もしもの話です(妄)
「ほんとにこの島、誰もいませんね……」
「そう、みたいだね」
この島に漂流してからもうそろそろ小一時間は経とうかという頃、ボクたちは島周辺を散策し終え、また海辺に戻って座り込んでいた。
散々散策して出た結果が、今言った通りこの島はひとっこひとりいない無人島だということがわかったくらいだ。
「瑞希さん。寒くないですか?」
「うん。全然大丈夫だよ」
瑞希さんはそう言うが、寒くないわけがない。
いくら今の季節が夏だからと言っても、もう朱色の夕日は沈みかけていて、水着しか身につけていない体には冷たい風がもろに当たり、体温もどんどんと下がってきているだろう。
「ごめん、ハル君。やっぱり今のは嘘。ちょっと寒いからくっついてもいいかな?」
「えっ??」
質問が瞬時に理解できず狼狽えてあたふたしていると、瑞希さんは酔っ払ったかのように振舞いながら、ボクの腕に寄り添ってくる。
「えーい。ふふっ」
「ちょっと。み、瑞希さん?」
いつもとは違った瑞希さんの子供っぽい一面に驚き、触れ合った肌から柔らかい感触が伝わり、一瞬でボクの体は硬直する。
「ハル君。あったかいね」
「えっ、いや、あの……。瑞希さん?」
瑞希さんはボクが動揺しているのを見て、頬を緩めていた。
それから数分、会話が途絶えたのをきっかけに、ボクは果ての見えない海をボーッと見つめる。
「ハル君はさ、今何考えてたの?」
無意識に保ち続けていた静寂を破り、瑞希さんが話しかけてくる。
「いや、どうやってここから脱出しようかな、と」
言いながら視線を瑞希さんの方に向けると、自然と目が合って微笑んだ。
「私はね、あるはずの無い未来を想像してたの」
「どんなことなんですか?」
「このまま誰も助けに来なくて、私とハル君の二人っきりでこの島に暮らす未来」
瑞希さんはその整った面をわずかに上に向け空を仰ぎ、ゆっくりと語り始める。
「そこの森の中の山菜やキノコを採ったり、海で魚や貝を獲って食べたり、動物の皮を使って服を作ったり、そんな生活を続けてたらいつか子供もできたりとかもして……。これからがそんな人生だったとしても私は幸せだと思うんだ」
乾いた笑いを浮かべながら、なんとも楽観的な未来予想図を述べる瑞希さんに、ボクはその妄想の意味を問おうとする。
「それって---」
質問の途中で海の奥から差してきた光が、ボクら二人を強く照らした。
「おーい!瑞希ー、少年ー、生きてるかー?」
「ハル兄、大丈夫ー!?」
遠くで神咲さんと彩奈が、こちらに向かって大きく手を振っているのが見える。
「和乃ちゃーん。彩奈ちゃーん。私たちは大丈夫だよー!」
手を振り返しながら船の方へと歩き出した瑞希さんの後ろ姿に、ボクはとっさに声を飛ばした。
「あのっ、さっきの話って……」
「ハル君。さあ、早く行こう」
神咲さんに手を引かれながら船に乗り込む瑞希さんの表情は、さっきまでの曇りがなくなり、いつもの瑞希さんに戻っていた。
「…………」
「ハル君。早くしないと置いてっちゃうよ」
「……は、はい」
あの話はその場を和ますための妄言の類なのか、真面目に本気で言っているのかの真相を追求する機会は、もうとっくに失われていたのだった。