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ゾンビはレベルが上がった!  作者: 竹内緋色
4/12

ハンターハンター

4 ハンター・ハンター!


「夜が明ける前までには町についていなければならない。」

 女の背中が語った。

 俺たちは村を出て、町へと向かう道を行っていた。夜明けまでにつくのかは、ギリギリといったところだった。

「わかった。」

 俺は女とどう接していいのか分からず、返事だけはした。女は何も言わない。女の方も俺にどう接すればいいのかわかっていなのだろうか。そんなはずはあるまい。

「このローブ。返すわ。」

 俺はローブをくしゃくしゃのまま返す。折りたためれば良かったのだろうが、俺にそんな家庭的なスキルはない。女は黙ってローブを受け取ると、女の背中にかかっていた筒袋から、細長い棒状のものを取り出す。袋に入れられてあるので何であるのかは分からない。

「あの老人からだ。」

 一枚の手紙も同時に渡される。俺はまず、袋の中身を取り出す。それは、鞘に入った剣だった。相当古いものなのか、持ち手や柄が不気味に変色している。赤い黴が繁殖しているようにも見える。鞘を抜き、刀身を確認する。刀身は艶めかしい銀色の光を発し、月夜で一層美しく輝いた。この刀の名前を月下美人にしようと思った。手紙、といっても半分におられた一枚の紙だった。その紙を俺は開く。そこにはこう書いてあった。

『旅立ち、おめでとう。ワシから教えられることは、最後だ。

 ゾンビにはそれぞれ能力というものが存在する。その能力はゾンビそれぞれだが、身につければなにかと便利だろう。』

 刀についての説明は何もなかった。刀の発する光は時折歪んでいる。刀の表面をよく見ると、くすんだような見えづらい汚れがあった。俺はそのよごれに触ってみる。すると、ぬるり、と指が滑ってしまった。

 俺は考えないようにした。老人の法外なレベルと、油のついた刀。刀身が汚れ一つ見当たらないのに、決して取れない汚れ。その先の答えを。

「なあ、お前のレベルってどんくらい?」

「レベルとはゾンビの強さの度合いだ。それは弱さの度合いでもある。そうやすやすと教えられると思うか。」

 でも、俺よりはきっと高いのだろう。それでも教えてくれないということは、信用されていないということだ。女が大分用心深いということでもあるが。

 何も言わず、女は立ち止まる。思わず、ぶつかりそうになった。女はローブを着こむと、筒袋から、一丁の銃を取り出す。俺に向けたのと同じ、猟銃だった。女は弾を込めず、銃身を虚空に定める。目の前に何かがあるわけではないが、彼女には何かが見えているように虚空を睨んで銃を構える。そして、撃った。きっと、初めから弾が込められていたのだろう。銃声は、食後の余韻のように静かに森に響き渡り、そして、静かに収まっていく。女は銃身のレバーを引く。すると、銃身から勢いよく金属が飛び出した。中身のないそれは、景気の良い音を立てて、地面に転がる。女は慣れた手つきで筒袋のポケットから銃弾を取り出し、装填する。そして、レバーを戻す。

 弾を込めたまま銃を持ち運びするのは危険であると聞いたことがある。それを平然とやってのけるところからして、大分度胸のある人なのだと思った。

「何を撃ったん。」

 俺の疑問に女は答えなかった。分かりきっていたことではあったが。女は何事もなかったかのように歩いていく。俺はついていく。

 その後、しばらくは無言であった。何キロも歩いたけれども、息切れもしない。なるほど、便利な体だな、と俺はこの身体になって少し気持ちが軽くなった。歩いている時、常に手の中の剣が気になった。俺は剣なんて握ったことがないから、上手く使えるはずはない。

「剣は使えるか。」

 背中に目でもついているのか、女は俺に言った。

「いいや。握ったこともない。」

「そうか。では、使ってみろ。」

「は?」

 と、突然横合いから何かが襲ってきた。俺は咄嗟に転げる。それが幸いしたのか、俺の目の前をふさふさとした何かが通っていく。その時、再び夜の静寂を破る銃声が響く。女を見ると、構えていた銃が細い煙を燻らせていた。

