04 魔王軍結成計画
「では、魔王城勤務の魔王軍採用試験の面接をはじめたいと思います。緊張されているかとは思いますが、落ち着いていただいて大丈夫ですので、質問にお答えくださいね」
「は、はい」
魔王城一階のとある一室。
いつも空っぽなその部屋に、今日は長机と椅子が数点運び込まれていた。
面接を受けるゴブリンに対面した長机の向こうには、眼鏡をかけて髪をアップにまとめあげたロゼッタ。
そして、その横にはにこにこしながら頬杖をついた魔王・リューグナーが座っていた。
*
「リュー様。私、魔王様お世話係という役割がどういうものなのか考えてみたんです」
リュー様お世話係、もとい魔王様お世話係に任命されたロゼッタは、その翌日にリューグナーの部屋を訪れた。
「誘拐されてきた疲れがあるから寝なさい」とリューグナーに諭されたため、部屋でぐっすり眠った後はずっと魔王様お世話係という役割について考え続けた。
「そんな深く考えるもんでもないと思うけどね。俺が寂しいから来て〜って甘えたら来てくれればいいし、肩もんで〜って言ったらもんでくれればいいんだけど」
「いえ。それだけではお世話係として充分ではありませんし、私の生きる意味としては、少々軽すぎます。私にとって『役』は生きる意味です。任されたからには完璧にこなさなければ、納得がいきません」
自室で魔界に送るという報告書を書いていたリューグナーは、真剣なロゼッタの訴えに、手にしていたペンを机に置く。
回転椅子に座ったままこちらを向いたリューグナーは、呆れた様子で腕を組んだ。
「ロゼッタってほんっとに拘るタイプだよね。完璧主義っていうか、頑固っていうか」
小さい頃から知っている子どもを相手にするような言い種に疑問を感じたが、リューグナーの言うことなのであまり真剣には取り合わない。
ロゼッタは決意を胸に、顔をあげた。
「私は魔王様お世話係として、リュー様を立派な魔王様にしたいと思います」
魔王におびえる姫君『アンジュ』としては失格の発言だ。
だが、予言を破って自分を殺さなかった魔王に感謝する普通の少女『ロゼッタ』としては適切な発言だった。
しかも、ロゼッタは魔王様お世話係に任命されたのだ。
ここでは『アンジュ』ではいられない以上、生きるために『ロゼッタ』を演じなければならない。
それに、リューグナーは積極的に侵略行為を行う様子はない。
このまま傍で監視して、リューグナーが侵略行為に走らないよう画策すれば『アンジュ』としての役割も果たすことができるだろう。
それが、一晩考えた末のロゼッタの魔王様お世話係としての立ち振る舞いの結論だった。
リューグナーはきょとんとした後に愉快そうに片眉と共に口角をあげて、挑戦的な笑みを浮かべた。
「立派な魔王様ねえ。ロゼッタは、まず何をどうする気なわけ?」
「魔王軍をつくろうと思います」
眠れないと言っていたロゼッタを心配したドルチェが昨日の昼間、お茶を持って部屋に来てくれたときに知ったことがある。
この魔王城にはリューグナーとドルチェ以外の魔族は誰一人存在していないということだ。
普通の魔王城には魔王を筆頭とした幹部である人型をした魔族。そして、様々な姿形をした魔物たちが暮らしている。
勇者や無謀な冒険者が魔王城まで到達した際の防衛のためにも、本来は魔族が二人しか暮らしていない魔王城なんてあってはならないものらしい。
だが、リューグナーはあの手この手で魔界からの監査役を騙し抜き、ドルチェが何度言おうとも軍を作ろうとはしなかった。
「あんたが言えば、リューグナーも軍をつくる気になるかもしれないわ」
呆れ果てた様子のドルチェの言葉を思い返し、内心断られるのではないかとドキドキしながらも、全く表情には出さずに発言した提案だ。
「ダメかも」と思いつつ、真っ直ぐにリューグナーを見ていると、彼は意外にも簡単にこくんとひとつ頷いた。
「いいよ」
「……いいのですか?」
「え、なんで意外そうなの? ロゼッタが提案したんでしょ? あ、もしかして揉めたかった? じゃあ、駄々でもこねる? やだやだー。めんどくさーい」
「いえ、揉めたいわけではないです。駄々はやめてください」
「あ、そう? なら、よかった。俺もロゼッタと揉めたくないし」
