第2章 太陽龍軍入り
ミスリルが真の龍契士として認められ、数年が経った。あれから2人は森中を駆け巡り、たまに雑魚ドラゴンを倒したりして親睦を深めていた。そんな最中。
「太陽龍軍のご帰還だあー!」
ミスリルよりも遥か昔に龍契士ドラゴ二ストになり、今はドラゴンライダーとして太陽龍軍に勤めていた父、オケアーノも月光龍軍との戦いを終え、帰ってきた。…と思っていたが。
仲間の兵士が母を呼び、報告した。
母「…そう、亡くなったの。」
兵「はい。お気の毒ですが…。」
父は敵の月光龍軍に討ち取られてしまったのだ。まあ、それだけなら本気で軍に就くこともなかったのだが。
その翌日。
太陽龍軍の兵士がこんな会話をしていたことを聞いてしまったのだ。
1「惜しい方を亡くした。そのうち、将軍も務めるはずのお方だったのに…。」
父は太陽龍軍の中でも特に優秀で、仲間からは軍の上層部の役職に就くことも見込まれていた。
2「仕方ないさ。天命だよ。」
1「馬鹿なことを言うな。これは軍から逸れたやつから聞いたんだがな。」
その次の言葉に耳を傾けた。
1「オケアーノ部隊長は、敵に騙し討ちされて亡くなったと噂されているんだ。」
2「はあ?騙し討ち?なんでまたそんな突拍子もない噂が。」
1「戦争が終わる間際、部隊長がどこかに行くのを目撃したものがいたんだ。そいつによるとな、月光龍が部隊長の後ろから現れたらしいんだ。とっさに逃げ帰ったから、あとは見ていないそうだが。」
2「…なるほど。そんな状況なら、討たれてもおかしくないな。…して、そのドラゴンは雑魚だったのかな?」
1「いや、これが衝撃でな。そのドラゴンは、月光龍軍の龍王、『ジュノース』だというんだ。」
2「な、あのジュノースが!?な、なんでそいつだと分かった!?」
1「首筋にある月の印をはっきり見たからだ。あの証があるのは月光龍の中でもジュノースだけだ。」
2「…そ、そんな…。」
1「まあ、これはあくまで噂だからな。鵜呑みにするなよ。」
父は最期まで公正さを重視する人だった。そんな父を不意打ちし亡き者にした月光龍、ジュノース。ミスリルは許すことができなかった。当時、ミスリルの今後の進路は決まっていなかったが、今はっきりと決めた。
ミ「私は、ドラゴンライダーになります。そして、父上の仇を討ちます。」
ミスリルは、ドラゴンライダーとなり太陽龍軍の一員になった。
太陽龍軍に入ると、ミスリルは新たな軍名を授かった。『イーリス』だ。その後、ミスリル改めイーリスは、太陽龍軍として訓練をすることになった。
イ「いけっ、マルース!」
マ「グワオ!」
ザッ、ザッ、ザッ。
マルースは薄暗い密林を走り抜けていた。横目に、黒い影が見える。そして、素早く走り影を横に捉えると。
イ「今だ!」
ブゥン!!バカ――ン!
