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23 散った花と咲いた愛


「ロゼッタちゃんに愛してるって、もう伝えたの?」


「うぶあっ」


 コーヒーを飲みながら書類仕事をしていたリューグナーにライラが問いかける。

 朝から押し掛けて「一緒にお酒飲みましょうよ!」と誘い続けたのは、本当にお酒が飲みたかったからではない。

 リューグナーと少しでも話をしておきたかったからだ。


 ライラは、ロゼッタはきっとリューグナーを奪っていくとわかっていた。

 いや、信じていた。


 リューグナーの愛した人が、彼を幸せにしてくれることを。


「愛してるというか……。まあ、伝えたけど」


 頬を赤くしながら、書類に飛んだ自らが噴き出したコーヒーを拭って「あーあー」とため息を吐くリューグナーにライラは、ふふっと小さく笑った。


「なら、婚約破棄との交換条件は果たされそうね」


「へ? なんて?」


 きょとりとした表情で顔をあげるリューグナーに「いいえ。なんでも」と応えておいた。

 きっと彼も聞こえていないふりなんてしていたが、聞こえていた。


 愛されていることに気付かないふりをしてくれているのは、リューグナーの優しさであり、美しさだと知っている。

 だから、ライラは騙されておいた。


「花が美しいのは散るべきときを知っているからよ」


 今度こそリューグナーには聞こえないように、小さく呟く。


 花は散るからこそ美しい。

 美しさを追求したライラの愛は今このときに散るからこそ美しいのだ。


 私の愛は美しいものだったわ。


 ちくりと痛む胸には、愛を貫いた誇らしさも滲んでいた。


 そして、ロゼッタの来訪を知らせるノックがリューグナーの部屋へと響いた。


 *


「答えを持ってきたんです」


 リューグナーの私室へと招き入れられたロゼッタは、状況がわかっていない様子のリューグナーとすべてを悟った表情で微笑むライラに向き合った。


 背筋を整えて、ごくりと喉を鳴らす。


 こんなに強い感情を誰かに伝えることは初めてだ。

 飛び出しそうな心臓を押さえて、ロゼッタは口を開いた。


「私は、リュー様を誠心誠意。出来うる限りの力を使って愛し抜いてみせると誓います」


「え?」


 告白の返事が欲しいとは思っていたリューグナーだが、ライラのいる前でその返事をもらうことになるとは思ってもみなかった。


 驚いた様子でロゼッタとライラを交互に見やるリューグナーにライラは可笑しそうに笑った。


「なにキョロキョロしてるのよ。かわいい子が告白の答えを持ってきてくれたのよ。もっと喜んで格好よく決めなくっちゃ」


「いや……。嬉しいんだけど、でも」


「ライラさんから、魔族の寿命のことをうかがいました。リュー様は死なないのだと」


 目を見開いたリューグナーがライラを見やる。

 ライラは「あら」と微笑む口元を隠して小首を傾げて見せた。


「ライラさんは、私に敵意があって寿命のことを私に伝えたのではないんです。私に覚悟がなかったから、覚悟をするよう教えてくださったんです。たとえ結ばれても、リュー様をを置いて逝く未来を受け入れる覚悟を」


 ロゼッタにとっては遠い未来。

 だが、永い時を生きるリューグナーにとっては、ロゼッタの生なんてあっという間なんだろう。

 それでも、リューグナーがロゼッタを選んでくれるというのなら、ロゼッタはその愛に応える覚悟をしなければならない。


 昨日より瞳にずっと強い力を宿したロゼッタに、ライラは訊ねた。


「ロゼッタちゃん。リューグナーを幸せにはできそう?」


「私はこのことに関して、絶対に誤魔化したりしたくありません。なので、正直に答えると本当の本当はリュー様を幸せにできるかはわからないんです」


 ロゼッタは自身の胸を押さえる手をぎゅっと握りしめる。


「私はリュー様のように強くありません。頭もキレるというわけでもないですし、特別な技術といえば誰かになりすますことくらいでしょう。そんな私がリュー様を幸せにできるか。それはやってみなければわからないことだと思うんです。弱い私が無責任に『幸せにできる』と宣言するつもりはありません。でも!」


 ロゼッタは半歩前に進み出る。

 感情が先行して、うまく言葉にならない。

 それでも、必死の想いで『本当の自分』の気持ちをぶつけた。


「でも、私はリュー様を心の底から愛して生きていきます。リュー様の幸せのためなら、なんだってします。

 弱い私ができることは限られているかもしれませんが、そのできることを超越してでも、リュー様の幸せを守ってみせます。できるかなんてわからない。それでも、『リュー様を幸せにしたい』と願った。それが、私の愛です」