「ドルチェから聞いたのですが、今までは軍を作りたがらなかったんですよね? 無理強いはしたくないのですが」
リューグナーが本当は嫌がっているのならば、強行はしたくない。
そもそも、ロゼッタが魔王軍を作りたいと言ったのには理由がある。
将来リューグナーが気まぐれに軍を作ろうとした場合、その人選にロゼッタはかかわれない可能性がある。
だが、ロゼッタが提案したことならば、ロゼッタは魔王様お世話係として人選にかかわりたいと名乗り出ることができる。
心優しく、気が弱く、掃除や洗濯が得意で、リューグナーを守ってくれる魔物。
そんな魔物をロゼッタは希望していた。
勇者ガルディがリューグナーを倒しに来たときはロゼッタが説得に出れば、丸く収まる可能性があるため、魔物は勇者を倒せるほど強くなくて問題はない。
むしろあんまり強い魔物を魔王軍に入れることは、リューグナーに戦力を持たせることになるため『アンジュ』としては避けたかった。
そういう下心がある提案だからこそ、無理強いはしたくない。
後ろめたさから、少し眉がさがったロゼッタにリューグナーは「なーに困った顔してんの」とくすくす笑った。
「無理強いなんかじゃないよ。そろそろ軍のひとつくらい持っとかないと魔界からの監査を騙しきれそうになかったし、いいかなと思っただけ。今まで軍を持たなかったのは、他にやることあったからだし、ロゼッタがやりたいことなら別にいいよ」
ドルチェから聞いた話では、リューグナーは何故かロゼッタの監視ばかりしていたそうだが、他にやることがあったのだろうか。
底の見えないリューグナーに疑問は尽きなかったが、ここで聞いたところではぐらかされて時間の無駄だ。
「でも俺、一切侵略行為してないから評判悪いよ? 各地で魔物が暴れてるのって『魔王ふざけんなー! 魔王がやんないなら俺らがやるわ!』って怒ってる魔物たちが暴れてるからだし」
「そうだったのですか? 人間はみんなリュー様がやっているものだと信じていますよ」
「だよねー!? 風評被害もいいとこだよ。大迷惑。野蛮すぎる魔物はなんでか俺が退治しに行ってんだから。あんまり暴れられて、人間たちの魔王ヘイトがたまりまくったら本気で討伐されてめんどくさいっしょ?」
「はーあ」と疲れた様子でため息を吐くリューグナーは、やはり魔王には見えない。
人間であり、姫という役を演じている身でも、「この魔王様はこれでいいのかしら」と疑問に思うほどの口振りだ。
だが、こちらとしては侵略行為を行う気のない魔王にはありがたさしかない。
「そうですね」と頷くと「慰めて〜」と両手を伸ばされたので、とりあえず両手とも握っておいた。
「……なんで握ったの?」
「慰め方がいまいちわからなかったので、手を通じてパワーを送っておこうかと」
「……え、魔力とか?」
「いえ、そういう技術はありませんので、癒しパワーを送れるように念じておきます。今後はリュー様を癒したり、慰めたりする方法を学んでおきますので、今はこれでお許しください」
ぎゅっと手を握って心の中で癒しパワーという抽象的なパワーを念じる。
真正面から、じっとリューグナーの涼やかな凛々しさのある大きな紅い瞳を見つめると、リューグナーは「うあぁ」と情けない声をあげて両手を引っ込めた。
「……ダメだったでしょうか」
「いや、ダメじゃないよ。またやって」
そう言いながらも、リューグナーはなぜかパタパタと顔をあおぎながら落ち着きがない。
「本当はイヤだったのかも」という申し訳なさを感じたロゼッタが黙っていると、沈黙に耐えかねたリューグナーが「あー」と困ったように唸った。
「まあ、その、俺は人望がないわけ。魔物集めは大変だと思うよ。どうするかは決めてるの?」
自分でそらした話題を気まずそうに戻したリューグナーは、ロゼッタに握られた両手をせわしなく開いたり閉じたりしながら首を傾げる。
魔王軍がないという時点で、失礼な話だがリューグナーに魔物からの人望がないことはわかっていた。
だが、その点に関してはまったく問題はない。
むしろ、人間の立場からすれば、魔王に人望などないほうがいいに決まっている。
ロゼッタには、人望のない魔王に魔物を集める作戦があった。
「大丈夫です。私が魔物を集めます。なので、リュー様は私と一緒に、集まった魔物たちの採用面接をしてください」