8話
試験当日まで、アユミは鍛練を欠かさなかった。
さすがに二週間で体付きが変わるわけではないが、アユミから言わせると体力と根性が付いたらしい。
汚れを知らない純粋な奴。
教養が深まるにつれて、こいつの純粋さは変わらない。
だからこそ真っ直ぐで、心が強かった。
………ここだけは正直、負けてしまうかもしれない。
屋敷の庭に向かい合う…アユミと十萌。
いつもなら黒いスーツでド派手な柄のネクタイの彼だが、
何故か今日は白いスーツに赤いネクタイだった。
「昔の名残かなぁ、主人に決闘相手の返り血を見せて勝利の証拠にするのよん」
軽くウインクしてみせる十萌。
たぶん嘘だろう、信じたくもない。
「よ、宜しくお願いします!」
十萌の言葉に気合いが入ったのか、アユミの顔が強ばる。
「大丈夫よ〜!
アタシはあーちゃんのこと好きだから昏睡状態くらいに留めるわ」
全然大丈夫じゃねぇ。
心配だが、試験は……始まった。
「では、はじめっ!」
合図の声と共に二人は動く。
あれほどにやにやしていた十萌だが、戦いの最中には一切笑わない。
冷酷な視線、容赦無い白刃。
別人のようだ。
それに対するアユミは苦戦している。
年も離れているが、それ以前に実力も体力も経験もレベルが違う。だがそれでも食い付いているのは、彼の思いだ。
「アユミ……!」
俺は見ているだけ。
手を出せない。拳を握り締めて立ち尽くす。
――アユミを信じよう。
実は昨晩、アユミに内緒で…父に会いに行ったのだ。
無論、明日に控えた十萌との決闘を止めさせるために。
何十年か久しぶりに会った父は、どこか小さく見えた。
しかし雰囲気は変わらない…息子である俺を一度も見ない。
『私の執事は私で決めます。
十萌を使って判断されなくても、彼は信用するに足りる人物です』
父の書斎は薄暗く、机に向かう背が俺をうかがう様子は一切ない。
それでも怯むわけにはいかなかった。
『だからお願いします…!
明日の決闘を取り止めてください!』
頭を下げる。生まれて初めて、父にお願いした。
「………下がれ」
だが父が了承する事はなかった。父の言葉に控えていた執事が動いて、俺はすぐ摘み出された。
それが父と交わした久々の会話。
――ここから出来る事はない。
俺は信じるしか……信じてやる事が出来ることだ。
「アユミ!さっさと終わらせて早くお前の茶を飲ませろ!」
俺の声かけに、アユミは苦笑する。
「…かしこまりました」
斬撃が激しくなる。
力で勝てないアユミは、身の軽さを生かして十萌を翻弄する。
一瞬の隙を突き、彼の首もとに刃を向けた。
しかしそこは十萌…ネクタイだけを斬り落とさせるだけに留める。
「………残念でした。
まだまだアタシを押し倒すにはテクニックが足りないわねん」
笑う。
その笑った目は…背筋に悪寒が走る程に冷たかった。
アユミも圧されたのか、足が止まる。
その瞬間を十萌が捕り逃す事はなかった。
「ごめんね、あーちゃん」
ぞくりと感じる殺気。
アユミは剣を振った後なので、予想される斬撃は防げない。
アユミが……やられる。
「止めろ!十萌!!」
俺の声に
ぴたり、と十萌の刃が止まる。
アユミの鼻上に刻まれた傷から血が滲む。
「あーちゃんの顔に傷を付けるのには反対だったんだけどねぇ。
天ちゃん、怒ると怖いから」
思わず駆け寄る。
庇うように。
「これ以上俺の執事に傷を付けるのは、主人が許さん!」
「アキラ様…」
人の為に足が動くなんて、生涯ないと思っていた。
でも、失いたくなくて。
「んふ、坊っちゃんたら可愛い」
アユミに寄り添う俺を見て笑う。
「執事には、主人の信頼が不可欠なの。
だからあーちゃんは……
とっくのとーに合格してんのよ」
「「………え?」」
呆然とする俺たちを見て、十萌はいやらしく笑った。