マルースは思いっきり体を回して尻尾を影にぶつけた。尻尾の球体は見事影に命中した。
「お見事!」
部屋が明るくなった。実はこれは軍の訓練で、影はただの張りぼて。ドラゴンは尻尾をうまく使い、相手を攻撃するのだ。
イーリスの近くに、1人の男が立ち寄った。現部隊長の、『ヴェスティーア』である。
ヴェスティーアはイーリスより10歳年上で技術もまたイーリスより上だ。要するに、イーリスの上司だ。
ヴ「ますます技術を上げたな、イーリス。この具合だと、本部で実際に活躍する日も遠くないぞ。」
イ「ありがとうございます。」
ヴ「ただ、1つだけ落ち度を述べるとすれば、敵に対する反応がまだまだ遅い。そのようなことでは、君の父上のように不意打ちに襲われてしまうぞ。…俺だって、こんなことお前には言いたくないんだがな。彼が優秀なだけに、失うのが大きすぎたんだ。」
イ「…分かっています。そんなこと気にしなくていいです。父のことは気にせずに、あなたの思った通りのことを述べてください。」
ヴ「…そう言ってもらえると助かる。これからも訓練に励め。」
イ「はい。」
ヴェスティーアは去っていった。
その後、彼は適性検査で偵察兵を命じられた。素早く敵に近づき、状況を確認する係だ。忍んで潜入することに長けていたからだ。もちろん、戦う場面だってある。別行動をしている敵を倒す時だ。
ところで、軍隊にはいくつかの兵種がある。だいたいを、ここで説明しよう。
まずは歩兵ならぬ『飛兵』。これは敵の先陣に突っ込み、戦う部隊だ。
次に、『大型部隊』。これは本格的にドラゴンを活用する部隊で、ドラゴンによる攻撃で敵を弱らせた後、薙刀のような武器で敵を薙ぎ払う。
そしてもう1つは、『切り込み』。飛兵を投入した後、追い打ちをかます部隊。これは意外性と技術を求められる、結構ダイナミックな部隊だ。
そして、彼が所属することになる『偵察』。これは主に地上を舞台として活躍する。敵の武器等の保管庫を破壊することもある。地上を走り回ることが多いので、未開の土地を発見する可能性も高い。
直属の下級部隊『囮』。偵察部隊の安全確認のため、先導して罠を取り除いたりする。使い龍専用のドラゴンを持たなくてもなることができる。むしろ大型龍はあまり使えない。
その他、将軍の補佐を務める『保安隊』や、水軍には『水砲隊』、『魚雷軍』など、数多くの部隊が存在する。
…話を戻そう。偵察部隊に配属されたイーリスは、まずメンバーと顔合わせをした。偵察部隊には、もともと上司だったヴェスティーアもいた。彼の下に付くことになった囮隊員は、同じ時に入った同期の『サリエル』。見た目は男性に見えるが、ボーイッシュな女性だった。(某魔界人とは関係ありません。)
サ「よろしくお願いします。」
イ「うん、こっちもよろしく。」
そして、将軍とのご対面だ。
「わしが、将軍の『カース』だ。よろしく。」
カース将軍は、黒い小さな口髭を持つ、貫禄のある男性だった。
カ「そして、わしの使い龍の『ジュピテル』である。覚えておくように。」
若干上から目線なのが気になるが。
サ「将軍さん、なんか偉そうですよね。偉いんでしょうけど。なんか気に食いません…。」
サリエルは、物事をズケズケと言う性質たちのようだ。ただし、小声。
イ「あ、ああ…。」
イーリスはただ黙って文句を聞いているしかできなかった。
カ「では、早速仕事を命ずる。」
サ「何なんですかね。こんな雑用をやらすなんて。絶対私たちを戦場に行かさないようにするためですよね。」
サリエルは文句たらたらだ。というのも、2人に命じられた仕事は『書類整理』であったからだ。これでは文句の1つも言いたかろう。
イ「そう言ってやるな。将軍様だっておっしゃってただろう。こういう地味な仕事こそ、軍に役立つんだろ。今は我慢して、後で報いればいいじゃないか。」
サ「…そうですね。」
サリエルは渋々ながらも納得したようだ。
しかし、2人の実質的な戦力外通告はこれだけに留まらなかった。近場に遠征に向かった時にも、他の者は皆技の技術を上げる訓練だったのだが、2人には弾薬の補填、武器の手入れなど、どう考えても訓練に参加させてもらえなかったのだ。
サ「もう我慢できません!将軍に直談判してきます!」