「敵は一匹ではない。私は銃弾を込めるのに時間がかかる。」

 何を冷静に言っているのか、と俺は少しイラッとした。だが、そんなものはすぐに消し飛ぶ。くるりと起き上がり、体勢を整えようとするが、敵は待ってはくれない。俺を襲ったのは魔犬だった。夜に暗躍する、魔の獣。魔女の生み出した生物。その一匹が地面に横たわっている。女が銃で撃ったものだろう。魔犬の傷口からは、水を溢したように黒い、血ではない液体が流れ出ていた。魔犬の数は見えるだけであと三匹。三匹は同時に俺に襲いかかる。

 もう、やるしかない。俺は無我夢中で鞘から剣を抜き、下から上へ、天に向かって振り上げる。剣に重みが加わる。それは振り上げた時の重力ではなく、獣の体に当たったが故である。俺は、力の限り、振り上げる。途端、剣が軽くなったかと思うと、俺の顔に液体がかかる。それはまだ温かくて、同時に吐き気を催した。

 まずい、と俺は思った。液体で顔が汚れ、視界が狭まったからだ。まだ二匹。そこに銃声。俺の耳には、銃声とともに風切り音がする。そして、目の前の一匹、俺の顔を食らわんとする一匹の額に風穴があく。俺はその魔犬になぎ倒される。だが、襲いはしない。先ほどの攻撃で息絶えていたからだ。咄嗟に足で魔犬の死体を自分の頭の向こうへと吹き飛ばす。倒れてきたときの勢いと相まって、簡単に魔犬の死骸は跳んでいった。一息つきたいが、最後に一匹いる。そいつは腰が据えられていない俺の足を狙って噛みつく。寸前で俺は

「うおおおおおおお。」

 下手に持っていた剣で地面を斬るように、魔犬の首を斬り飛ばした。

 くうううん、と斬り飛ばされた首は生命の余韻をしばらく残していたが、やがて、骸となった。

 終わった、と思った矢先、背中に振動が来る。耳に吹きかかるは、飢えた獣の荒い息。油断した、と思うがどうすることもできない。そして、また、銃声。背中の獣は俺以上になすすべなく地面に転がった。

「無傷とは。奇跡だな。」

 何が奇跡だ。死ぬかと思った。死んでるけど。

「お前、囮に使ったな。」

「それが剣士の役目だ。」

 確かに、銃士である女は接近戦ではなす術をもたないが、でも、納得いかなかった。

「俺がおらんときはどうしとったんや。」

「障害は先に見つけて排除する。仕方がない時は蹴り飛ばす。」

 物騒だった。

「じゃあ、今回は?」

「お前のために弱い魔獣を事前に活かしておいた。いい経験になっただろう。」

 表情を全く変えないものだから、冗談なのかそうでないのか分からない。危ない目に遭ったこちらとしては、冗談では済まされないが。

「銃弾にも限りがある。こんな雑魚に無駄遣いしている余裕はない。」

 だから、俺に倒せと。俺は今さらながら、とんでもない奴についていくことにしたのだと後悔した。


 また、しばらく歩く。魔物に出くわすことはなった。女曰く、「先ほどの戦闘で弱い魔物は経過して近づいてこない。」とのこと。弱い魔獣をあてがったと先ほど言っていたことに矛盾が生じるが、女の言うことは分からない。とりあえず、一命をとりとめただけよしとする。

 道に変なものがあった。初め、大きな岩か何かかと思ったが、こんなところに大岩が転がっていたら、村人が大騒ぎするだろうからあり得ない。では、なんだろうと、先行していた俺は岩に触る。表面は突起物が無数にあり、苔のようなものさえ生えている。女はそんな俺の様子を何も言うでもなく見ていた。俺は、ぐるりと回って確かめてみる。

 初めは、彫刻家なにかかと思った。顔と言っても人間のようなものでなく、眼球が飛び出した、生々しいものだった。次に襲ったのは違和感。俺は少し離れて、その彫刻を眺める。離れて見ても、それが何であるのかは即座に分からなかった。次第になんであるか分かっていき、その現象が異常であると理解する。

