ターミナル
ゆっくりと出てきたそれは……
「コンテナ?」
「次々出てきますね」
さほど大きくないコンテナが四つ吐き出されると、壁の扉が閉じられ、ブザー音も止んだ。とりあえず警戒しながら近づき、中を覗き込む。
「中身は……何これ?」
「箱が色々入っていますね。文字が書かれてますが、全く読めません」
「危険はなさそうだけど、どうしましょ?」
「むやみに触らない方が良いと思います」
「ですよね」
二人がコンテナから離れたところで、通路側のドアが開き、シオンが戻ってきた。色々と荷物を持って。
「ただいま。お、届いてるね」
「届いて……これ、シオンが?」
「そうだけど」
「今届いたばかりですが、これは何ですか?」
「えーとね、順に説明するから、こっちへ」
全員で居住スペースにあるテーブルに着く。
「順番に説明するわね……まず、私たちがいるこのでっかい星というか人工的な物体、ターミナルと呼ばれる……と言うか私が「そう訳すことにした」、交通の基地です」
「ターミナル?」
「地球へカプセルを送り込んだのが、宇宙連合とでも言えばいいのかな?こう、文明のある惑星同士の連合よ。範囲は広くてね、銀河系の外、他の銀河にも及んでいるの」
およそ一万の銀河系にある数千万の惑星が加盟するというトンでも規模な宇宙連合。それらの間をまさに網の目のように張り巡らされた定期航路が人や物の行き来を支えているが限度があり、一つの星からは月に一便か二便の定期船が十前後の惑星と往復している程度である。そのため、「ここからこの星へ一気に行きたい」「物をすぐに運んでもらいたい」という需要に応えるべく作られたのが……
「トラベラーズ、という組織。これも私がそうやって訳すことにしました」
「えっと……つまり便利屋さん、みたいな?」
「お、いいね。その通り、便利屋よ。定期船のタイミングを逃したり、他の星だったり、目的は様々だけど人や物を運ぶ仕事が一番多いわ。あとは、新しく発見された惑星の調査をしたり、はたまた新しい惑星を探しに行ったりなんてこともする。そういう宇宙の星々の間を旅する便利屋トラベラーで、そのトラベラーを管理するのがトラベラーズ」
「はい、シオン先生」
「なんでしょう、リサさん」
「訳語にセンスが見られません」
「却下します」
「ちぇ……」
「続けますよ」
このターミナルは、トラベラーズの拠点とも言える場所で、トラベラーズへの依頼は各地にあるターミナルが受け付ける。そしてトラベラーはターミナルで依頼を受け、荷物を預かったり人を乗せたりして目的地へ向かい、達成すると報酬をもらう、と言う仕組みになっている。なお、目的地はほとんどの場合ターミナルではなく、惑星の衛星軌道上にある小型の基地、ステーションになることが多い。
「ここでいくつかのポイントがあるんだけど」
「何だろ?」
「まず、届いている荷物ですが、宇宙船の部品や食料品です」
「部品……食料品……」
「ま、あの宇宙船も結構ヤバい状態だからね。ちゃんとした物を付けようと思って見繕いました。それに、ここから先の移動ではバリアとか必須になるところもあるらしいから一緒に買っちゃった。あと食料品もこの先のことを考えて購入」
「あの、購入って事は?」
「ぶっちゃけ、借金してます」
「「ええええ!」」
さすがに黙って聞いていたナオも驚く。
「し、借金って」
「大丈夫よ。なりたてトラベラーにはよくあることだから金利ゼロで借りられるの。後からだと利子ついちゃうから最初だけの特典をできる限り有効活用することにしたの」
「はあ、そうですか」
「とりあえず今後の予定を話すわね。まずは宇宙船を整備。その後、適当な荷物運びの仕事を受けて移動。仕事を受けながら医療技術の発達した惑星を探す、こんな感じで」
「ま、大雑把ですけど」
「良いのでは?」
やることが決まれば、行動を起こすのみ。三人は早速作業を開始した。と言っても、リサが出来るのは格納庫の食料品の整理と新しい分の積み込みくらいである。
