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#008 春ちゃんと呼びたい

玄関で縮こまって膝に顔を埋めた。


虚しい気持ちでいいっぱいだった。いつも、こんな意味不明な断り方をして、相手を遠ざけてきた。その人達の記憶には私は珍妙でふざけた女という記憶しか残っていないだろう。私もこんな断り方したくない。素直に、貴方を傷付けたくないから遠ざけると言いたい。でも、どうしてか前に立つと素直になれず相手を傷つける言葉を言うのだ。


「やんなっちゃうな」


――――――――☆彡――――――――


セーラー服に身を包んだ春は今日も早い時間に学校に登校していた。なぜかと言うと、教室で彼女を待つ人がいたからだ。春を待つ生徒の名前は橋本武(ハシモトタケル)と言う、メガネを掛けた背の低い男子だ。


静かな廊下をキュッキュッと上履きを鳴らし走って行く。ガラガラと教室の扉を開くと、橋本武が座っていた。


「おはよう。北原さん」

「おはよう!橋本君」


彼は武という名前が似つかしくない、ほっそりと色白な男子だった。だからこそ、彼は春と話しが合ったし趣味も同じだった。友達のいない春の傍には本がたくさんあったし、同じく物静かで運動は大嫌いな橋本にも本が一番の友達だった。


中学三年生の始業式の日、日課のように春は、朝早く登校し自身の教室の窓を全て開けた。すると、朝の早い橋本も教室に登校した。それが二人の出会いだった。たまたま、橋本の右手に持っていた本が春の大好きな作家の本で、三日間色んな本屋を回っても手に入らなかった続編の新刊だったのが二人の縁を結んだ。


「持ってきたよ。『雪降る街』」

「ありがとう。再販しないから古本屋に行っても見つからなかったんだよね」


橋本は、春がスクールバックから取り出した本を嬉しそうに受け取った。少々、少女らしい顔つきの橋本はお礼にと言ってバックから黒糖飴を取り出して春にあげた。


「また黒糖飴だ。本当に、橋本君ておばあちゃんみたいだよ」


春は、はははと笑って黒糖を口にいれた。


「そこは、おじいちゃんだよ」

「ごめんごめん」


冗談を言い合う仲だったし、夏休みは自由研究の宿題の為に、はにわ博物館にも一緒に行くような仲の良い友達だった。二人の間には異性同士がふとした瞬間に感じる恋情は全くなかった。だからこと一番の友達と言えた。でも、それは同級生、先生は勿論、近くにいるクラスメイトも彼らが仲の良い友達だと知る人はいなかった。わざと隠していたわけではないけれど、二人とも授業中は勉学に忠実で休み時間は本を読んでいたから知る人がいないのは当たり前だ。クラスメイトが登校してくる前の30分が彼らの時間である。


「北原さん、そのマフラー買ったの?」

「ううん。最近お母さんが編み物に凝ってて、私も自分で編んでみたんだ。寒くなってきたでしょ?」

「へえ~。上手だね。僕にも編んでよ」

「いいよ!何色がいい?」


橋本はう~んと顎に手をつまんで悩むと「赤!」と答えた。


「オッケー。たぶん冬休み前には渡せると思う」

「来週の金曜から冬休みだけど、そんなに早く編めるものなの?」

「お姉ちゃんとお父さんにも編んであげて慣れたよ」

「そういうものなんだ。楽しみにしてる」


そろそろ、他の生徒が登校してくる時間だ。春は、橋本に借りた本を読むために席に戻ると言って1校時の授業の準備をして本を開いた。



始業式の日、普段より少し遅れて学校についた。前日の大雪で足を取られて学校に来るまで時間が掛かったからだ。


「おはよう」

そう言って3年2組の教室のドアを開くが、いつもの席には橋本の姿はなくスクールバックが無造作に置いてあるだけだった。可笑しいと思い、橋本の席に近づくとスクールバックからは二日酔いの時の伯父さんの口から匂う酒の匂いが染みついていて、バックの表面は所々ハサミで切られたような跡があった。


「なにこれ…」


春は、橋本に悪いと思いながら鞄を開いた。鞄の中には、春が貸していた『雪降る街』だけだった。しかし、その本は破られページによっては黒いシミをふき取ったようなものが見え最後のページまでさらりとめくると真っ白な封筒が落ちた。


