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21 恋と愛の違い


「美しいものの隣には美しいものがあるべきよ。汚いものが隣にあったら、その汚いものが可哀想だもの。だから、私のお庭には美しいものしかないの」


 ライラの実家が所有する屋敷の庭は広大なものだった。

 その庭を埋め尽くすのは美しい花々ばかり。


 珍しい品種のものから、どこにでもあるようなもの。

 ライラの価値観で『美しい』と判断されたもののみが、市場での価値による偏見なく咲き誇っていた。


「どう? リューグナー。綺麗でしょ?」


 その庭はライラの誇りだった。

 幼い頃から花が好きで、この庭の花々は庭師にも手伝ってもらいはしていたが、ライラ自身がほとんど手を施して育ててきた花たちだ。


 婚約者となったリューグナーを自宅に招待し、まず見せたのはこの自慢の庭園だった。


 リューグナーは相変わらず陰鬱とした表情のまま、じっとライラの庭園を眺めていたが、やがてふらっと歩き出した。

 そして、彼はある一輪の花の前にしゃがみこんだ。


 地面からそっと咲くその花は上品な赤色の花だった。

 小さな薔薇のような見た目のその花には、多くの薔薇とは違い、棘がない。

 ただひっそりと、申し訳なさそうに、だが美しく咲いているその花をリューグナーは愛でるように見つめていた。


「そのお花が気に入ったの? ロゼッタっていう花なのよ。魔界にしか咲かない薔薇の一種。知っているかしら? お花には花言葉っていうのがあってね。ロゼッタにももちろん花言葉があるのよ」


「ロゼッタ……。どんな花言葉?」


「『あなたの幸せを祈る』よ。素敵でしょう?」


 *


「どうして君にロゼッタがそんな風に言われなければならないんだ」


 ライラの言葉に衝撃を受けていたロゼッタよりも早く反応したのはガルディだった。

 ロゼッタの前に立ち、未だにロゼッタを庇うように背にしてくれているガルディは不愉快そうに眉を寄せる。


 まっすぐに向けられる敵意をライラは気にした様子もなく「あらぁ」と頬に手を当てて首を傾けた。


「女の喧嘩に男が口出しちゃダメよ、勇者様。それに、私の言ったことは本当のことよ。言ったとおり、月並みな台詞すぎて、言ってて頭痛がするけど、何度だって言ってあげる。あなたはリューグナーにはふさわしくないの」


 ロゼッタは眉間のしわを深めるガルディの腕を握る。

 振り返ったガルディが見たのは、ロゼッタの強い眼差しだった。


「大丈夫よ、ガルディ。ライラとお話をしてくるから、待ってて」


「しかし……ロゼッタが傷つけられるようなことがあったら」


「傷ついてもいいの。誰かとかかわるってそういうことだから。大丈夫よ、ガルディ。私、魔法はからっきしだけど、心はそこまで弱くはないわ」


 優しく微笑んでガルディの横を通り抜けたロゼッタは、腕を組んでその豊満な胸を強調したライラの笑顔と向き合う。

 ぴりっとした緊張感が走るのを感じながら、ロゼッタは穏やかに部屋の外を手で示した。


「ここはガルディのお部屋ですので、移動しましょう。私は喧嘩ではなく、お話がしたいだけなので、それでもよろしければ」


「あら。もっと怒るのかもと思っていたけれど、あなたって穏やかな子なのね。穏やかというか……あんまり感情の起伏がないようにも見えるけれど」


「怒るようなことは何も言われていませんので。行きましょう」


 心配の眼差しを向けてくるガルディに「ありがとう」と口の動きだけで告げて、ロゼッタはライラを連れて廊下を歩いて自室へと戻った。

 その間会話はなく、ライラは静かにロゼッタの後ろを付いてきた。

 自室に入るとすぐにロゼッタはライラを椅子へと案内し、紅茶をいれて、彼女の向かい側の椅子へと腰掛けた。


「お茶会みたいね」


「お茶会ですよ。お話がしたいだけですので」


「本当に私と喧嘩する気がないみたいで驚いてしまうわ。あなた、リューグナーが魔王採用試験を受けるきっかけになった子でしょう?」


「……どこまでご存知なんでしょう?」


「大体全部知ってるわよ? あなたが偽者のお姫様だってことも、リューグナーがあなたのために魔王になったこともね」


 ふふ、と微笑みながら、ライラはロゼッタが持ってきた紅茶に口をつける。

 「毒でも入っているのかと思った」と冗談っぽく笑いながら、ライラはティーカップをソーサーへと戻した。


「リュー様が、ライラさんにおっしゃったということでしょうか?」


「そうよ。私、婚約者なんて言ったけど、本当に本当のことを言うとね。元・婚約者なのよ。私ったら、婚約破棄されてしまったの。ひどいわよね」


 友達に世間話でもするかのごとく打ち明けられた真実に驚いて、「本当ですか?」とこちらもふられた友人に驚くみたいな返事をしてしまう。

 ライラは「そうなの!」と不満げにテーブルに頬杖をついた。


「リューグナーって今じゃあんなにへらへらした適当な感じの男になってしまったけど、小さい頃はあんなんじゃなかったのよ? いつもぬぼーっと突っ立ってる感じで、うつむきがちだったし、あんまり笑いもしなかったのよ。今のあなたみたいな感じ!」


