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24 平穏の終焉


「いいですか? アンジュ。あなたには同じ日に生まれた『アンジュ姫様』から名前をもらったと説明していましたが、本当のことを話しましょう。

 あなたは、本物のアンジュ姫なんです。あなたこそが、アンジュ姫。あなたはリュミエーラ王国の姫なんです」


 ある村に、少女がいた。

 片田舎に住む活発なその少女は、森を遊び場とし、村を襲う周辺の魔物を狩る村の警備を担う職についていた。


 太陽を思わせる眩しい金髪は腰にまで及ぶ。

 その金髪を結い上げた少女・アンジュは母から告げられた言葉に「は?」と素っ頓狂な声をあげた。


「ですから、あなたはアンジュ姫なんです」


「なに言ってるの、母さん。じゃあ、母さんは誰だってのよ」


「私はあなたの母さんのつもりではあります。それは偽りない事実ですよ。でも、あなたの本当のお母様は亡くなられたリュミエーラ王国の女王なんです」


「言ってる意味がわかんないんだけど」


「今は信じられなくても仕方ないですが、あなたはアンジュ姫なんです。いいから、支度しなさい! お城に行くわよ!」


「え、待って。本気なの? 冗談でしょ? だって、『アンジュ姫』って魔王に誘拐されちゃって、その後どうなったのかわからないって話じゃない」


「冗談なんかじゃありません」


 既に旅支度を整えている様子の母は、大きな荷物を抱えて真剣な表情をしていた。


「魔王に誘拐された『アンジュ姫』はあなたの影武者。不吉な予言の身代わりになった名前もない女の子よ」


 「さ、早く行くわよ」と急かす母の言っていることが理解できなかった。


 母が本物の母ではなかった。

 自分は本当はお姫様だった。

 そんな事実よりも、アンジュの頭を真っ白にしたのは魔王に誘拐されたという名もなき少女の存在だった。


「……あたしの身代わりに命の危機にさらされている人がいるってこと?」


「そうよ。信じられないかもしれないけど、それが事実」


「なら、あたしが行く城はリュミエーラ城じゃない!」


 立ち上がったアンジュは魔物討伐に使用する剣を握って飛び出した。

 背中にかかる母の声から逃れて飛び出したアンジュは、その後、彼女を探していたリュミエーラ王国騎士団によって保護され、リュミエーラ城へと連れて行かれたのだった。


 *


「リュー様。折り入って相談があります」


「うーん? なに? ロゼッタ。改まっちゃって。別れ話なら聞かないよ」


 ロゼッタがリューグナーと恋人関係になり、数日の時が過ぎた。


 ふたりが交際をはじめたことは一瞬にして魔王城に広まり、魔物たちにも祝福された。

 お節介な魔物たちは、祝福ついでにリューグナーの部屋にロゼッタの荷物を移動。

 ふたりは恋人になった翌日から寝所を共にするようになった。


 リューグナーと一緒にいる時間は格段に増えた。

 彼を大切にしているし、彼に大切にされている自覚もある。

 幸せだ。これが恋人というものなのか。


 納得していたロゼッタなのだが、先日からある疑問を抱えていた。


「恋人とは、なにをするものなんでしょうか?」


「はっ?」


 つまらなそうに書類に目を落としていたリューグナーは、隣に立ったロゼッタに目を向ける。