それを拾い上げて中のものを取り出すと。


『北原春さんへ』と文頭に橋本の綺麗な字で書かれている手紙が出てきた。



『北原春さんへ。


 春ちゃん。

 初めて名前で呼びます。本当は、ずっと名前で呼びたかったけど僕は意気地なしですね。

 春ちゃんは唯一僕にだけ悩みを言ってくれたね。不幸体質で、近くにいる人を傷つけるって。

 でも、僕は言ってくれた時嬉しかったんだ。

 だって、僕、春ちゃんが僕を認識し始める前から好きだったから。僕ね、春ちゃんが1年生の事から

 朝早く登校して一人で本読んでるの知ってたんだ。本当は、話しかけて一緒に色んな話ししてみたかっ  た。でも、春ちゃんの噂も知ってたから怖かった。春ちゃんと仲良くなると死神がやって来るって他の女 子が言ってたの知ってたんだ。でも、3年の始業式の日に春ちゃんが話しかけてくれて僕は怖さより、嬉 しさの方が勝ってて、仲良くなるにつれてもっと一緒にいたくなって夏休み博物館に誘ったのも自由研究 っていう名目だけど僕の中ではデートだったんだ。僕さ、春ちゃんの事凄く好きだったんだ。でもさ、も う無理かもしれない。辛いんだ僕。残酷だよね。僕、家族がこうなったのを心のどこかで春ちゃんのせい にしているんだ。弱い僕を許してほしい。終業式の日になったらマフラー貰えるのに、僕そこまで待てな い。春ちゃんのせいだって言い訳してごめん。

 

 橋本武より』


春は、手紙を最後まで読んで自分のバックから赤い色でボンボンのついたマフラーを持ってどこにいるか分からない彼を探して走り出した。


通りすがりの先生に、廊下を走るなと言われても階段を上ったり下りたりを繰り返し、最後にグラウンドに出て彼の姿を探した。上履きは雪に埋もれて段々と灰色に色を変えて冷たさが足に伝わった。


「橋本君!!!どこ!」


彼を探して、春は後門の方に回って、鶏小屋の前でもう一度彼の名前を叫んだ。


「どこ!出てきて!どこにいるの?!」

「北原さん…」


それは、春の頭上から聞こえた。3階建ての校舎のそのまた上から。鍵が開かっていて出入りのできない屋上のフェンスを越えて立っている橋本が遠くにいる春を見下ろしている。


「橋本君!!どうしてそこにいるの!?危ないよ!」

「ごめん。北原さん」

「意味わかんないよ!ねえ、私が死神を引き寄せるなら、私、橋本君に話しかけないし、出来るだけ視界に入らないようにするから!お願い危ないから、屋上から降りてきてよ!」

「本当ごめん」

「何で謝るの?!橋本君は悪くないよ!!ほ、ほら、赤いマフラー編んできたからプレゼント!クリスマス誕生日でしょ?ねえ、お願いだから。ごめんね!私こそごめん。本当にごめん。だから、危ない所から降りてきて、おねがいよ…」


橋本はぽたぽたと涙を流して、ただ春を見下ろす。


「お前のせいだ」


そして、橋本は誰の足跡もない雪の積もった裏庭に飛び降りた。真っ赤な血が白いキャンバスに染み込むように広がった。春の叫びは渡り廊下を通って3年の教室に行く担任の耳に届き、段々と集まる教員達。


彼は、亡くなった。私のせいだといい恨んで亡くなった。


橋本武の父親は弟の保証人になり、多額の借金をして身を隠した弟の代わりにお金を払わなければいけなくなり、車の整備工場で務めていた父親が払える金額でもなく酒におぼれ、酒癖の悪かった父親は母親に暴力を振るっていた。そして、そんな母親は段々と精神的負担を感じ病院から薬を貰って生活する。そして、弱った母親に酒瓶を投げつけると運が悪く後頭部に当たり死亡。父親は逃亡し、その様子を見ていた橋本は耐えきれず夜の学校に逃げ込んだ。そして、自殺。後日、逃亡した父親は捕まり泣きながら全てを認め、息子と妻の遺体を同時に目にして、泣き崩れた。


朝の早い二人はすでに家を出ていたが、その日は前日の大雪で学校は休校するということを連絡網で回していた。幸い、橋本の自殺を多くの生徒に見られなかった事は良かったと先生たちが話していたが春には残酷なシーンだけが頭の中を駆け回っていた。


警察に目撃者として事情聴取を受ける際、橋本が春宛に書いた手紙はポケットに突っ込んで見せる事はしなかった。春もただの中学三年生で自分がこれを見せたら捕まってしまうんではないかと思ったからだ。


春の心の中に重たい重りがまた積み重なった。


それからの春は、友達を作らず一人でいる事を選んだ。


―――――――――☆彡―――――――――


「あの時燃やしておけば良かった」


春は、橋本から貰った手紙を捨てる事も出来ず、寂しさで誰かを頼りたくなったとき、この手紙を読み返して罪の意識を思い出して無情に戻るのだ。


もう、繰り返したくないのだ。橋本君も両親も姉も、失って、その上にまた関係のない者を自分のせいで失いたくない。


「寂しいなんて私にはおこがましいよね」


橋本からの手紙を日記の最後のページに挟んで閉じた。


「ごめん」


 

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