「それはオモシカニだ。今のお前では到底倒せない。この森の最上級の強さだろう。」

 それは大きな蟹だった。小さな蟹などは川で捕ったりしたことはあったが、これほど大きければ、見ただけでは何であるのか到底理解できない。そのオモシカニというやつは、ピクリとも動かなかった。

「もう死んでいる。」

「なんで。」

 この光景が意味するところを理解して俺は戦慄した。ここでオモシカニが死んでいるということは、このオモシカニより強い魔物が存在するということである。

「私が殺した。」

「は?」

 いつだ。動いているのかよく分からない脳がフル回転する。そういえば、少し高い位置で一発女が銃弾を放ったことがあった気がした。ここからその場所を見てみるが、到底見えはしない。なんせ、それは二時間以上も前で、距離にして、十キロは超えている。まさか、女はそんな遠くからこの場所が見えたのだというのか。

 オモシカニの死骸を調べると、一か所、穴が空いていた。それは、蟹の外殻を破り、蟹みそまで浸透している。これが致命傷だったのだろう。こんな大物を一発で仕留めたのだ。十キロ以上の距離から、玉を当てるのでさえ相当な技術が必要であるのは素人の俺でさえ分かる。

「そいつはマズいし、重いから持ち運びにも適さない。」

 女は、そんなものは放っておいて、先に進めと暗に言った。

 俺は先に歩き出す。俺は先遣隊。囮。危険があればいち早く襲われる立場――であった。はずだった。

 それは運悪く雷に打たれて死ぬのと同じくらい唐突だった。起きたことが信じられないくらいだったからだ。

 まず聞こえたのは女の声。俺はそれに振り向く。だが、正確には振り向けなかった。顔を横に向けた時に、俺の視界に大きな壁が立ちはだかったからだ。

 そして、衝撃。

 俺に飛び込んでくる女。俺を突き飛ばす女。

 一瞬後には、地面に尻もちをついている俺と、数々の木をなぎ倒した大きな棍棒。そして、木々と棍棒の間に挟まれ、明らかに生きてはいまいと思われる女の目を閉じた顔。

「あららあ。せっかく二人だけのデートとしゃれこもうと思ったのに、自分から誘いに乗るとはなあ。」

 棍棒が飛んで来た方向から、ズシンズシンと音を立て、大男が歩いてくる。筋骨が隆々として、特注であろう、金属の胸当てをしている。

 それは圧倒的脅威だった。逃げるほかにない。そんな事実を突きつけられても、俺は頭の中で別のことを考えていた。どうして女は俺をかばったのだろうか、と。これも試練か?自分を犠牲にすることなどないから、あり得ない。では、何故。

 俺は震える手で、しっかりと、手から零れてしまわないように刀を握りしめる。それでも震えは止まらない。鞘を放り投げる。艶やかな白銀が姿を現す。片手では震えて持てないので、両手で刀を持つ。

「うおわああああああ。」

 何も考えず、俺は大男に斬りかかる。俺の攻撃は無策な故、男の鋼の鎧に当たり、そして、簡単に弾かれた。男は押し返された俺を一瞥すると、球を弾くように俺の体に向けて、太い丸太のような腕を振るう。俺は、体の中にゴムでも貼ってあるかのように、派手に地面をバウンドした。地面にぶち当たり、跳ね返って男の背の高さくらいまで上った後、再び地面に落ちる。今度は濡れた布のように地面に張り付いた。

 痛みはなかった。でも、痛みよりも屈辱の炎で体中が焼かれそうになった。

「二度と俺とハニーとの邪魔をしないように言ってやろう。俺のレベルは10だ。」

 俺の体はまだ動く。体がちぎれてしまわない限りは、いくら体の中がぐちゃぐちゃになろうと、動ける。手足も折れない限りは動く。でも、俺の心は折れてしまっていた。このまま死んだふりをしていれば見逃してくれるだろう。男は女にしか興味はない。男の邪魔をしなければそれで助かる。

