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14 望まぬ来訪者


「あんまり根詰めてやると、リューグナーみたいに倒れるわよ」


 自室でガルディに教えてもらった治癒魔法を練習していたロゼッタは、気付かない間にドアを開けていたドルチェの声に顔をあげた。


 リュミエーラ王国の姫『アンジュ』として十七年間生きてきたロゼッタには、『アンジュ』ではない自分の価値なんてわからなかった。


 なにかに集中することは現実から逃れる助けになる。

 ロゼッタは治癒魔法を獲得することに専念することで、迫り来る現実から逃れようと必死になっていた。


「旅の途中でリュミエーラの騎士がうろついている村があったんだ。旧知の者がいたから話を聞くと、極秘で『本物のアンジュ姫』を探していると言われた」


 ロゼッタは、既に死んだことになっている。


 昨日。衝撃的な事実に呆然としながらも、ロゼッタはガルディの話を静かに聞いていた。


 リュミエーラ国お抱えの騎士団は既にロゼッタが『偽物のアンジュ姫』だということを伝えられていて、『本物のアンジュ姫』を探している。

 義父王・レックスは『本物のアンジュ姫』が見つかり次第、ロゼッタの死を発表するつもりなのだろう。


 ガルディは、ロゼッタが死んだという話を騎士から聞いても信じることはなかったと言う。

 リュミエーラ王・レックスのシナリオをロゼッタから聞いて知っていたガルディは『姫』ではなく『幼なじみ』の生存を信じて、救うための旅を続けてくれたそうだ。


 ロゼッタの生存を信じてくれていたガルディの気持ちはとても嬉しかった。

 だが、義父であるレックスが、ロゼッタを死んだことにしたということはショックだった。


 ロゼッタは義父に認められたくて、一生懸命に『アンジュ』を演じてきた。

 それは、義父にただただ愛されたかったからだ。

 その努力はなんの意味もなかったということなのだろう。


 傷ついた心を隠すのは得意だ。

 なにせ大体いつも無表情なものだから、いつも通り感情をただひたすらに心の奥底に沈めておけばいいだけのことだった。


「ドルチェ。私には、あまり魔法の才能がないのかもしれないわね。なかなかうまくできないの」


「初めて使うんでしょ? そんなもんよ。あたしだって才能ないって言われまくったけど、努力した質だから大丈夫よ。魔法は突然才能が開花することも多いし。要は集中力ね。特に治癒魔法は難しいんだから」


