四話 プレゼント
とても、小さな靴下に収まる大きさではなかった。
だが、天辺にちょこんと靴下を乗っけている紙袋の姿に、息子は文句一つ垂れず、寝起きから飛び上がった。
少し大きく、角の柔らかなトナカイのぬいぐるみを抱きしめ、今はキッチンのテーブルにつき、今朝方、妻が買ってきたケーキを、口いっぱいに頬張っている。
食べ終わったケーキの皿を流しに下げた俺に、息子の横に座っている妻が、口だけを動かして、「やるじゃん」と笑う。それに対し、お互い様だと、俺も小さく笑った。彼女が、「ケーキを頼む」と俺が送ったメッセージに気がついたのは、今朝になってからだったが、彼女はスーツケースを転がしながら、ケーキの箱を持って帰ってきてくれた。
俺はあれから、深夜の街を駆けずり回っていた。閉店間際の、蛍の光が流れている店を見つけられたのは、奇跡だっただろう。ただ残念なのは、商品を吟味する時間など到底残されておらず、数体残っていたぬいぐるみを選ばざるを得なかったことだ。幸い、息子は喜んでくれたが、来年は、きちんと欲しい物をリサーチしておかなければいけない。
そうして準備を終えた頃には、深夜を迎えていた。息子に負けず、熟睡してしまった俺は、彼の歓声でやっと目を覚ましたのだ。
昨夜のことは、夢だったのかと思い返す。アパート前の道路には、幾人分どころか、子どもの足跡ひとつ、雪の上に見つからなかった。だが、あの出来事は、外で立ったまま見てしまった幻覚にしては、あまりに鮮やかに脳裏に蘇る。
「ぼくね、ぷれぜんとがあるの」
苺のケーキを無事に食べ終え、母親に口元を拭かれながら、ぬいぐるみを抱きしめる息子が言った。ぴょんと椅子を飛び降りるのについていくと、彼は、いつも絵を描いて遊んでいる、スケッチブックを持ち出してきた。途中のページに小さな手を当て、一枚を丁寧に千切っている。
「これね、ぼくと、おとーさんと、おかーさん」
ひとつひとつ指さす先には、三つ並ぶ、顔と手足の生えた、子どもの描く人間の絵。絵の中の妻の顔も、俺が着ているジャンパーも、普段息子に見せているのと類似している。
「朋、上手になったね」
妻が嬉しそうに笑うと、息子は胸を張って、彼女とよく似た目元で笑う。その腕では、再びしっかりと、トナカイのぬいぐるみを抱きしめている。
その絵は、居間の壁に飾ることになった。来年は、また新しいものを描いてくれるという。ストーブが部屋を暖める中で、妻は洗い物に立ち、俺は続いて、息子が描いた絵を一緒に眺めた。
おもちゃの車や、りんごを真似して描いた絵を過ぎると、恐らく友だちや、保育園の先生だろう、にこにこと笑う人たちの顔が、白い紙を明るく染め上げる。
はしゃぐ息子の説明を聞きながらページを捲っていたが、一つの笑顔の前で、手が止まった。
恐らく男の子だろう。他の絵と同じく、満面の笑みを見せているその子には、片眉から額にかけて、線が一本引かれている。
「しゅうくん、ここ、けがしたんだって」
その線を指先でなぞると、息子は線の意味を、そう説明した。
「しゅうくんって言うのか、この子は」
「うん。しゅうやくん」
まさか。そんな、馬鹿な。
「しゅうくんね、さんたさんのおはなし、いっぱいおしえてくれたの。せんせーもね、おしえてくれない、くりすますのおはなし。いっぱい、してくれた」
いっぱいと、両手を広げるのに、思わず片手を口元に当てた。
ああ。ああ。俺はどうして、忘れていたんだ。あんなに仲が良かった、大切な友だちのことを、何故、忘れたいと願ってしまったんだ。




