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5話

アユミには舌を巻いた。

あれから三日と経っていないのに、教養必須項目である由良戸家の歴史を暗記していた。

十冊にわたる長い歴史を二日で。


それだけではない。


一週間後には執事作法をマスターし、残す所は由良戸式基本剣術の最後の型…『七の突き』だけだ。


「よく…この短期間で」


汗だくで笑っているアユミ。

もうへたりこむこともない。

同時に基礎体力の強化もできているようだ。


「学びながら体を鍛え、鍛えながら学んだんですよ。

松方さんが…最後の日に、教えてくれたんです」


あれから松方は屋敷からいなくなった。

さよならの挨拶もしていない。

本当にあの朝食が最後の仕事だったのだ。


松方は東の方にある故郷に帰ったらしいが、詳しくは誰も教えてくれなかった。


「早く型を覚えて、実戦で使えるようにしないと十萌さんに勝てませんね」


「…そうだな」


辛うじて笑顔を返した。

だが俺は最近思う――アユミが頑張っているのに、俺自身は…何もしなくていいのか…?


「……あ、アキラ様。

教育係の神山さんがもうすぐ来られる時間です。

シャワーの準備を致しますので、部屋でお待ちください」


タオルを首に巻いて、廊下を走る。

細い手足なのは変わらない。

決して体格がいいとは言えない…それでもアユミは心が強かった。


「まるで女の子みたいねぇ」


「…全くだ、あれで十萌に勝てるかどうか…」







振り返る。



「やっほぉ、アキラ坊っちゃん。

アタシのコト覚えてるぅ?」


見覚えのある、ピンクの短髪。

見覚えのある、一重の目。

見覚えのある、華奢な身体。

見覚えのある………男。


「な、んで…ここに……」


仰け反る俺に、にじり寄ってくる。

背は高くすらっとした手足なのに、黒いスーツがまるで似合わない。髪がピンクだからだろう。


「なぁにその言い草ー!

再会のキスはぁ?」


ぷうと頬を膨らます仕草が可愛らしい。一見背の高い女性にしか見えないけれど…れっきとした男。


「お前が来るのは一週間後じゃなかったのか………、十萌…」


名前を呼ばれ、にこりと笑った。

顔立ちは燐としている好青年だが、口調は女子。


「別に二週間きっちり待たなくてもいーじゃない。旦那様も気にしてないみたいだし、来ちゃった!

それにアキラ坊っちゃんの屋敷、執事がいなくて大変じゃない?」


十萌はオカマで、そして完璧な執事…なのだ。

忘れられない理由は剣の腕だけではなく、彼の特徴にもあった。

俺は気を取り直し、いつもの平常心になる。


「父様にはいずれ申し出るつもりだが、代わりの執事はいらない。俺一人の為に、父様の執事を貸し出さなくて結構だ」


「あの可愛い使用人ちゃんがいるから?

ちょこっと挨拶しよっかなぁ…。氷のアキラくんがご執心になる彼が気になるし、後は個人的に!」


走りだそうとする十萌の腕を掴む。


「何しに来たと聞いているんだ」


にこりと首を傾げて笑う十萌。

この笑顔に…騙されてはいけない。

頭の悪そうな言動、思い付きで生きているような振る舞いだが、

この男はかなり……頭もきれる。


「そぉねー、てんちゃんからの言葉をありのまま言っちゃうとー

…素性も定かでないあの使用人ちゃんがアキラ坊っちゃんに適してるかどうか……

チェックしに来たのよん」


ウインクする十萌に、俺は背筋が凍った。

つまり彼、否…家令バトラーの天野はこう言っているのだ。


アユミの素性次第では、執事どころではなく…


この屋敷からも追い出す、と。





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