やっぱり花火大会には浴衣ですかね(祭)
まだ少し痛む背中をさすりながらリビングに向かうと、キッチンでエプロン姿の彩奈が料理を作って待っていてくれていた。
「もぉ、遅いよハル兄! 早くしないとご飯冷めちゃうよ」
「ああ、ごめんごめん」
と、適当に謝りながら席に着くと、彩奈も向かいの席に座り、手を合わせてからいつものように二人で食事を始める。
ちなみに兄さんはボクを散々からかった後、朝早くからどこかへ出かけて行った。相変わらずいつも何をしているかわからない。
「ハル兄はさ、今日何か予定とかあるの?」
美味しい朝食に舌鼓を打っていると、彩奈はおもむろに箸を止め、ボクの顔を見ながら話しかけてくる。
「ん? まあ、特にないけど?」
課題はまだ半分も終わっていないが、それをするやる気はもうとっくに無くなってしまったので、今日はやることはない。
「じゃ、じゃあさ、これ一緒に見に行かない?」
そう言いながら、彩奈が見せてきたのは、近くでやっている花火大会のチラシだった。
ボクはそのチラシを少し眺めてから、ふと疑問に思ったことを口にする。
「なんでボク? 友達とかと行けばいいんじゃないの?」
「みんな彼氏とかと行くらしいから、でも花火大会には行きたいし……」
と、言葉を詰まらせる彩奈に、ボクはバターをたっぷり塗ったトーストをかじりながら言う。
「だったら彩奈も彼氏とか作ったらいいんじゃないの?」
「なっ! ……別に、そんなのいらないしっ」
そう言うと、彩奈は急に目に見えて不機嫌になり、頬を膨らませながらそっぽを向いてしまう。
だが、ボクは彩奈の態度をあまり気にせず、話を続ける。
「彩奈だったら彼氏ぐらい、いくらでも作れるんじゃないの? 普通に可愛いしさ」
彩奈の外見は少し童顔だが、顔のパーツはどれも一級品だった。しかも家事、料理ともに上手で気配りもできるといった、どこに出しても恥ずかしくない出来た妹である。
それなのに、彼氏ができたとかそういう話は聞いたことがない。
「かっ、かわいい? あたしが?」
何故だかふて腐れていた彩奈が怒りの面持ちを崩し、テーブルに身を乗り出しながら聞き返してきたので、ボクは頭の中にある見解を口に出す。
「うん、まあ。そうでしょ」
それはもう、血縁関係がなければ一目で惚れて、勢いに任せて告白して、そして綺麗に振られてるくらいである。
って、振られちゃうのかよ、ボク……。
「ふ、ふーん。そうなんだ……」
顔を赤らめながら小さくそう呟く彩奈を見て、どうしたんだろうと思いつつも、ボクはあまり気にせずまた朝食を食べ進める。
その後、話し合って結局は彩奈と二人で花火大会を見に行くことになった。
ボクが行くと言うや否や、やたら張り切ってタンスから浴衣を引っ張り出してきたのはどうしてなのだろうか? 彩奈ってそんなに花火大会が好きなんだったっけかな?
「で? なんで家から一緒に行かずに、わざわざ待ち合わせなんかしたのさ?」
今は夕方の五時過ぎ。時計台の前に集合と言われ、待っていること数分で彩奈はボクの前に現れた。
「だ、だって家から一緒に来たら、なんかアレっぽくないし……」
彩奈が視線で何かを伝えようとしているのはわかるが、近くには若いカップルが多すぎて、伝えたいことがなんのことだか見当がつかなかったので、ボクは普通に聞き返す。
「アレってどういうこと?」
「な、なんでもないですよーだ。じゃあ早く行こう、向こうで屋台色々やってるし」
「まあ、そうだな」
アレの意味も気になるが、彩奈に手を引かれ人混みの中に入っていくと、祭りの独特の雰囲気にのまれ、そんなのすぐに記憶の奥底に行ってしまった。
一通り屋台を見ながらさっき買った綿菓子を頬張り、もうそろそろ二周目に突入しようかと言うところで、彩奈が遠慮げに聞いてくる。
「それでさ、どうかな? 今日の私の浴衣姿?」
彩奈が今身につけている浴衣は、白地に花火柄で元気のいい感じが受け取れている。
だが、ボクは思っていることを口にせず、そっけない態度で言う。
「うん。まあ、いいんじゃない?」
「むぅ。……もっと他に言うことないの?」
彩奈はむすっとした表情で進行方向に立ち塞がり、ボクの顔を覗き込むようにしながら問い詰めてくる。
ボクは仕方なく感想を述べようと、彩奈の浴衣姿を凝視し、さっきとは違った感想をあまり考えないで、瞬時に声に出した。
「全体的に金魚みたいで可愛いと思うよ。赤と白の帯もひらひらしてて、尾ひれみたいで可愛いし」
と、褒めちぎると彩奈はその場にしゃがみ込み、頭を押さえながら何かをブツブツ呟いていた。
「やった、やった、やった。この浴衣を選んでよかった」
「ん? 何がよかったんだ?」
「べ、別になんでもないっ。あっ、あそこに金魚すくいがある。一緒にやってこうハル兄!」
「まあ、いいけど」
急に彩奈のテンションが上がったことに気がかりを覚えたが、特に気にせずついて行く。
屋台の前に行くと、見覚えのある元気なお兄さんが客を呼び込んでいた。
「へいへいらっしゃい。……って、晴人来てたのか」
「兄さん。こんなところで何やってるのさ」
「ん? 見ての通り金魚すくい屋の店員だが?」
「いや、そうじゃなくて。なんでお店なんか開いてるの?」
「ああ、それは友達の伝手でなんか任されちまってなー」
話している途中で後ろにいた彩奈に気づいたのか、ボクの肩を掴み引き寄せ小声で話しかけてくる。
「なんだ、晴人は彩奈と来てたのか? やっぱり昨日の晩はしっぽりとやることやってたのか?」
「だから何もしてないって、何度言えばわかってくれるのさ」
ボクが必死に弁解すると、兄さんは肩に置いた手の握力を強め、厳しい顔で深く頷く。
「わかってる。わかってるって。つまり……あまり詮索するなと言いたいんだろう?」
「やっぱり何もわかってないじゃん……」
ボクは呆れながら、今朝と同じようなやり取りをまた繰り返したのだった。