#004 ずっこけ奇行
どうしたものかと北原春は思っている。あれから面接を三か所受けたが何処も春を必要としていなかった。そして、この運の悪さは筋金入りだ。
やけになった春は深夜のコンビニへ缶ビールを買いに出かけたが、コンビニを出るころになると雨が降り出し、少し行った所で土砂降りに変わった。
「なんなんだ!!」
既にびしょ濡れになったが、とろとろと歩いていては体が冷えて風邪を引いてしまうため走り出した。しかし、夏の暑さで溶けたセメントはもっこりと変形し春の足を引っかけた。
ばしゃりと派手に転んだ春だが、数年ぶりにこんなに大げさに転んだせいか可笑しくて、転んだ痛みより面白さが込みあがって、そのまま大笑いした。
深夜の誰もいない横断歩道の前で大雨の中、大笑いする春に注意する人は誰もいない。だったら、思いっきり笑ってやろうとお腹を抱えて笑い続ける。目に涙がにじむ程可笑しくて笑っていると、虚しさが段々と支配し始めた。
「大丈夫ですか?」
誰も、いないと思ったが奇行の春に声をかけた男がいた。
目を隠していた腕をどけると、春を見下ろす顔見知りの男が一人、傘を春の方に傾けた。出来るなら二度と会いたくはなかったが春の不幸は筋金入りだ。
「お久しぶりです・・・」
神田優はそうですねと答えると、立ち上がろうとする春に手を貸した。
「こんな所で何してるんですか?」
「それ、そのままお返しします」
(こんな深夜にあんたはどうしてここにいるんのよ!?)
2回も羞恥を見られたら、もうそこには恥ずかしさはなかった。
「コンビニスイーツの新作を探しに何件かコンビニを回ったところです」
「はあ・・・」
(この図体のデカい男がスイーツってミスマッチすぎるでしょ)
春は、曖昧に言うと、それじゃあと答えて歩き出そうとしたが、足首に激痛が走った。
「いっ・・・つぁ」
「派手に転びましたよね。俺で良ければ送ります」
(転んだとこから見てんなら最初から助けろや!!)
笑いこけている自分の姿を見ていないで話しかけて欲しかったが、男の立場からしたら大雨の中笑いながらじたばたする女に声をかけるのは勇気がいることだろう。
「いいえ、結構です。大丈夫です。はい」
春の腕を掴んでいた男の手をほどいて左足を踏み出したが、また痛いと言いながら座り込んでしまった。年々、若い頃とは違い体の柔軟性と筋力の衰えを感じるが、ここまで来ると本気でジムに通うべきか悩みだす。
「遠慮しないでください」
(遠慮とかじゃないんだってば!!)
男は、少し考えると雨に濡れるのも構わず、傘を畳み、春の腕を自身の肩に回した。
「家はどっち方面ですか?」
春は黙って指をさして道を示した。
ここで背中向けられたら引いたところだが流石、優男。交流のない女性にはこれ位の介抱がむしろ安心だ。何かあったら股蹴って逃げられる。しかし、今まで会ってきた男とは違うのは前々から思っていた事だ。濡れるのも構わず、一度助けただけの女の為にこんな事をするのはやはりヤサ男だ。
(騙されん。チャラ男もとい、ヤサ男め!)
信号を渡り、まっすぐ進むと公園が見える。そこを右に曲がると春のアパートがある。木造建てのアパートは1981年に始まった新耐震基準前に建てられたもので強風が吹けばギシギシと音を立てる。大地震が来なくてもつぶれそうなものだが、何しろ家賃が安いので二週間後にもう一度契約更新するつもりだ。
ポケットから鍵を出し家の扉に差し込み、じりじりと熱を帯び始めた足首と膝には構わずドアを開けた。
「お邪魔します」
家の前でお別れしようと思っていた春だが別れの挨拶を言う前に男の方が早く行動に移した。春の歩くペースに合わせて玄関を跨ぐと、神田は春を座らせた。
「ありがとうございます」
「どういたしまして。それじゃあ俺は失礼します」
「あの!」
春は、とっさに神田を呼び止めた。
「そのまま帰っては風邪引きます。せめて、拭いて行って下さい。ちょって待ってて」
春は痛い足になるべく負担を掛けずに立ち上がると玄関のすぐ右にあるお風呂場からタオルを取り、神田に渡した。
「どうぞ」
「あ、これはどうも」
男は、濡れた顔と髪をわさわさと拭いた。
「すみませんでした。二回も助けて貰ったのに・・・」
(・・・奇行を見せちゃって)
「困ったらお互いさまです。それにしても、引っ越すんですか?」
「えっ?」
神田はすぐ先に見える春の積み重なった段ボール箱を見て言った。
「あ~いいえ。違います。恥ずかしいんですけど、仕事が忙しくてずっと片づけられなかったんです。引っ越す余裕もないですよ。この歳じゃあ、次の仕事探すにも苦労しますね」
最後の方は自問自答だったが、神田はそこから全て悟ったようだ。
「仕事・・・」
神田は聞きたそうな顔をしていたので、恩人に一つくらい隠し事を言ってもいいだろうと思いこう言った。
「ええと…神田さんが助けてくれた日、会社に行ったんですけど運が悪かったみたいで一日にして無職になった次第です。もともと、人員削減は前々から予定していたものだったんですけど、まさか自分がなるなんて思わないじゃないですか。タイミングって本当、大事ですよね」
神田はほーと言い暫く考え込むと、春の肩に片手を置き真剣な顔をした。
「北原さん。うちの店で働きませんか?」
「はい?」
「まだ、開店準備中ですが、準備の段階からお手伝いしてくれる人を募集していたところです」
「はあ・・・その、どんな仕事か伺っても?」
「子供向けのお菓子を販売する店です。あーー・・・でも、その。」
神田がいきなり口ごもるせいでイラッとした春は、少し冷たい口調で答える。
「なんですか?」
「その・・・。オーナーが職員を選り好みするタイプでして、まずは面接を受けていただかなければいけないかと」
「そうですか」
(なんだ、そんなことか)
今までの、会社と変わらないと思った。会社は自社の方針と色にあった人材を求めるのは当たり前で、利益を生むにはそうしなければならない。
「よろしくお願いします」
春は、お辞儀をすると神田は言葉をつづけた。
「では、細かい事は追って連絡しますので」
そう言って、神田は急いで帰って行った。