ゾンビはレベルが上がった Lv2 to Lv3
5 ゾンビはレベルが上がった! Lv.2 → Lv.3
朝、目が覚めた。とんでもなく嫌な夢を見ていたような気がして、周りを確認する。そこは、見たこともない部屋で、家具の類は全くない。ベッドが一つだけあるが、俺はそこに寝ておらず、床に寝転がっていた。カーテンのかかっている窓からは風が吹いており、そこから冷え切った光が出ている。
その時、ようやく、俺は夢を見ていたのではないと認識した。今は朝ではなく、夜だ。風でなびくカーテンから漏れ出ているのは月の光だ。
「あら。ようやくお目覚め?」
聞いたこともない、若い女の声がした。俺の前には、白いワンピースのようにもドレスのようにも見える服を見た、胸のふくよかな女がいた。少なくとも、さっきまで俺といた女とは似ても似つかない胸だった。
「ここはどこなんや?」
俺は動かない頭で聞いた。
「町だ。」
聞き覚えのある声。ローブを被った女が言ったのだ。その体は、大男にされた吐き気を催すものではなく、きちんと五体満足であるようだった。
「あんたは?」
俺は白い女に聞く。
「私はラシア。」
笑顔で女は言った。
「一体、何があったんや。」
「質問の多い子やわあ。」
からかうようにラシアは言った。
「ウチはアンタらをここまで運んで来たんやで。感謝してほしいわ。」
「ありがとう。」
とりあえず、礼を言う。
「そんなんじゃ、足りへんよ。アンタらには、ウチに協力してもらうからね。特に、そこの女の子には。」
ラシアは女を見て言った。
「分かっている。」
女は機嫌が悪そうだった。
「体治すと、こっちの腐敗も進むから、大変なんよ。ほら。もう半分も減ってしまっとる。」
その時になって、女の頭上にゲージがあることに俺は気が付いた。女もゾンビだった。
「もしかして、俺とそいつを治してくれたん?」
「うーん。そういうことにしておいてもいいけど、そこの女子さんが許してくれんやろからなあ。」
どうも、ラシアは俺と女の両方をからかうつもりらしかった。微笑みながら、俺と反対側の壁に背をもたれて座っている女とを交互に眺めて言う。
「ウチが助けたんはそこの女子さんだけ。ボクは勝手に自分でレベルアップしたみたいやから。」
と、ラシアは俺の顔面に、凶器の如き胸を押し付ける。
「レベルは3、か。あのゾンビを倒してそこまでしかレベルが上がらんのも可哀想やな。」
ラシアは俺から胸を退かす。息をしなくても問題ないはずなのに、窒息しそうになってしまった。
「私は出る。お前には協力するから、少しの間、待っていろ。」
そう言って女は部屋から出て行こうとした。
「体はどう?」
ラシアは女の背中に向かって言う。
「多少動きづらいが、このあたりの魔物を殺すぐらいは問題はない。私の方の頼みもよろしく頼む。」
「お安い御用や。」
ラシアの威勢のいい返事とは裏腹に、女は静かに部屋を出て行く。俺は少し不安だった。見ず知らずのラシアと二人きり、ということもある。まあ、出会ったばかりなので、女と一緒でも変わらないはずだが、ラシアの様子を見ている限り、何をしでかすか分かったものではないと感じていたからだ。
「俺の方が腐敗が早かったはずやろ。大男は腐敗までにまだ時間はあったはずや。」
「大男?」
ラシアはベッドに腰かける。俺の目の前で無造作に足を組み替えるので、目のやり場に困る。
「ウチが見たんは、干からびた、ひょろ長い青瓢箪みたいな男やったで。」
どういうことなのか、俺は訳が分からなくなった。頭を抱えている俺を、ラシアは面白そうに見ていた。
「きっと、それが男の能力やったんやろ。」
「能力?」
老人の書いた手紙のことを思い出す。
「そう。ゾンビは何かしらの能力に目覚めることがある。ウチの場合、物を修復することができるとかかな。ボクのはどんなん?」
「わからない。」
大男を殺した時のあれが能力だったのだろうか。
「ふーん。まあ、自分の能力をばらさん方がええもんな。簡単に言いふらさん方がええで?」
「ラシアはゆっとるやん。」
「ウチはもうお二人にはバレとるし、戦う気もない。やから、ええの。」
なんだかんだで、話が本筋から離れつつある気がした。俺はまだ聞かなければならないことがある。
「協力するとか、頼むとかってのはなんなん?」
「ああ。あれか。ウチは夢を叶えたいんや。そのためにアンタらには働いてもらうで。」