「私、ぬぼーっと突っ立ってる感じで、うつむきがちでしょうか? あまり笑わないとはよく言われるのですが、そのような意見ははじめてです」


「そうよ。全身から暗いオーラ爆発って感じね。あなたせっかく美しいんだから、もっと美しくならなくちゃリューグナーの隣には立てないわよ」


「美しく、ですか」


「そうよ。美しいものの隣には美しいものがあるべきなの。汚いものが並んだら、その汚いものが可哀想。それに、美しいものが汚いものに気を遣ってしまって面倒でしょう? 

 リューグナーは美しいわ。だから、あなたも隣に並びたいなら美しくある努力をしなくちゃ。あなた、せっかく綺麗な顔をしてるのだし、もっと胸を張って自分に自信を持ちなさい」


「……あの、ライラさんはリュー様の愛を私に受け入れて欲しくはないんですよね。それなのに、そんなアドバイスをくださるんですか?」


 持論を熱弁するライラにロゼッタは少々気圧されながらも訊ねてみる。

 ライラは当然のように「そうよ」と眉を跳ね上げた。


「私は美しいリューグナーの隣に立つために美しい自分を維持し続けてきたわ。だから、あなたにとられちゃうのって、とっても悔しい。けど、そんなことで私はあなに『ふさわしくない』なんてひどいことを言ったわけじゃない。それこそ、そんな些細なことで彼の恋路を邪魔するなんて美しくないわ」


「なら、どうして、私はふさわしくないのでしょうか?」


「言ったでしょう? 人間だからよ」


 ライラの視線がロゼッタを貫く。

 その眼差しの鋭さにドキリとした。


「別に高尚な魔族の隣に人間なんかが並ぶのはおこがましい! って言うわけじゃないのよ? 私的には魔族も人間も獣や植物だって、同じ生き物。好きになったら仕方ないわ。恋とはとめられないものよ。

 だけど、相手の幸福を願うなら、とめられない恋もとめてみせなければならない。愛は相手のためならなんでもできるようになることだから。私は、あなたにリューグナーに恋をするのではなく、彼を愛することを望んでいるの」


「私では、リュー様を幸せにはできないということでしょうか?」


「ええ。はっきり言うけど、そうよ。ロゼッタちゃんは知っている? 魔族がどのくらい長い時を生きるのか」


「いえ、知りません」


 考えたこともなかった。

 リューグナーはいつも適当な年齢を言っているが、ロゼッタから見れば少し年上くらいの外見にしか見えない。

 ドルチェだってロゼッタより幼い外見であるし、彼らの寿命なんて聞いたこともない。


 真剣なライラの表情に今まで避けていたことを考えさせられるようで頭の中が凍り付いたようだった。


「魔族は一定の年齢からは不老。それからは不死。殺されるか病になるまで死にはしない。魔族は戦いの中に身をおくものだから、死ぬ者も多いのだけれど、リューグナーに限ってそれはないわ。あの人は本当に最強の魔王様だから。

 あなたはどうかしら? ロゼッタちゃん。人間であるあなたは、百年も生きられるかわからない」


「リュー様と結ばれたとしても、彼を置いて逝くことにいなる……」


「しかも、あなたは不老ではない。美しいままの彼の隣であなたはどんどん老いていく。耐えられる? そんな人間が、彼を幸せにできるって本気で思う?」


 畳みかけるようなライラの問いかけにロゼッタは黙り込む。


 告白の返事をしなければならない。

 自分の気持ちがはっきりとわからない。


 そんなことばかり考えていた。

 リューグナーの幸せなんて見えていなかった。


 彼と結ばれるということはリューグナーと共に幸福を目指すということだ。

 自分の見えない感情を探すことで頭がいっぱいになっていて、ロゼッタはリューグナーの幸福がどこにあるのかなんて考えられなくなっていた。


「今はまだ答えられないわよね。私もちょっと興奮しちゃったわ。簡単に答えを出すようなことじゃないのだし、ゆっくり考えてちょうだい」


 「紅茶。とってもおいしかったわ」と笑顔を残してライラは立ち上がる。


「リュー様の幸せ……」


 ひとりになった部屋でロゼッタはようやく自身のティーカップに手を伸ばす。

 表情には出さなかったが、ライラと話している間は緊張で飲めなかった紅茶はすでにぬるくなっていた。

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