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10 魔王と勇者


「おまえのせいで、ルミナは死んだ。おまえなんかに、ルミナは殺された」


 それが父であり伝説の大魔王・サタナスの口癖だった。


 リューグナーを産み落としたときに亡くなった母・ルミナ。

 彼女は魔界でも有名な美女であり、大魔王の最愛の妻だった。

 そんな彼女がリューグナーの出産で命を落とした。


「おまえなんかに、どうしてルミナを奪われなければいけないんだ」


 強く恐ろしい伝説の大魔王。

 彼も魔界の自宅に戻れば、ただの男だった。


 愛する妻を奪った息子を大魔王は愛することができなかった。


 *


「ガルディ……! 目が覚めたのね!」


 魔王城に帰ってくると、ドルチェがまず出迎えてくれた。


 マールの惨状。ワイバーンの末路。そして、リューグナーのいつもとは違う様子。

 ドルチェには聞きたいことも相談したいこともたくさんあったが、帰ってきたロゼッタとリューグナーに開口一番でドルチェが告げた言葉によって、すべては後回しとなってしまった。


「勇者が目覚めたわ」


 ドルチェはリューグナーとロゼッタが城をあけてからも、懸命に治癒魔法をガルディにかけ続けてくれていたらしい。

 その甲斐あって、命の危機に瀕していることは変わらなかったが、ガルディには一時的に意識が戻った。


 いつまで保つかはわからないガルディの意識が戻っている間にリューグナーはやるべきことがあるといって、自室へと戻って行ってしまった。


 ドルチェに聞きたかったことも、リューグナーに話したかったことも、とりあえずは保留にして、ロゼッタも急いでガルディが眠っている私室へと向かった。


「アンジュ……。君が無事でよかった」


 柔らかな癖のある金髪に透き通る空のような蒼い瞳。

 爽やかな彼の面立ちは、今もなお体をむしばむ毒によって記憶よりも青白かったが、彼が生きているというだけで嬉しかった。


 ベッドの傍に歩み寄ってガルディの手を握ると、その冷たさに驚いてしまう。

 彼の命が長く保たないことは明白だった。


「そこにいる彼女が僕を助けてくれたんだ。ここが魔王城だっていうことも聞いたよ。勇者が魔王に救われるなんて、おかしな話だね」


 眉を下げて困ったように笑うガルディにロゼッタは首を横に振る。


「リュー様はガルディが思っているような魔王じゃないの。侵略行為だって一切してない。私だって生かしてくれてる」


「うん。聞いた。ドルチェに全部聞いたよ。僕はアンジュが生きていれば、それでよかったんだ。世界を救うなんてできない。そんな力は僕にはないよ。けど、アンジュひとりなら、どうにか救えるんじゃないかって思ってたんだ。それなのに逆に助けられちゃって……。ほんと、おかしいよ」


 自嘲を通り越して泣きそうに笑うガルディにロゼッタも視界がにじむ。

 溢れそうになった涙をこらえて、ロゼッタは「いいえ」とガルディの諦めに満ちた言葉を否定した。


「リュー様は『大丈夫』って言ったの。私を泣かせないって。だから、絶対にあなたは助かるわ。ガルディ」


「そう。俺はロゼッタを泣かせない」


 静かに開いたドアから現れたのは分厚い書物を携えたリューグナーだった。

 ドアの傍に控えてロゼッタとガルディを見守っていたドルチェは、リューグナーが持っている書物を見て目を見開いた。


「あんた、それ!」


「そう、禁書。魔界でも禁止されてる大魔術が載ってる本。いくら魔王様特権があっても使えば割とヤバい系のやつ。だから、黙っといてよ」


「黙っとくって……でも、あんたそんなの使ったら」


「ドルチェ」


 狼狽するドルチェをたしなめるようにリューグナーがきつめの声をあげる。

 立てた人差し指を自身の唇にあてるジェスチャーをドルチェに送ったあと、リューグナーは長い足を動かしてガルディの座っているベッドへと歩み寄った。


「どうも勇者様。俺が噂の魔王様。よろしく」


「助けてもらったことはありがたい。だが、……よろしく、していいのだろうか」


「していいに決まってんでしょ。君は俺の部下になるんだから」


「なに!?」


 ガルディを指さして不適に笑ったリューグナーは小首を傾げる。


「生きたいんでしょ? 君のかわいいこの子を泣かせたくない。勇者様ががんばって修行して、俺を倒すために強くなって、必死で旅してきたのって、かわいい『アンジュ』を救うためだったんじゃなかったっけ?」


