格納庫に残骸を運びながらシオンが声を掛ける。と同時に、結構時間かかってるな、と思ってリサに聞いてみる。
「……ナオ、今やってるのを外したら一旦休憩しましょ」
「わかりました」
「リサも、ナオが戻ったら休憩。これ以上根を詰めると思わぬミスをしかねないから」
『はーい』
シオンはそのまま格納庫で回収した残骸を固定する作業にかかる。
「う……」
『どうしました!?』
「ちょっと置き場所がなくなってきたかも」
『えー?』
「少し整理するわ。そっちの作業、よろしくね」
箱を詰め直せば何とかなりそうだ、と作業を開始する。
「シオン、いいですか?」
「何?」
「部品がかなり曲がっていて、もう少しかかりそうです」
「おっけ。落ち着いて作業して。こっちが片付いたら手伝うわ」
『あ!レーダーに反応ありです!』
ちょっと片付けを急ごうと思った矢先、リサがちょっとヤバ目な事態を告げてきた。
「ナオ、戻って」
「は、はい……」
急いでハッチへ向かうが、ナオがなかなか戻ってこない。どうしたのだろうか。
一方、リサもレーダーの表示に驚愕していた。これはマズい。
『レーダーの反応が、とんでもないことに!』
「どんな状態?」
『数え切れないくらいたくさん、大きさも結構大きな物があるみたいで、速度もかなり速いみたい』
「衝突予想時間は?」
『あと二十秒!?』
「ナオ、急いで!」
出来れば操縦室でレーダーを確認したいが、間に合いそうにない。ハッチから顔をのぞかせて外の様子を確認。薄らと光っているバリアの向こう側に、岩石群が見える。宇宙船が回転している状況を考えると、このままではバリアに満遍なく当たりそうだ。
「マズい……リサ、レーダーは?」
『相変わらずです!あと十秒』
「ナオ!」
ナオがこちらに向かってこようとしているのだが、ロープがアームの部品に引っかかってしまったらしく解こうともがいている。
ダメだ!と思った瞬間、最初の岩石がバリアに当たった。幸い小さめの岩で、バリアは無事だったが……次々と岩石がバリアに当たり始める。マズい……バリアが破られる!
「リサ!何かに捕まって!衝撃が来るわ!」
『は、はい!!』
リサの返事が聞こえた瞬間、バキン!という音が響いた。
バリアが破られた音だった。
バリアは破られてもすぐに穴は塞がれていく。だが、そのわずかな時間にその隙間から空気が吸い出されていく。次々と流れてくる岩石に回転したまま突っ込んでいくとどうなるかと言うと……
「全方位のバリアが割られていく……」
ハッチ横の手すりにしがみつきながら、外の様子をうかがうがナオが近づいてくる様子が無い。そして……気圧がどんどん下がっている。操縦室のドアは閉めてあるが、気密ロックまではしていないのでリサも慌てているはずだ、いろいろな意味で。そして船内全体の空気がどんどん薄くなっていく。気圧低下を告げる警告音が船内に響いている。
「ナオ!あと五秒だけ待つわ!」
応答は無い。
五、四、三……
「ゼロ……」
これ以上気圧が下がるのはマズい。シオンは……ハッチを操作し……閉じた。