「結構あるのね」
「そうね、一ヶ月はもつようにしようって考えて手配したのよ」
細かい部品を交換しながらシオンが答える。
「ちなみに借金はおいくらほど?」
「百万……単位はよくわからないけど……宇宙ドルとか呼ぶ?」
「センス微妙ですね……その百万宇宙ドルを返すのにどのくらいかかりそうなの?」
「そうね、一番安そうな荷物運びでも百回はこなさないとダメかな」
「道のりは長そうね」
「ま、ある程度覚悟していたことよ。それに、百回こなすって事は百個の惑星に行くのよ。それだけ行けば、お目当ての惑星の情報もあるでしょ」
「そう言う考えか」
手がかりゼロの現状を考えると、このくらいはアリかと思ってしまうあたり、毒されているのかも知れない。
「積み込みが終わったら、何を?」
「これ、かな?」
シオンがテーブルの上に置いたのは……
「コンピューター?」
「コンソール、と呼ぶことにしたわ」
「センス「却下」
「はい……で、何をすればいいの?」
シオンが操作方法を説明しながら、進める。
「このコンソール、翻訳機能があるのよ」
「へえ」
「連合標準語とでも言えばいいのかな、それを基準に色々な言語に翻訳できるんだけど……」
「地球の言語はドイツ語、ということね」
「正解。そこで、日本語を入れたいのよ」
「んー、つまり……日独変換を入れる?」
「ご明察。基本的な文法といくつかの単語は入れてあるから……ここをこうしてっと……ここに出てくる文章を……こっちのタブレットで訳して、入力してほしいの」
「わかった、やってみる」
「操作がわからなくなったら呼んで」
「はーい」
コンソールに表示されたドイツ語文章をタブレットに読ませて翻訳。翻訳結果をコンソールに入力。コンソールに表示されたドイツ語文章をタブレットに読ませて翻訳。翻訳結果をコンソールに入力……
「つらい……」
「これでもあっちでの待ち時間に結構入れておいたんだから、頑張って」
「うん……」
荷物の積み込みの合間に少しずつ進めよう、と小学生の夏休みの宿題並みの考えで進めることにした。
宇宙船の改修は二日ほどかかった。リサの翻訳は……終わる気配が見られなかった。
「ま、気長にやるしか無いからね。後は宇宙船で移動中に手が空いた人がやりましょ」
「それ、私が一番多い気「気のせいよ」
何もしないでいるよりはいいか、とリサは気持ちを切り替えることにした。
「さてと、とりあえず初仕事、受けてみますか」
「おお~」
リサとナオの拍手で少し機嫌の良くなたシオンが、ちょっとうれしそうに説明を始める。
「このコンソールで、仕事も受けられまーす」
「ほうほう」
「どのように受けるんでしょうか?」
「ここをこうして、こうすると……はい、仕事の一覧です」
「結構あるのね」
「ま、実際に私たちが受けるのは荷物運びだけなので、ここをこうして……荷物運びだけに絞って、報酬の安い順に並べ替え、と」
「安い順?」
「一回目だし、要領つかむためにも安いのでいいかなって。多分近場だし」
「ああ、そういうこと」
実際には金額の高い物は荷物が大きい、重い、と言うこともある。今の宇宙船では精々手荷物程度のサイズしか運べない。
「とりあえずこれ、受けましょ」
シオンがコンソールを操作して手続きを進める。
「よし、出てきた。ナオ、この数字、宇宙船に入力してきて。航路データになるから」
「はい……入力してきます」
「何これ?」
「目的地の座標。あとは途中で使うゲートの許可コードも入ってる」
「ゲート?私たちがここに来たときに使った、あれ?」
「そう、それ。トラベラーズの仕事で使う場合は許可コードがあれば自由に通れるけど、それ以外のときは」
「ときは?」
ゴクリ、とリサが固唾をのんで続きを待つ。
「何と、有料です!!」
「ええええ!!」
「しかも結構高いのよ。今回行く先へ仕事以外で行くと……二万」
「ちなみに今回の報酬は?」
「八千」
「うへえ」