「……そうだ。僕はアンジュを救いたくて、もう一度会いたくて足掻いてきた」


「予言なんてクソ食らえってね。その辺は気が合いそうでよかったよ。そんながんばった君に悲しいお知らせなんだけど、君はこのままじゃもうすぐ死ぬわけ。わかるでしょ? その毒はじわじわ体中をぶち壊していく」


 芝居がかったリューグナーの台詞にガルディは黙り込む。

 ロゼッタもリューグナーの意図が見えず、黙って成り行きを見守るしかなかった。


「君が助かる方法はひとつしかない。ゾンビになること」


「ゾンビだと?」


 訝しげに表情を歪めるガルディに、リューグナーはかぶせるように「そう! ゾンビ!」と声をあげた。


「君が死ぬのはもうどうにもならない。でも、魔族になるんなら別。人間の体は脆いから毒なんかにやられちゃうわけだけど、魔族の体なら大概の毒なんかはオールオッケーってわけ。

 わかる? 勇者様は人として死んで、魔族としてよみがえるってこと」


 勇者が魔族になる。

 そんなことがあっていいのか。


 ガルディはベッドの横に座り込むロゼッタを見やる。

 ガルディを見つめていたロゼッタも狼狽えたような表情をしていたが、ガルディはロゼッタを見て、すぐに覚悟を決めてしまった。


 勇者の翼が背中に生えた日。

 ガルディは歓喜したことを思い出した。


 これで、アンジュを予言から救える。

 アンジュを幸せにできる。


 予言通り居なくなってしまうのかもしれないと嘆いていた幼なじみを救えるかもしれないという希望を胸にガルディは日夜勇者としての素質を磨くことに励んできた。


 世界なんて大きくてよくわからないものはどうでもいい。

 アンジュさえ。大好きなあの子さえ救えるのなら、他には何もいらない。


 そう願っている日々の中でガルディは勇者になった。

 ならば、大好きな子の傍にいるため、彼女を幸せにするため、魔族になることを選択するのは、ガルディにとって難しいことではなかった。


「……わかった。頼む。僕を魔族にしてくれ」


「ガルディ、いいの? そんな簡単に決断することじゃないわ」


 ガルディを案じたロゼッタの言葉にガルディは笑顔で頷いた。


「いいんだ。そもそも僕は勇者なんて似合う器じゃなかったしね。自分勝手な人間なんだよ」


 世界より、好きな子のことを優先する最低な勇者だ。

 自覚はあっても、ガルディは生き方を変えるつもりはなかった。


「魔族になったあとは、俺の言うことには従ってもらうよ? いいね」


「ああ。仕方ない。侵略行為はおこなわないんだろ?」


「そ。俺は平和主義の魔王様だからさ」


「胡散臭いけどね」


「よく言われる」


 ふふっと小さく笑ったリューグナーは禁書を開く。


 ロゼッタに歩み寄ってきたドルチェが「下がってなさい」と言うのに従って、ロゼッタはドルチェとともに壁際に立った。


 ベッドに座ったままのガルディとその傍らに立ったリューグナーは互いに挑発的な笑みで見つめ合う。


「勇者を部下にできるなんて、魔王様としては超爽快な気分だよ」


「魔王の配下になるなんて、勇者としては最低な気分だね」


「うちは職場環境いいから安心してよ。名乗ってなかったね。俺はリューグナー・ライヤー。ぴっちぴちの五千三百六十二歳。改めましてよろしく」


「僕はガルディ・リッター。仲良くはできないかもしれないけど、よろしく」


 リューグナーの手にした禁書が怪しく輝く。

 人間であるロゼッタには聞き取ることのできない発音の魔界語による詠唱が進むにつれて、その輝きは増し、やがてリューグナーとガルディを光が飲み込んでいった。 

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