 想いの丈はぶつけきった。


 耳まで赤くなってロゼッタの熱烈な想いを受け止めたリューグナーの横で、ライラはそんなリューグナーを見て小さく噴き出した。

 くすくす肩を揺らしたライラは、そのままロゼッタへと歩み寄ってくると、こちらも真っ赤になっているロゼッタの頭をそっと撫でた。


「まるでめちゃくちゃ。でも、とっても正直。あなたは弱い自分が恥ずかしいみたいだけど、強さっていうのは力や頭だけで決まるものじゃないのよ。

 あなたの強さは気持ちの強さ。やると決めたらやり抜く。愛すると決めたら愛し抜く。それはあなたの強さであり、美しさだと思うわ」


「ライラさん……」


「ごめんなさいね、ロゼッタちゃん。あなたへの意地悪な気持ちが百パーセントなかったかと聞かれたら、私は『はい』とは答えられないわ。でも、もうそんな気持ちは忘れるわ」


 ふっと最後に切なげな笑みを浮かべたライラはロゼッタの耳元にその艶やかな唇を寄せた。


「私が愛したリューグナーを目一杯愛してあげて」


 体を離したライラはロゼッタに片目を瞑ってみせる。

 綺麗だと思っていたライラが、今ロゼッタにはもっとも美しく見えた。


「私の散り際。美しかったかしら?」


「ええ、とても」


「ふふ。ありがとう、ロゼッタちゃん。……さあ、邪魔者はお暇するわ。二日酔いのドルチェちゃんを慰めて、元勇者様でもお酒に誘うわ。お幸せにね、リューグナー、ロゼッタちゃん」


 にこっと花がこぼれたような笑みを残して、ライラは静かに部屋を去る。

 パタンと穏やかにドアが閉まった後、取り残されたふたりは赤面したまま向き合った。


「リュー様」


「はいはい」


「私、リュー様を愛するって言いましたよね」


「そうだね。照れるけど」


「リュー様は私が先にいなくなってしまうことをどう思われているんですか?」


 愛とは共に在ることだけではない。

 愛する人のために身を引くことも、また愛だ。

 それを知っていたロゼッタはリューグナーの本心を聞いておきたかった。


 ロゼッタの質問にリューグナーは不意をつかれたようで、一瞬間を置いた後に「あー」と唸ってうなじをさすった。


「そりゃ、寂しいと思うよ。ロゼッタが居なくなった世界のことが、今の俺には想像できないくらいに寂しい。けど……。笑わない?」


「笑いませんよ? あ、面白いことをおっしゃるなら、笑います」


 この真面目な場面で突然ギャグをぶちかましてくるとも思えないが、一応と思って付け足した言葉にリューグナーは肩の力が抜けた様子でくっくと喉を鳴らした。


「面白いこと言うわけじゃないんだけど……。まあ、なんていうかさ。これはまだ先のことで大丈夫なんだけど、俺が世界を平和にして、人間も魔族も魔物もみんな幸せに生きられる世界を作るから、その世界で俺はロゼッタとその子どもと幸せに暮らしたい。

 子どもがいれば寂しくないと思う。ロゼッタの面影のある子の成長を見守って、その子の子どもが大きくなるのも大事に見守って。そうやって生きていくのも幸せなんだと思う。

 もちろん、ロゼッタとの思い出を抱えて生きていく覚悟もできてるよ。ロゼッタとのことを思い出しながら生き続ける未来もきっと悪くない。ロゼッタと一緒にいられた時があるなら、これから先の人生、俺はきっと幸福になれる自信があるよ」


 リューグナーの話を静かに聞いていたロゼッタは、自然にその表情に笑みを浮かべていた。

 一生懸命に話していたリューグナーはロゼッタが笑っているのを見て「あ!」と拗ねたような声をあげる。


「笑わないでって言ったのに〜、ロゼッター」


「ごめんなさい。でも、リュー様は可愛らしいなと思ったんです。それに、愛されてるなあ、とも」


 「恥ずかしいですね」と火照る頬を押さえるとリューグナーも笑いながらロゼッタに近付いてくる。

 そして、優しくロゼッタのことを抱きしめた。


「やーっと、手に入った。長かったなあ」


「リュー様にとっては、あっという間かと思っていました」


「ロゼッタとの時間はあっという間だけど、長いんだよ」


「なんだか不思議ですね」


「そう。不思議なの。ロゼッタのせい」


 くすぐったそうに笑ったリューグナーがロゼッタを抱きしめる力が強くなる。

 ロゼッタもリューグナーの背に腕を回し、その胸に頬を寄せた。


「改めてよろしくね、ロゼッタ」


「はい。よろしくお願いします。リュー様」



「待て! アンジュ! 行かせはせんぞ! どこに行くと言うのだ!」


 白亜の城に王の叫びが木霊する。

 太陽の輝きを思わせる強い輝きを放つ金髪を靡かせて振り向いた少女は、周囲にできた倒れた人の輪を見た。


 倒れ伏すのはリュミエーラ王国自慢の騎士様たち。

 その輪の中心に佇んだ少女は紫の瞳を眇めた。


「あたしはあたしとあなたの罪を償いに行くだけだよ、『お父様』。勇者様が行方不明になったのなら、他の誰かが次の勇者になればいい。あたしが、翼のない勇者になる」


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