 いつも大きな丸い彼の瞳は、更にまん丸になり、険しい表情をしたロゼッタを映し出していた。


「え、そんな顔してどうしたわけ、ロゼッタ。なんか不満とか?」


「不満はないのですが……。先日、ドルチェとライラさんとのお茶会をしたことは覚えていますか?」


 「うん」と書類どころではなくなったリューグナーが椅子を回転させてロゼッタに向き合ったところで、ロゼッタは話しはじめた。


 ついこの間のことだ。

 「次の恋の花が咲くまでは、私が咲くと信じた愛の花を愛でようと思うの」と言って頻繁に魔王城を訪れるようになったライラ。そして、ドルチェと一緒にお茶を飲む会。

 通称『女子会』で、ロゼッタはふたりに訊ねられたことがあった。


「リューグナーとロゼッタちゃんは、どこまでいったのかしら?」


 女子会といえば恋愛トークだとライラが放り込んだ質問に、ドルチェは「ちょっと。品がないわよ」と言いつつも目は興味津々にロゼッタの答えを期待していた。


「どこまで……? 魔王城から出たことはありませんが。今は魔王様であるリュー様が外をうろつけるような平和な世界ではありませんし」


「もー。ロゼッタちゃんったら純粋なんだからぁ」


「ほぼずっと一緒に居るんだから、キスくらいしたんでしょって聞いてんのよ」


 「品がない」とライラを止めておきながら、更につっこんで聞くドルチェにライラが「あらぁ」と面白そうに笑う。

 ロゼッタはニヤニヤと暖かな眼差しを向けてくるふたりに首を傾けた。


「いいえ? していません」


「はあ!?」


 声を合わせて驚愕したライラとドルチェには、その後、恋人のなんたるかを何故か説教の勢いで語られてしまった。


「ということがありまして、恋人とはなにをするものなのかというのを考えていたんです」


「女子会って怖いね……」


 ことのあらましを聞いたリューグナーは半眼になって眉を寄せた。


「やはり、恋人となったからには、キスをするべきなのでしょうか? ライラさんは唇へのキスは恋人にだけ許された特権だともおっしゃっていましたし……」


「するべきとか、そういうのでするもんじゃないと思うけど……ロゼッタがそんなに険しい顔になっちゃうくらいなら、しちゃう?」


 回転椅子から立ち上がったリューグナーはロゼッタの肩に手を置いて、ロゼッタを見下ろす。

 なんでもないみたいに小首を傾げたリューグナーは、そのまま瞳を伏せてロゼッタの唇へと唇を寄せた。


 キスの話はしていた。

 だが、こんなにも簡単に。しかも唐突にキスの流れになるなんて思ってもみなかった。


 緊張から身を固めたロゼッタは、ぎゅっと強く目を瞑る。

 きゅっと引き結んだ唇に柔らかなリューグナーの唇が当たることはなく、変わりに想像していたよりも細いものがロゼッタの唇には押し当てられた。


「ん?」


「そんなガッチガチになっちゃう子に簡単に手出しできるわけないじゃんって話だよね」


 くっくとおかしそうに笑うリューグナーがロゼッタの唇に当てていたのは、彼の人差し指だった。

 「はい、ごちそうさま」といって、ロゼッタの唇から指を離したリューグナーは回転椅子へと戻る。


「キスだのなんだのって焦らなくたっていいんだよ。そんなの義務でするもんじゃなくて、衝動だとか流れでするもんなんだから。ロゼッタは毎晩俺の隣で俺に子守歌ねだってスヤスヤ寝てればいいの。それでハッピー。ばんばんざい。今のところは、それが俺たちの恋人関係」


