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死ぬ気でがんばれや

 もうこの世に未練は無い。だから、俺は…。











 俺は今樹海にいる。自殺者スポットとして有名な富士の樹海だ。とりあえず、ここで遭難して野垂れ死ぬ予定だ。首つりやら飛び降り等と時間が掛からず死ぬ方法もあるが恐くて出来なかった。


 人は生きるのにも途方も無い気力活力を要するが、死ぬときもまた少なくない力を要するのだ。死は人間にとって唯一許された自由意思によるもの。ただし、それは神が与えてくれた命を無断で扱うことに他ならない。だから、キリスト教は自殺を禁止している。キリスト教と自殺の話で最も代表的な1つとしては細川ガラシャの自害が有名だろう。説は色々とあるが、ガラシャは自害と自殺の違いに悩み抜き、最後にはガラシャの気持ちを汲み取った小早川秀清を介錯したのだという。


 俺にはガラシャのように気を遣ってくれる小早川秀清はいないし、もしいたとしても殺人罪を背負わせることになるから駄目だろう。


 とにかく死ぬためにはとてつもない意思が必要なのだ。そう考えると戦国時代で活躍した武士は尊敬に値すると言えよう。何しろ、汚名を拭う、あるいは不屈の想いを貫くことのために当然のように腹を掻っ捌くのだから当時の死に対する教育理念が壮絶であったことが窺える。


『自殺したいんだったら、せめて死ぬ気で頑張ったらどうだ?死ぬ気で頑張ってそれでも駄目で自殺したいんだったら好きにしろよ』


 かつて曲がりなりにも親友でいてくれた男の言葉を思い出す。俺は今まで一度でも死ぬ気で頑張ったことがあるのだろうか?


 いや、無いだろうな。だから俺は樹海にいる。


「はああ、後何日で死ねるんだろうか…」


 ご都合主義宜しくで急遽第三次世界大戦が勃発して、この樹海にリトルボーイを投下してくれたら死の恐怖を味わうこと無く一瞬で空気になれるし、自殺ではなく他殺で終われるという素晴らしい?最後を迎えられば最高なのだが。


「今、何日だ?そういえば携帯も腕時計もしてなかったな。忘れていた」


 連絡手段、現状把握できるものを持ってしまえば生への執着が芽生えてしまう。だから日用品は一切所持していない。


「どうせなら服も脱ぎ捨てて生まれたままの姿になってやるか」


 俗世で馴染み深いものを全て剥ぎ取り、捨て去る。不意に思ったことだが、実に良い。まさにこれから自殺しようとする心構えがみなぎっているような錯覚を覚えてしまう。俺は服を全て脱ぎ捨てて、雄叫びを上げながら走った。どこに向かうかは考えない。


 走る。とにかく走る。走りまくった。


『自殺したいんだったら、せめて死ぬ気で頑張ったらどうだ?死ぬ気で頑張ってそれでも駄目で自殺したいんだったら好きにしろよ』


 親友の言葉を再び思い出す。だったら自殺する前に死ぬ気で、そう、死ぬ気で走ってやる。


「はああああああああああああっ!うあああああああああああああ!」


 なんだろうか、この開放感は?今、俺は軽くなっている。俺は自由になっている。俺は生きている。


 生きている?


 何てことだ。死ぬ気で走ることで生きていることを実感してしまった。生きることに執着心を持ってしまった。


「ぐえっ!」


 足が縺れ、派手に転げ回る。ふと楽しかった頃の思い出が走馬燈のように駆け巡ってくる。


「うぅ、くそっ、くそぉ…」


 涙が流れてくる。なぜ、死ななければならないんだ?俺はどうして死のうと思ったんだ?


『死ぬ気で頑張ってない奴が命の重みなんて分かるはずがないだろ。だから、平然と自殺したいなんて戯言が出てくるんだよ。結局は死ぬ死ぬ詐欺で終わりってやつだ。馬鹿馬鹿しい』


身体が痛い。寒い。服は何処で脱ぎ捨てた?今何時?此処は何処?俺はどうして此処にいる?


「嫌だ。もう帰りたいよぉ」


 死ぬ死ぬ詐欺で終わって欲しい。もう何もかも嫌だ。嫌だ。嫌だ。


「うわああああああああああああああああああああっ!」


 声が、涙が、涸れるまで泣いた。とにかく泣いた。
















「とにかく歩こう」


 不思議と何も恐くなくなっていた。もう失うものはこの身一つのみ。何も囚われることは無い。だったら気ままにやり、気ままに死ぬだけだ。ふと笑いがこみ上がる。生きるか死ぬかの状況で何故笑えてしまったのだろうか?


「そうか」


 これが死ぬ気でやるということなのか。


 恥も外聞も今更無い。普段やらないような馬鹿なことをここまでやったんだ。だったら、まだまだ生きて馬鹿なことができるんじゃないのか。


『とにかく好きに気ままにやれや。感謝されまくる人生も良し。迷惑かけまくる人生も良し。世界に自分の居場所が無くなるまで派手に暴れてみせろよ。そうすれば、自殺なんかしなくてもイエス・キリストやガンジーみたく殺されるだろうよ。もっともお前の場合、ヒトラーのように迷惑かけまくった挙げ句に自殺するオチかもな。けけけけけっ』


 さすがにヒトラーは勘弁だが、好き勝手やって迷惑かけて生きるのも悪くない。樹海で全裸になって全速力で走り回り、遭難中の俺。少なくとも家族には十二分に迷惑かけること間違い無いだろう。けど、仕方ないよな。


「俺は生きているからな」


 生きて樹海から出られるかは分からない。死ぬかもしれない。けど、恐れることはない。なぜならば死ぬ気でがんばる意味を知ったから。


『死ぬ気でがんばれや』


「ああ、やってやるさ」


 俺は再び歩き出す。

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