イ「お、おいサリエル落ち着けって。」
イーリスはサリエルをなだめたが、さすがにこの状況はおかしいと、夜イーリスはサリエルを連れて以前、そして今も上司であるヴェスティーア部隊長に相談に向かった。
ヴ「…これは、俺たち上層部に伝えられている事実だがな。」
ヴェスティーア部隊長は、2人を自分の部屋に連れて行った。
ヴ「その話によると、将軍はお前を差別しているらしいんだ。」
2人に驚きの事実を伝えた。
サ「さ、差別!?なんで!」
ヴ「俺だって、お前のような優秀な奴に雑用なんて頼みたくもないさ。でも、これは将軍の命令なんだ。」
ヴェスティーア部隊長は2人に対する差別的命令を後ろめたく思っているようだった。しかし、それが分かっていても、どうすることもできないという。
サ「なんで彼が差別しなければならないんですか!」
ヴ「…イーリス。お前の父親に関係することなんだ。」
イ「…父上に?」
ヴ「ああ。カース将軍は、お前の父オケアーノ前部隊長に対して、好印象を持っていなかったんだ。」
その名を聞いたとき、2人は身構えた。
ヴ「オケアーノ前部隊長は、カース将軍の不正を暴こうとしたからだ。」
イ「不正?」
ヴ「カース将軍が成り上がりで将軍になったことは知ってるだろう。」
確か、カース将軍の父はものすごい金持ちで、財閥とも繋がっているとか。
ヴ「その影響からか、将軍は自分から戦うことはしない。その代わり、高い金を払って優秀な兵士を雇っているという噂だ。」
今で言う賄賂だ。(まあ、今も昔もどこでもあるもんだよなあ、こういう類のネタ。)
ヴ「その証拠をつかもうとした矢先、戦いに巻き込まれてオケアーノは亡くなったんだ。彼が懸命に集めた証拠は、亡くなった時にカース将軍に握りつぶされてしまったんだ。その息子が軍に入ったんだ。差別もしたくなるだろう。」
サ「なんとか将軍(笑)の陰謀を暴露できないんですか!」
サリエルは怒りに震えている。
ヴ「無理だな。奴の背後には強大な組織の力がある。そいつらにもみ消されるだろう。何か決定的な不祥事を起こさないことには。だが、そこまで間抜けでもなかろう。」
イ「ですが、あなたは何故それを私たちに教えてくれたんですか?」
上層部ともあろう者が、その不祥事を部下に報告したりはしないだろう。「知らなくていい」とも言いそうなものだが。
ヴ「俺も、あの将軍の横暴さにはほとほとウンザリしてたんだ。だが、生活がかかっているのでやめるわけにいかない。だから、お前らみたいなやつが出てくるまで、黙っていたんだ。」
その後、2人は部屋に帰された。(上司と部下とはいえ、男女を同じ部屋に入れるのは忍びないと上も判断したのか、部屋は隣同士である。)
コン、コン。部屋の壁を叩く音が聞こえた。カチャ。部屋の小窓を開けた。(部屋の壁には隣の部屋との連絡を取るため、小窓が付いている。)サリエルだった。
サ「…どう思います?今日の話。」
イ「なんとも言えないな。俺らがなんとかできることではないし。」
サ「何とかして不正を暴けませんかね?」
イ「難しいね。実戦に参加できない以上、どうしょうもない。」
サ「ですよね。悔しいです…目の前にやるべきことがあるのにできないなんて…!」
イ「俺もだよ。」
しばらく沈黙していたが。
サ「一方的に話してしまいすみません…もう話し終えますので。」
サリエルはドアを閉めようとした直前。
サ「これから部屋着に着替えますが…覗かないでくださいね。」
イ「覗かないよ。」
まるで鶴の恩返しっぽい展開になった。そして、イーリスはその日はもう寝た。
登場人物
囮隊員 サリエル
イーリスの部下になった者で、太陽龍軍の中では数少ない女性隊員。特定の使い龍を持たない。物事に対してズケズケというなど、遠慮がない。早駆けが得意。
ヴェスティーア
イーリスの上司。イーリスの父オケアーノの後を継いだ次の偵察部隊長兼新人兵の監督を務めていて、今昔変わらずイーリスの面倒をみている。本人曰く、新人兵監督の任務は入隊以外の時期は暇するのでその時は偵察部隊長の任務を遂行しているらしい。
龍王ジュピテル
太陽龍軍の王。カースの使い龍。
カース
太陽龍軍の将軍。ジュピテルを使い龍としている。イーリスをよく思っていない。