「夢?」
我ながら、素っ頓狂な声だったと思う。だって、ゾンビに夢とはどういうことなのか。それはとても馬鹿々々しいはずだった。でも、まだ生きているように目を輝かせて言ったラシアの前では、馬鹿々々しいなどと思えるはずもなかった。彼女の輝かしい表情は、ゾンビでも夢を見てもいいと言ってくれている気がした。
「うん。ウチは人間に戻りたい。いや、絶対に戻る。」
力強い言葉だった。否定するのをためらってしまうほどの。しかし――
「どうやって人間に戻るん。」
聞かずにはいられなかった。
「その方法を探すんを手伝って欲しいん。」
と、ラシアは一瞬驚いたような表情をした後、俺の方を見つめる。
「もしかして、バカやと思った?」
「そんなことない。」
俺はラシアを見ているだけで、自分の置かれた状況を忘れてしまう。それほどに彼女は魅力的だった。
「ハンターの方はなんて?」
「え?ハンター?」
ラシアは再び驚く。
「もしかして、あの娘、ハンターやったん?」
「知らんかったん?」
「うん。だって、何かいつも怒ってるみたいやったし。」
ラシアの気持ちも分かった。女には、相手を寄せ付けないような雰囲気があった。
「ウチがあの娘に頼まれたんは、銃弾を仕入れて欲しいって。」
「アイツは何しに?」
「町の外で魔獣狩り。」
「大丈夫なんか?」
「うーん、わからん。でも、ウチではなくなったゲージを回復できへんし、体も完全には治せへん。元に戻すにはレベルアップせんとあかんから、仕方ない。まあ、あの娘のレベルやと、このへんの魔物は楽勝やろし。」
「魔獣を倒すんでもレベルアップするんや。」
「はあ。アンタ、レベル低いから、最近ゾンビになったんやな。やから知らんのか。ウチらはどんなもんでも殺せばレベルが上がる。まあ、殺す難しさによって経験値も変わるみたいやけど。動物でも、殺せば経験値が入る。でも、低い。動物より高い経験値ってなると、弱い魔物か人間やな。強い魔物とか、強いゾンビを殺せば、経験値は高くなって、レベルアップしやすくなる。」
「はあ。そうなんや。」
女が教えてくれなかったことをラシアは教えてくれるので、勉強になる。
「ラシアのレベルは?」
「自分で確かめてみ?」
ラシアは悪戯な笑みを浮かべる。
「いや。ええ。」
「レベルは6。」
「半分減ったんなら、やばいんとちゃうん。」
「そりゃあ、ヤバいけど、後6日分は大丈夫かな。前にレベルアップしてから殺してないから、上げるんが大変やけど。」
「俺はどのくらいもつ?」
「ボクは、マックスで1週間かな?昼間行動すると1日もつかもたへんかやけど。ちなみに、あの娘は今日中にレベルアップできんとヤバい。」
俺は女がひどく心配になった。そんな俺をラシアは目を細めて見ている。
「あの娘とボクはどういう関係なん。恋人?」
「な、なわけないやろ?」
はははは、とラシアは笑う。
「やろうねえ。アンタとあの娘じゃあ吊りあわんし。じゃあ、どういう関係なん?」
俺はとりあえず、これまでのことをラシアに語って聞かせる。
「ふーん。つまり、師匠と弟子ってことかなあ。」
そうなるのだろうか。俺と女との関係は曖昧で分かりづらい。
「じゃあ、ボクとウチはどういう関係やろか。」
「知り合い?」
「せめて友達ぐらいにしてよ。一つ屋根の下、夜を共にしたんやから。」
「俺にはその記憶がないんやけど。」
「そらそうや。」
ラシアの笑い声は部屋中に響いた。
「そんじゃあ、早速買い出しに行こうか。ウチは銃のことは分からんけど、あの娘が紙にこの弾を買ってきて、て書いとったし。」
「この時間に?」
「ボク、田舎の出やね?町は夜でもなかなか寝付かへんのよ。あと、これをつけえ。」
渡されたのは黒い何かだった。ラシアの手にも同じようなものが握られており、開いて目を覆うように取り付けた。
「こう、耳に引っ掛けるようにして使うん。サングラスっていうんやけど。」
俺が無事にサングラスをかけた後、部屋の隅の布を俺に投げてよこす。
「こんなん着るんはダサいから嫌やけど、仕方あらへんしな。」
それはローブだった。ローブのフードを被り、準備は完了だ。
「あの娘、意外とお金持っとったね。どうやって稼いだんやろ。」
ラシアはコインの音がする巾着袋をローブの内側にしまい込み、部屋を出た。俺もついていく。