「あとね、ゲート通行許可コードは往復で発行されて使用期限無しなの」
「ほほう」
「うまく行けば、届けた向こう側で新しい仕事を受けて帰りの分の許可コードを使わずに残しておく、と言う手も使えるのよ」
つまり、Aという星にいて、Bへ向かう仕事を受けると、AからBのためのゲートとBからAのためのゲートが無料で使えるようになる。だが、Bへ行った後、Aに戻らず、別のCへ行く仕事を受け、Cまで行くと、BからA、CからBが無料となっているため、ただ単にAに戻りたい、と言うときにはそのまま無料でゲートを通過できるというわけだ。
「……メリットがあるといえばある……のね……」
「ま、もらえる物はもらっておきましょ」
「ですね」
「無料」に弱い女性達であった。
「さ、出発準備しましょ。大して荷物があるわけじゃ無いけど」
「はい」
わずかな期間ではあったが、居住スペースに衣類や寝るときに使った毛布などを出しているので、回収していく。
ビーッビーッビーッ
ブザー音が鳴り響く。
「運ぶ荷物の到着ね」
出てきたのは三十センチほどの箱一つ。重さは二キロくらいか。
「壊れ物じゃ無いけど、念のために固定しておいて。宇宙船の出発準備始めてくるから」
「はい」
荷物を持って格納庫へ入ったリサは、少し迷ったが床に置いてから、固定用のベルトを張り、手で揺すっても動かないことを確認し、操縦室へ向かった。
「チェック二十から二十五」
「全てゼロ」
「了解、次二十六は?」
「ちょうど百です」
「荷物固定できました~」
「おっけ、出発まであと少しだから座って~チェック二十七から三十」
「順にゼロ、十、十、五十」
「了解、全て正常」
シオンがスイッチパネルを移動させ、操縦レバーを握る。
「全モニターオン」
「はい」
ナオがスイッチを入れると、正面左右のモニターが外の様子を映し出す。
「タラップ格納チェック」
「格納……よし」
「出発の連絡の応答は?」
「……来ました。正面の扉、開きます」
正面モニターに映る扉が開いていく。同時に宇宙船がわずかに揺れ始める。上から吊っている機械が動き始めたのだろう。
『それ』に気付いたのはリサが最初だった。
シオンは正面を注視しているし、ナオは右側に座っていたため、左側の外の様子を見ていたのはリサだけだった。
だが、気付いたときにはもう……
「何あ……バリア展開して!」
ナオが反射的にスイッチを操作し、バリアを展開させる。
「え?え?」
正面しか見ていないシオンが慌てた瞬間、ガクン!と大きく宇宙船が揺れる。
「何?!」
揺れるだけでは無く……一気に押されていく。
「うわわわわわ!!」
「ちょ、ちょっとって!!」
来たときに運ばれたときとは比べものにならない速さで通路を抜けていく。
「え!!ちょ!!……待って!!」
このままでは「大型船の船着き場」にこの速度のまま出てしまう。近くに宇宙船が停まっていたら激突してしまうし、何もなくても吊り下げている機械が宇宙船を離さなかったらどうなるか。
だが、そんな心配は無用だった。通路が終わるかどうか、と言うところで通路自体が崩壊したのだ。
「ぎゃああああああ!!」
「うわああああああ!!」
速度を落とすこと無く、むしろ加速されながら、そして爆発の影響なのか、ぐるぐると回転しながらターミナルの外へ吐き出される宇宙船。幸い、船内は重力制御が効いているので目が回るようなことは無いが、モニターの映像はめちゃくちゃだ。
「え……ちょっとマズい!!」
「何?!」
「正面にゲートです」
「あのゲートは通る予定じゃ無い!ナオ、推進システム始動!」
「推進システム……反応ありません」
「はあ?!」
「おそらくあの機械がユニットをつかんで「あれか!」……あれです」
ゲートはもう目の前である。
「こ、このまま入ったら!」
「このまま入ったら?」
「高い通行料取られる!!」
「ええええ!!」
「て言うか!!」
「何!?」
「どこに行くのかわかんない!!」
「ああああ!!」




