雨
「ハァッ、ハァッ……」
瓦礫の下に転がり込み、身を隠しながら肩で息をする。姿勢を確認。うん、上からは見えない、多分。グゥゥ、とお腹が空腹を訴えてくる。何も食べずにこれで三日目だっけ?四日目?曖昧な記憶だが、三日目だろう、とリサは結論づけることにした。四日目よりいくらかマシ、と言う理由で。と言うより、空腹どころではない。今は余計なことを考えている余裕はない。
ゴォッ、というエンジン音をさせて飛行機が曇り空の下をゆっくり旋回している。あれに見つかったら……いや、『あの爆弾』が装備されていないところを見ると、偵察機だろう、多分。その点はラッキーだったが、それでも、搭載されているであろう機銃が火を噴けば、ものの数秒でミンチにされるのは間違いない。聞いた話だが、装甲の分厚い戦車が一分もたずにスクラップになったらしいし。
辺りを見回すが、すぐに身を隠せそうな場所はここくらいしかない。瓦礫だらけの廃墟のくせに気の利かない場所だ。
手持ちの武器は、小型のオンボロ自動小銃一丁。ただし残弾数は二十ほどだから数秒で空になる。おまけに空腹と疲労による目の錯覚か、銃身がゆがんでいるように見えるし、分解掃除もロクに出来ていないから、多分すぐにジャムる。
「詰んだか……」
そう呟いたとき、ポツンと、水滴が落ちてきた。
ん?と空を見上げると……雨だ。まだパラパラと小雨だが、雲も厚いようだし、この様子ならすぐに本降りだろう。よし!と思わずガッツポーズが出る。
連中、兵器の防水がイマイチなのか、航空機はもとより、地上でも雨が降ると帰っていく。そして、水に濡れる可能性が一番高い艦船の類いもない。運用している兵器はどんどんグレードアップしており、かなりの技術力があるはずなのに、謎だ。
とにかく、助かった。遠ざかるエンジン音を確認し、恐る恐る空を見ると、思った通り、飛行機が去って行くのが見える。これで動けそうだ。
百メートルほど先に大きな建物が見える。まずはあそこへ行こう。服や靴は防水加工されているが、雨が降っているときは屋根の下が一番だ。
近づいてみると、縦横二百メートルはありそうで、高さは……二十メートルほどか。工場か倉庫だったんだろう。扉は錆び付いて動かなかったが、何とか通れるくらいの隙間から中に入ると、がらんとした空間が広がっていた。どうやら、倉庫だったらしい。
倉庫と言っても、めぼしいものは見当たらない。木箱やコンテナが散乱しているが、中身は空っぽのようだ。期待はしていなかったが、空腹は加速する。
ドサッと、背負っていたバッグを放り、壁際に寄りかかりながら座る。
「ふぅー」
バッグの中を探り、水筒を出して口に少し含み、もう少しバッグの中を探る。食べるものは何もない。昨日も確認した。
入っているのは最後に洗ったのはいつだったか覚えていない着替え、ほとんど空っぽの救急セット、懐中電灯、自動小銃の空のマガジン……以上。なんとなくもったいない気がして持ってきたが、空のマガジンは捨てようと、壁に向かって投げつける。ガン、と言う音と共に、木箱の向こうへ消えていった。
さて、どうしよう。仲間とはぐれて一週間。特にどこか目的地があったわけでもはないから、行動を元にしていた仲間と再会できる見込みは薄い。
もともと住んでいた町はかなりの田舎で、この『戦争』の影響もほとんど無かったのだが、一年前、ついに『奴ら』が進軍し、銃弾の飛び交う戦場となった。何とか逃げ延び、同じように身を隠しながら逃げている人たちと出会い、共に逃げていた。今まで何度も『奴ら』に見つかり、戦い――と言っても一方的に蹂躙されることが多い――逃げ、隠れ、を繰り返してきた。何度、言葉を交わす余裕さえない別れをしてきただろうか。「仕方ない」「きっと大丈夫」と勝手に自分たちに言い聞かせてきたが、いざ自分が当事者になり一人だけになると心細い。
「せめてどっちへ逃げる、とか決めてあれば良かったんだけど……」
とつぶやき、そのまま横になって目を閉じた。今は少しでも体を休めよう。
「!」
どのくらい経っただろうか、嫌な夢を見ていたような感じがして、リサは飛び起きた。
「えっと……」
周りを見回し、自分がどこかの倉庫跡に入って眠っていたことを思い出す。水筒を口に含もうとして、残りがわずかだと言うことも思い出してやめる。外はまだ雨、かなり強く降っているようだ。と、ゴロゴロ…という音の直後、窓の外がまばゆく光り、ガラガラガシャンとしか表現のしようのない轟音が響いた。近くに落ちたな。
少し散らかしたバッグの中身を元に戻して背負い、倉庫の中を隅々まで見て歩くことにする。もしかしたら、万が一にも何か残っていれば、という淡い期待である。
箱やコンテナの中をのぞいて「やっぱり」と言うことを何度も繰り返し、一通り見て回ってしまったところで、大きな扉の前で立ち止まる。建物の大きさの割に狭いので、倉庫自体の仕切りなのか、事務所的なものがあるのか、そんな扉だ。
「カギは……かかっていないようね」
呟きながら扉を思い切り引く。
「ん……ぐぐ……、これは……結構……」
長年の錆とホコリは大きな扉の戸車を完全に固めており、体一つ滑り込ませる隙間を空けるのにも苦労した。
そして、ようやく開いた向こう側は……
「真っ暗で何も見えない」
懐中電灯を取り出し、照らしてみるが、光が弱くてイマイチよく見えない。電池切れが近いなと、また一つがっかりしながら、恐る恐る中へ入る。床は板張りのようで、机や椅子がいくつか見える。箱もあちこちに積まれていて、蓋さえ開いていない物もあるようだ。
「ちょっとだけ期待できるかな」
そう思いながら踏み出した足下からバキッという嫌な音がしたとき、リサは「あ、落ちるわこれ」と確信した。