 男は女の跳んでいった方へと歩いていった。しばらく、木々が倒れる音が響いて、そのうち戻ってきた。戻ってきた男の手には、壊れた人形のように手足が歪に折れてしまって、体も川がはがれ中身が見えるほどになってしまった、見るも無残な女の姿がある。男はそんな女を、大きな手で、人形遊びの人形のように弄んでいる。

 女の目が開かれる。彼女とてゾンビなのだから生きてはいる。だが、碌に体は動かせない。俺でも分かった。

「俺が欲しいのは体の方だ。お前の体で毎日楽しませてもらうぜ。」

 男は何のためらいもなく、女の首と体を引き離した――

 むしゃり、という生々しい音以外は、紙芝居のように、滑稽な光景だった。次の紙に変えると首が取れた女が現れた、というような。

 ぽんっと離された女の生首は、俺の前に転がった。

「うん?ちょっと待てよ?俺は惜しいことをしたな。首を引っ付けてレベルアップさせ続ければ、体の処女膜も再生される。そうすれば、俺は毎回処女膜を破られて悲鳴を上げるコイツを楽しめるじゃねえか。。」

 男は女の首を取り戻そうと俺に近寄ってくる。

「なあ、お前。」

 女はしゃべった。まだ話せるようだったが、女の頭上のゲージは驚くべき速さで減っていっている。もう数分後には腐敗してしまうだろう。

「私のレベルは10だ。」

「話すな。腐敗が早まってまう。」

 どうして女はそんなことを言ったのだろう。まるで今生の別れのようではないか。

 ここで気が付いた。それは俺が初めに聞いたことだ。その時は、弱点にもつながるから教えられないと言っていた。

 もう。弱点を知られてもいい?諦めたのか。

 男の手が女の首に向かって伸びる。汚らわしい、女を体でしか見ない、下衆の、毛むくじゃらの、腕。でも、俺も同じなのかもしれない。俺は女のことを何も知らない。どうしてハンターなんてやっているのかも。どうして俺を殺さなかったのかも。


 まだ、

    何も

      知らない――


 男の腕が地面に落ちる。簡単には斬れそうになかった腕は簡単に斬れた。そう。簡単なんだ。ただ、勇気を出せば、誰かを守りたいと願えば、それでよかったんだ。

「貴様・・・!」

 男は思いっきり地面を蹴って、俺から間合いを取る。男の目は、真剣だった。戦う目だった。

「はあ、はあ、はあ・・・!」

 俺の体は熱かった。腐敗が進んでいるのが分かる。そのかわり、体の中でマグマが煮えたぎっているように、体中がエネルギーで満ち溢れていた。

 前へ、地面を蹴る。その勢いだけで、生前の身体能力の倍以上であると計り知れる。

<最初の殺人は親だった>

 足は無意識に前へ前へと向かって行く。

<父親は飲んだくれで、酔うとよく暴力を振るった。この日のは一層ひどかった>

 男はリーチの長い足で俺を蹴り飛ばそうとする。

<殺されると思った。だから、先に殺した>

 その素振りが見えただけで、俺は方針を決めた。

<別に悲しくとも何ともなかった。もとより死んで当然な親だと思っていた>

 相手の一撃に触れたら、俺の体の腐敗は一気に進む。だから、一撃で決める。

<俺は村を出ることにした。もうこの村に俺の居場所などない>

 素早く男の背後に回り込み、男の背中へ飛び乗り、男の首を斬り飛ばす。

<最後に餞別として、火を放ってやった。思った以上に村は勢いよく燃えた>

 俺は力尽きて地面にばたりと倒れた。男の首が何やら暴言を吐いているのが分かった。女のゲージはどんどん進んでいく。でも、俺の方が早くに腐敗するだろう。自分のゲージを確認しなくとも十分に理解できた。

 ただ、なんだか、とっても満足だった。何一つ守ることができなかったのに、何故だか俺の心は満たされていた。

 これはこれでいい二度目の人生だったと思った。



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