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28 父と娘


「本気で言ってんの、リューグナー!?」


 魔王城に響きわたるのは天才魔法少女の甲高い声。

 正装に身を包み、鏡の前で最終確認をしていた魔王は心配そうにしている彼女を振り返った。


「どう? 似合ってる? 変じゃない?」


「変じゃないけど……。ていうか、本当にひとりで行くわけ?」


「そりゃ行くでしょ。早く行かないと、ロゼッタに忘れられちゃうし、こっちの準備は整った。あとはお父様から同意をいただくだけだ。

 平和な世界へ進む第一歩には幸福な出来事が一番。娘さんをもらいに行くのに、ぞろぞろと兵をつれていく奴なんていないでしょうが」


 にっと笑ったリューグナーにドルチェは仕方ないかとため息を吐く。

 この魔王様は、いつだってひとりの好きな女のためだけに生きてきたのだ。


「もしも失敗したら、おとなしく騎士に殺されてきなさいよ。ひとりでも殺したら和平なんて無理なんだから。こっちはガルディでも担ぎ上げて、平和な世界に向かって引き続き突き進んでやるわ」


「お、頼もしい」


 呆れた調子で宣言するドルチェにリューグナーはくくっと喉を鳴らして手を振った。


「緊張するけど行ってくるよ。今度はロゼッタを連れて帰ってくる」


 「いってきます」と微笑んだリューグナーが、ぱちんと指を鳴らす。

 リューグナーが消えた部屋にひとり残されたドルチェは部屋をでると、近くにいる魔物に指示を出した。


「式の準備進めとくわよ。あいつは絶対成功させて帰ってくるから」


 *



 久しぶりに帰ってきたリュミエーラ城は相変わらず美しかった。

 大理石の床に天井で煌めくシャンデリア。手入れが行き届いた庭には、美しい花々が咲き誇っている。


 だが、ここには陽気に挨拶をしてくれる魔物たちもきまじめな元勇者も気の強い魔法少女も、平和を望む魔王様もいない。


 長年過ごした城の自室に帰ってきたというのに、ロゼッタはどうにも帰ってきた気がしなかった。


 共に城へと戻ってきたアンジュは、道中ではロゼッタの力になれなかったことを落ち込んでいた様子だったが、前向きな彼女らしく、城についた途端ロゼッタを姫として受け入れてもらえるようかけずり回っていた。