「……私には衝動や流れでキスしたくなる魅力はないということでしょうか?」


「そんなこと言ってないでしょうが」


「それに、リュー様はなんだか慣れていらっしゃる気がして不満です」


 リューグナーを困らせる面倒な女になっていることは重々承知で、ふいっと彼から視線をそらす。


 人間であるということは大変だ。

 嫌な感情だって、たくさん沸いてくるし、それをどうにもうまく処理できない。


 唇をとがらせて拗ねたロゼッタは、このままリューグナーの傍にいても彼を困らせるだけだろうと踵を返した。


「ごめんなさい。少し頭を冷やします」


「ロゼッタ」


 踏みだそうとしたロゼッタはリューグナーに手を握られて立ち止まる。

 どうしても拗ねた表情がなおせずに、ロゼッタが唇をとがらせたままにリューグナーを振り返ると、彼はふふっと小さく噴き出した。


「唇がひよこみたいになってますが?」


「なおらないんです。リューさまのせいです」


「そういう唇見てると、キスしたくなっちゃうんだけど、俺は我慢してるの。衝動だってあるし、そういう流れのときももちろんある。けど、キスしないのはなんででしょう?」


「……わかりません」


「正解はご褒美にとってあるからでした」


 にっと子どもみたいに笑ったリューグナーはロゼッタの両手をそっと手に取った。


「なんのご褒美ですか?」


「俺が立派な魔王様になったら、ロゼッタにキスしてもらおうと思って」


「平和な世界をつくれたら、ですか?」


「そうそう。ロゼッタの望む立派な魔王様。強く気高く美しくってね。ライラのパパが聞いたら卒倒しそうだけど」


 可笑しそうに肩をすくめたリューグナーはロゼッタの拗ねたままの表情を覗きこむ。


「大変な道のりだからこそ、頭捻ってるところ。ロゼッタが恋人になって浮かれた頭を落ち着かせるためには、キスはとっておこうって思っただけ。ロゼッタに魅力がないわけじゃないよ。ていうか、そんなわけないじゃん」


「……理屈はわかるんですが、ひよこ口が戻りません」


「そりゃ困ったね。じゃあ、俺が魔法をかけてあげよう!」


 ふつふつと沸いてきてしまった感情のコントロールは難しい。

 納得はしても、それならばこの気持ちをどこにやっていいのかと持て余してしまう。


 困るロゼッタにリューグナーは、ぎゅうと手を握る力を強めた。

 なにか魔法の力を感じるかもと内心期待していたロゼッタは何も感じないことに首を傾げた。


「なんの魔法なんですか?」


「癒しパワー。ロゼッタから教えてもらったやつ」


 魔王様お世話係になってすぐに、魔法を使えないロゼッタはリューグナーにこうやって癒しパワーを送ったのだった。

 懐かしい思い出にロゼッタは、思わずふふっと笑ってしまう。

 リューグナーもくすくす笑って「はい、おしまーい」とロゼッタの手を解放した。


「大丈夫だよ、ロゼッタ。今に幸福な世界をつくってみせる。面も割れてない上で転移先の周囲にバレない転移魔法が使えるヴォルに、リュミエーラ城の偵察を頼んだんだ。そのうち帰ってくると思うから、そこから作戦をたてていく」


「『偽者姫』だった私を駒として使えるなら、いつでも使ってくださいね。それが私のリュー様への愛ですから」


「手伝ってくれるのはありがたいけど、危ないことはしちゃダメだからね」


「はい。リュー様を悲しませたりしませんよ」


「イチャこいてるところわりィなあ」


 微笑みあうふたりの隣。

 心底申し訳なさそうに登場したのは噂のヴォルケイスだった。


「ヴォル……! いや、偵察頼んどいた手前言いにくいんだけど、転移魔法で来るときは、まず廊下に転移してくれよ。びっくりするだろ」


 恥ずかしさから、素早く握りあっていた手を離したロゼッタは、真っ赤になっているリューグナーの意見に完全同意で激しく頷く。


  「おーわりィわりィ」とまったく悪びれることなく言ったヴォルケイスは、普段よりも堅い表情をしていた。


「どうだった? リュミエーラ城は」


 ヴォルケイスが放つ堅い気配にリューグナーは身を正す。


「安心しろ。暇な俺様がしっかり調べてきてやった。その結果、悲報を入手してきたぜ」


「悲報……?」


 不穏な気配にロゼッタが眉を寄せると、ヴォルケイスはにんまりと不吉な笑みを見せた。


「リュミエーラ王国は行方不明の勇者とアンジュ姫のために軍をこっちに寄越してやがる。この城にゃ、もうすぐ騎士団が攻め込んでくるはずだ。

 この魔王城にいる魔物は雑魚ばっか。それ以前に、平和な世界を望むなら、応戦して騎士を殺すわけにもいかねぇ。……どうすんだ、リューグナー。やべェとしか言えねぇ状況だろ」


「リューグナー!」


 ヴォルケイスが伝える悲報に眉を顰めていたリューグナーは、ノックもなしにドアを開けたドルチェへと目を向ける。


「復興作業中だったマールの港から船が出たみたい。この島に誰か来たわ。上陸したのはひとりだけど超厄介」


「なに? 有名人?」


「誰かは知らないけど、バカみたいな魔力抱えてる女よ。それこそ……勇者並の」


 魔王城の平穏が終わろうとしている。

 一瞬にして崩れ去った穏やかな日々を懐かしむ暇もなく、魔王城城門に大穴があけられる爆発音が魔王城にこだました。

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