「集中力……」


 「魔法はいかに集中できるかだよ。僕はあまり得意じゃない」と苦笑いしていたガルディの言葉を思い出した。

 なるほど。今のロゼッタではまともに使えないわけだ。


 『アンジュ』ではないということがリューグナーやドルチェにバレたときのことを恐ろしくて集中なんてしていられなかった。


「ドルチェはどうしたの? こんな夜に来るなんて珍しいわね」


 昨日中庭でガルディと話をしてから、ロゼッタはずっと部屋に閉じこもっていた。

 治癒魔法の練習という体のいい理由をつくって、リューグナーにもドルチェにもなるべく会わないようにして過ごしていたのだ。


 表情から『偽物』だと判断されることはないだろうとわかっていても、もし見透かされたらと重うと怖かった。


「そうよ。ロゼッタ。あんたに苦情があって来たの」


「苦情? 私がなにかしてしまった?」


 半眼になったドルチェが不満げにロゼッタを見ている。

 本当になにかしてしまっただろうかと内心ドキドキしながらも真顔で小首を傾げると、ドルチェは勢いよくドアの外を指さした。


「リューグナー。拗ねて何もしないから、夜の散歩に出て。あんたと会えると思って、あいつ無意味にうろついてんだから」


 怒気を含んだ口調で話すドルチェにロゼッタは思わずきょとんとしてしまう。

 確かに日課である夜の散歩はリューグナーに会ってしまう可能性があったので避けていた。


「どうして、リュー様は私に会いたがるの? なにか用事でもあるのかしら」


「そんなもん……決まってんでしょ? 察してやんなさいよ」


「あ、私がお世話係だから……? なにか困っていたら、大変よね。リュー様を探しに行くわ」


「は? 違うわよ、あんただから会いたがってんのよ」


 ドルチェは言い放った後に、しまったという様子で滑った口をふさいだ。


 机について治癒魔法に専念していたロゼッタは立ち上がりかけていた体をそのままの姿勢で止めて、少しだけ考える。


 リューグナーは、よくロゼッタのことを大事にしてくれている。

 だが、それはロゼッタが『アンジュ』だったからなのではないだろうか。

 ロゼッタにここでは姫ではないと彼は言っていたが、姫扱いが面倒だっただけの可能性が高い。


 それにリューグナーは言っていた。

 ロゼッタはリューグナーの目指す世界の鍵だと。

 それは『ロゼッタ』が鍵なのではなく『アンジュ』が鍵だったのではないだろうか。


 どう考えたって、なんの役にも立たない小娘である『ロゼッタ』がリューグナーの目指す世界の鍵に成り得るとは思えない。


「……私が本当に『ロゼッタ』でしかなかったら、リュー様は会いたいとも思ってくださらないのかしら」


「え?」


 小さく呟いたロゼッタの言葉は幸いドルチェの耳には届かなかったようだ。

 ロゼッタは首を横に振って、立ち上がりかけていた体でしっかり立ち上がった。


「リュー様を探すわ。わざわざ伝えに来てくれてありがとう」


「え、あ、ううん。いいのよ、別に」


 謙遜した様子のドルチェに軽く手を振って廊下に出る。


 唯一の女友達になってくれたドルチェも、『アンジュ』ではない自分に価値を感じてはくれないのだろうかと考えると寂しかった。


 自然にうつむきがちになってしまったロゼッタの足はいつの間にか中庭に向いていた。

 故郷であるリュミエーラ城にはガルディとの思い出以外には、あまりいい思い出もないのだが、この中庭は城の庭を思い出させてくれて好きだった。


 月光が差し込む中庭を静かに歩いてたどり着いた先は、いつものベンチだ。

 そこでは探していたリューグナーがあくびをしながら月を見上げていた。


 あ、やっといた。


 ぼんやりと浮かんだ言葉は長年探し続けてきた人を見つけたような響きがあって、ロゼッタは自分の頭の中に浮かんだ言葉だというのに疑問を感じた。


「あ、ロゼッタだ」


 背もたれに背をあずけてのけぞるように月を見ていたリューグナーはロゼッタに気が付くと、パッと明るい表情を見せる。

 懐いた大型犬のような反応に堅くなっていた心が少し柔らかくなった思いがした。


「ガルディに聞いたけど治癒魔法の練習してたんだって? がんばってるじゃん。偉い偉い」


「ありがとうございます。でも、なかなかうまくいっていないんです……。リュー様はガルディと仲良くできましたか?」


 昨日中庭で話を終えたロゼッタとガルディの元に意気揚々と現れたリューグナーはガルディに部屋の準備ができたと告げた。

 「イチャイチャ禁止って言ったのに」と顔を寄せ合って秘密の話をするロゼッタとガルディに不満げにしながらも、リューグナーはガルディを連れて中庭を去っていったのだ。

 それが、リューグナーと会った最後だ。


 リューグナーは「あ〜」と曖昧な返事をして視線をそらす。

 適当なリューグナーと真面目が服を着て歩いているようなガルディでは、魔王と勇者ではなくとも性格は合わないだろう。


「まあ、あんまり仲良しこよしってわけでもないけど、魔界語の勉強はするようにって本渡して伝えたから真面目に勉強してるみたいだよ。

 ほら。やっぱり魔族になったからには、俺の書類仕事手伝って欲しいわけよ。馬鹿みたいに報告しろってうるさいし」


「郷に入っては郷に従え。魔族になったんですから、ガルディも魔界のことを勉強しなくてはいけないと言っていました。困っていたら、教えてあげてくださいね」


「仕方ないなー。ロゼッタの頼みだし」


「そういえば、ドルチェが私のことをリュー様が探していると言っていたのですが、なにかありましたか?」


 いつもであれば、もっと近付いて話をしている。

 だが、今日はいつも通りにできているかの自信がなくて、普段より少し離れた位置からリューグナーに声をかけた。


 リューグナーはそんなロゼッタを優しく紅い瞳でとらえたまま、その紅い瞳をゆるく幸せそうに細める。


「ううん。ロゼッタに会いたかっただけ」


 それは『アンジュ』に会いたかったのではないの?


 浮かんだ不安はすぐに心の底に追い返す。

 それでも無表情のままではどうにも居られず、ロゼッタが思わず半歩退いて曖昧な笑みをこぼすと、リューグナーは心配そうに首を傾げた。


「ロゼッタ? なんか顔色悪いように見えるんだけど」


 真剣な様子で身を乗り出すリューグナーから逃れるように、また半歩後ろに下がる。


「いえ、大丈夫です。なんの問題も……」


「ねぇってよ」


 とん、と背中に何かが当たったのと、背後から声がしたのは同時だった。

 ベンチに座って心配そうにこちらを見ていたリューグナーが驚愕した表情で立ち上がる。


 何が起きたのかと背後を見やると、そこには真っ赤な長髪をうなじでひとつに束ねた、鋭く紅い目をした男が立っていた。


「どぉもォ。『アンジュ姫』」


 にんまり笑った男は、そのままロゼッタの腕を痛いほどの力で掴んだ。

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