 偽者姫が本物の姫となる。

 そんな日が来るなんて思ってもみなかったし、まさか生きてこの城に帰るとも思っていなかった。


 アンジュやレックスに連れられて、本当の姫として生きるための準備に一日中動き回っていたロゼッタは自室に戻ると疲れ果てて眠る日々を過ごしていた。


 夜はリューグナーを探して、日課の散歩をしながら。

 彼は、また夜闇に溶けるようにして現れるような気がしていたのだ。

 魔族である彼を忘れないように、毎日彼への思いを馳せた。


 そんなある晩。ロゼッタがリューグナーを忘れないために、彼を探して夜の散歩にでかけようとしたところ、自室のドアを誰かがたたいた。


 アンジュかと思いつつもロゼッタは返事をしながら、ドアを開く。

 そこに立っていたのは、ロゼッタの双子の姉を名乗るアンジュではなく、義父から本当の父になったレックスだった。


「お父様。こんな夜更けにどうされました?」


「おまえも、こんな夜更けに散歩に行く気か? 毎晩毎晩城中をうろついて。昔から変わらんな」


 いつも冷たかった父の瞳には今はもう優しい光が宿っている。


 父は自分になど興味はないのだろうとロゼッタが思いこんでいた過去のことを彼が覚えていてくれたことにロゼッタはほほえみながら、レックスを部屋へと迎え入れた。


「お忙しいでしょうに、なにかお話があるのでしょうか?」


「ああ。騎士団を無理矢理動かした後処理やおまえを姫として迎え入れる準備などで帰ってからもバタバタしていたが、ようやくおまえとゆっくり話をすることができる」


 ロゼッタに促されて座った椅子に深く腰掛けたレックスは少しの間目を閉じてから、そっとその切れ長の瞳でロゼッタを見やった。


「ロゼッタ。その名をくれた魔王とおまえはどういう関係だったのか。きちんとその口から聞かせて欲しい」


 魔王城から出てすぐ。

 ロゼッタのことをどう呼んでいいのか迷っている様子だったレックスにロゼッタは自己紹介をした。


 長年知っている相手に改めて自己紹介をするのは不思議な心地がしたが、「ロゼッタ」という名を名乗るのは矛らしかった。

 その自己紹介をした際に、ロゼッタはリューグナーに名をつけてもらったことを話していたのだ。


 じっとこちらを見据えるレックスの瞳に胸の奥が緊張で固まる感覚がする。

 ロゼッタはごくりと息を飲んでから、事実を告げた。


「リュー様と私は、恋人関係です。愛し合っています」


 はっきりとレックスに告げたロゼッタの表情は誇らしげなものだった。

 口角はあがり、瞳は僅かに細められ、ロゼッタのリューグナーへの想いが表情からあふれんばかりに伝わった。


 レックスは娘の衝撃発言に頭を抱えた。


「本気で言っているのか」


「はい。本気です。そもそも、私が予言通りに死なずに済んだのは彼のおかげですし、私は魔王城に行く前からリュー様を知っていました。このリュミエーラ城で、私は彼と密かに会っていたんですよ。お父様には秘密で」


「どういう意味だ」


 怪訝な表情で眉を寄せるレックスにロゼッタはリューグナーのことを話して聞かせた。


 魔王というものがどういうものなのかということ。

 ロゼッタの境遇を知り、予言をねじ曲げるために、彼が魔王になってくれたこと。

 魔王城での穏やかな日々。

 リューグナーがどれだけ、ロゼッタのことを大切にしてくれたか。


 話してレックスに聞かせている間、霞みかけている記憶があることにロゼッタはどきりとしていた。

 魔界の民の記憶を人間は覚えていられない。

 毎日会っていなければ、少しずつ記憶から消えていってしまう。


 リューグナーの何かをもう既に忘れてしまったのではないかと思うと、不安でたまらなかった。


「魔界の民との記憶は、毎日その人と会わなければ人間は少しずつ忘れていってしまうんです。なので、本当を言えば、私は早くリュー様にお会いしたいです」


 レックスが自分を本当の娘として迎え入れてくれたことは、心の底から喜ばしいことだった。

 レックスが優しい目でこちらを見てくれると、心が暖かくなる。

 父のために立派な姫であろうとも思う。


 だが、リューグナーへの想いはあふれるばかりだった。


 切なさが募り、目を伏せるロゼッタに黙って話を聞いていたレックスは深いため息を吐く。


「ロゼッタ。おまえが魔王に本当の恋をしていることは理解できた。だが、おまえはリュミエーラ国の姫なんだ。彼と結ばれることは……」


「できます。私は、そのために姫になったんです」


 頭を抱えていたレックスが「なに?」と眉を顰める。


 魔王と結ばれたいなら、名もなきただの娘であれば大きな障害もなく、彼と結ばれたのかもしれない。

 だが、平和な世界を彼と目指すのならば、ロゼッタは姫になる必要があった。


 戦場でレックスの元へ行くとき、ロゼッタは本当の姫君として認められることを誓ったのだ。

 そして、その誓いはロゼッタがこの城で『アンジュ』として生きていたときの功績もあり、果たされた。


 ロゼッタはなにも考えずに、リュミエーラの城に帰ってきたわけではない。

 打算的に、この城に帰り、姫になったのだ。


「リュミエーラ王国は大国です。お父様には世界でも大きな権力があります。お父様が魔界の民と手を取り合って生きていける平和な世界を目指してくださるのならば、リュー様の目指す世界へと一歩進むことができます。

 お父様が魔界の民と手を取り合うことを決意してくだされば、私をリュー様と結婚させればいいのです。そうすれば、お父様の本気もリュー様の本気も世界に知らしめることができます」


「魔王と娘を政略結婚させろというのか」


「世界では、魔王様がリュミエーラの騎士団とぶつかったのに、誰一人殺さなかったということが話題になっています。魔王様にどういう意図があるのか。なにを考えているのか。世界中の人が興味を持っている今が好機です。勇者であるガルディの言葉も添えれば、説得力が増します。

 お父様の決断次第です。私をリュー様に捧げてください」


「どうも。その通り。ロゼッタとは考えが合いすぎてびっくりするよ」


 戸惑っている様子のレックスの背後に突如人影が現れた。

 驚いて振り返るレックスにその人は笑顔で「こんばんは。突然失礼いたしました」と挨拶をしてから、ロゼッタに笑顔で手を振った。


「迎えに来たよ、ロゼッタ。覚えてくれてた?」


「もちろんです。もう忘れたりしません」


 にんまりと笑ったリューグナーはレックスの前へとひざまずく。

 「なんだ」と困惑した声をあげるレックスにリューグナーは突然現れた非礼を詫びてから、堂々と宣言した。


「レックス王様。あなたの大切な娘さんを俺にください」

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