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五話 君は、サンタクロース

 放課後は毎日、日が暮れるまで一緒に遊ぶ俺たちだったが、クリスマスが近くなると、途端に仲が悪くなった。いや、気の優しい柊也しゅうやは、一度も喧嘩など仕掛けてこなかった。機嫌が悪くなるのは、いつも俺の方だった。

「サンタなんて、いないよ」

 いつも俺は、ぶっきらぼうに、彼の主張を両断した。空っぽの靴下を目にして、涙を流した過去など、柊也には一度も話したことはなかったが、その度に彼は、悲しそうな顔をした。

「クリスマスなんていらない。シュウだって、誕生日と一緒にされるんだろ。セコイよな、どいつもこいつも」

 十二月二十四日。まさにクリスマスイブが生まれた日である柊也は、そう言われても、「仕方ないよ」と笑った。

「嬉しいことは、二つあったら二倍になるんだよ。だから僕は、この日が誰よりも楽しみなんだ。きっと他のみんなより、嬉しい日でいられるんだよ」

 柊也に、負け惜しみ、という気配など微塵もなかった。本当にクリスマスを楽しみにして、サンタクロースを信じきっている彼の姿は、全てを信じさせてもらえない俺にとっては、歯痒くて仕方のないものだった。

 小学三年生にもなって、サンタだなんて。そう言って鼻を鳴らす俺とは正反対に、彼は背負ったランドセルをカタカタ鳴らして、雪道を嬉しそうに歩いていた。

 そう、冬休みを控えたあの日だって、俺たちは、彼の誕生日にそんな会話をしながら、粉雪の降る帰り道を並んで歩いていた。

「クリスマスなんて……」

 楽しげに鼻歌を歌う柊也を見ながら、彼の話を聞いていると、馬鹿馬鹿しい、という思いよりも、次第に劣等感が募ってくるのを感じた。いい子にしていれば、サンタはやってきますよ。それなら、一度だってサンタにプレゼントを貰えない俺は、誰よりも悪い子なんだ。特段、悪いことをした覚えもないのに、自然体にしているだけで、自分だけ、プレゼントを貰えない悪い子どもになっているんだ。

「クリスマスなんて、なければいいんだ……」

 涙なんて、決して流していなかった。悲しみを悟られないよう、俺は前を向いていた。柊也が、俺の顔を、じっと見つめているのには、気がついていた。困った風に、幼い頃についた額の傷跡を擦るのは、柊也の癖だった。

「サンタさん、来るよ」

「え?」彼の言葉に、思わず振り向いた。「何言ってんだよ」

「プレゼント、貰えるよ。サンタさん、今年は来るから」

「だから、俺んちには、サンタなんて」

「来るよ。絶対に」

 別れ道で、柊也はにっこりと笑った。何故だか、彼が言い切る台詞を否定できずにいると、いつものように、彼は右手を上げた。

「またね!」

 輝く星のような、人懐こくまん丸な目で、クリスマスに相応しい笑顔で、柊也は大きく手を振った。俺も、「またな」と口の中で呟いて、彼の勢いに押されるまま、右手を振った。

 それが、最後に見た、親友の姿だった。


 いつもの通学路を一本反れた大通りで、濡れた路面でスリップした車に轢かれ、柊也は、死んだ。

 クリスマスイブ。相応しく、粉雪の舞う日、自分が生まれたその日に、彼は息を引き取った。

 何故柊也が、真っ直ぐ帰らずに、いつもの道と違う通りを歩いていたのか。その理由を知ったとき、止まらない涙が、一層溢れて止まなくなった。

 柊也は、緑の紙と赤のリボンで包装された、小さな包みを抱いていたらしい。

 それは、クリスマスが大嫌いな俺に、クリスマスを好きになってもらおうとした、柊也の優しさだった。

 彼は、サンタクロースになろうとした。いつまで経ってもプレゼントなど貰えないと、悲しむ俺にとっての、唯一のサンタになろうと、決意したんだ。



「柊也……」

 手にした画用紙に、ぽたりぽたりと、雫が落ちた。

 柊也は、大切な友達だった。唯一無二の親友だった。

 だから、彼が死んだクリスマスを、俺は一層大嫌いになった。彼の死ごと、全てを忘れようと努力をしてしまった。

「この子は、保育園にいたのか」

 俺の涙に目を丸くしていた息子は、えっとね、と首を傾げる。

「しゅうくん、しらないあいだに、いなくなっちゃったの。いっしょに、さんたさんのえほん、みてたのに」

「消えちゃったのか」

「うん。くりすます、たのしみだねって、いってたんだよ」

 あの時、サンタ姿の子どもたちに出会って、あれほど嫌っていたはずの感情を、俺は思い出した。一番望むものを与えられる幸せが蘇った。息子に、それを与えたいと思った。妻の期待に、応えたいと願った。

 それが、今日のクリスマスだ。

 本当はプレゼントを望んでいた、俺の本当の気持ちを。みんなと同じように、クリスマスを楽しみたかった本心を。柊也は、全てを思い出させてくれた。

「おとーさん、しゅうくんの、おともだちなの?」

 首を傾げながら無邪気に膝に乗ってくる。そんな息子がしっかり抱いているトナカイを軽く撫でた。

「そうだよ。柊也はな、お父さんの大事な友達なんだ」

「だいすき?」

「ああ」

 嬉しそうに笑い、息子は俺のあぐらに転がり込む。

「しゅうくん、やさしいもんね!」

「……そうだな。ほんとに、優しい友達だよ」

 涙で視界が滲んだ。口を右手で覆っても、嗚咽が漏れる。

 サンタを望んでいた柊也は、サンタクロースになったのだ。あの時渡せなかったプレゼントを、こうして渡しに来てくれた。誰よりもクリスマスを愛した彼は、俺にもクリスマスを好きになってもらおうと、こうして何年もかけて、プレゼントを届けてくれたのだ。自分さえも信じられなくなり、ともすれば、全てを終わらせたいなどと願っていた俺に、誰かを喜ばせたいと思う気持ちを、与えてくれた。だから俺は今、幼い息子に、同じ寂しさを覚えさせずに済んだんだ。

 トナカイを抱く息子の笑顔が、なによりのプレゼント。泣いている俺の肩を抱いてくれる、妻の手の温もりが、何にも代えられない贈り物。


 来年は、もっと素敵なクリスマスにしよう。ツリーやリースを飾って、きちんとケーキも用意して。いつかまた、柊也が目の前に現れたとき、胸を張って幸せだと言い張れる日にするんだ。

「ありがとうな、シュウ」

 ホワイトクリスマス。真っ白な雪の上で、プレゼントを抱いて笑う柊也の姿が浮かぶ。どうか一人でも、この日に幸せになれますように。柊也に貰ったこの気持ちを胸に、俺は涙を拭い、二人に笑顔を返した。

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