2話
「え、アキラ様もご指導してくださるんですか?」
アフタヌーンティーを運んできたアユミに、事の次第を伝えるとひどく驚いていた。
そりゃそうだ。
普通、使用人の教育に主人は直接関わらず主人直属の執事が代行する。
かつ、今での使用人に対してこれほど俺自身介入したことはない。
「俺の執事になるんだろ?
だったらその監督をするのは当然だろう。
全て指導するわけではない、剣術だけだ。
暇な時だけな」
「でも、僕…剣術もまだ始めたばかりなので、きっと見るに堪えませんよ…?」
弱々しく声を細める。
そんなアユミに俺は厳しく返した。
「ふん、由良戸家次期主の執事がそんな態度でどうする。
まずは教養、作法、そしてこの俺が直々に教える剣術…この三つは最低限極めろ」
「け、剣術もですか?」
ため息を吐いてみせる。
びくりとアユミの肩が震えた。
「当たり前だ。
我が由良戸家先代は、当時の王家を剣でお守りした功績を讃えられ、伯爵位を賜ったのだ。
その史実に恥じぬよう、由良戸家当主はもちろん、その末子や家令や執事に至るまで我が剣術を極めるのは当然のこと」
脳髄まで叩き込まれたその言葉。
それをこうしてアユミに伝えている自分に苦笑してしまう。
剣術は嫌いではない。
嫌いだったのは、俺にその言葉を浴びせ続けた父。
厳しい人で、五歳を迎えてから俺を一切子供扱いせず、教育に妥協しなかった。
そして…十三になってからは、一度も会いに来ない。
―――だから、…嫌いだ。
「アキラ様ってもっと怖い方だと思ってました」
アユミは空になったカップに紅茶を注ぎながら言う。
「怖いのではなく、強い方だったんですね」
少し笑う回数が増えた気がする。それはたぶん、こいつにつられているからだ。
にこにこと穏やかに笑うから、俺も優しい気分になる。
「おだてても容赦はしないぞ」
くすぐったくて、わざと冷たく言う。
慌てたように手を挙げるアユミ。
「そ、そんなつもりで言ったのではありません!」
「どうだかな。
まぁ…俺は剣術に関しては一切手を抜かないから、覚悟しておけ」
暖かな日差しの下、いつもより甘い紅茶を口に含みながら笑った。
午後、俺の教育係が帰った後、すぐさま部屋に戻る。
「あ、アキラ様」
アユミが部屋の前に立っていた。
手には分厚い本――おそらく教養の課題本だろう。
俺も見たことある背表紙だ。
「松方は一緒じゃないのか」
「はい、松方さんは夕食の準備をされてます。
夕食まで僕の稽古にお付き合いいただけるなんて有難いです」
「ふん、腹を減らすのに都合がいいからな」
稽古場に連れていき、そこで一時間みっちり型を叩き込む。
誰かと練習することは初めてだった。
いつも広い稽古場に一人。
父といる時は二人だが、父が来なくなってからはずっと一人だ。
アユミを教えていると不思議な感じがする。
まるで父の目線を追っているような気がした。
「それは――なにかの踊りか?」
疲れからか、ぱたりと腰を落とすアユミ。
俺は額を抑える。型は間違ってないのだが、形がなってない。
剣術ではなく踊りのようだった。まず刀の持ち方が間違っている。
……先が長くなりそうだ。
素人だとしても彼自身が剣術に向いていない気がする。
投げ出したくなる気持ちをぐっと堪える。
…これくらいでへこたれて当主が勤まるものか。
「……覚悟しておけよ…」
俺のため息に、アユミは蚊の鳴くような声で返事をする。
メイドの一人が俺を呼ぶ頃には、俺も汗が浮かんできていた。
アユミは死んだ蛙のようにひっくり返って倒れている。初日にしてはハードだったのだろう。
「先に風呂に入る。
お前、そこの蛙も連れていけ。
おそらく一人では歩けまい」
「だ、大丈夫です…。
田島さん、ありがとうございます…」
見るとアユミはゆるりと体を起こしていた。
メイドはそれでも心配そうに支えている。
「アユミ、お前も先に風呂に入れ。そのままで俺の食事に顔を出すなよ」
辛そうに礼を言うアユミ。俺の言葉に驚いているのはメイドだった。
たいてい使用人やメイドが風呂に入るのは、主人より後。
それを許すのは特別だったし、俺が使用人に対して優しく接している所を見たのは初めてだったのだろう。
悪い気はしない。
なによりあいつの笑い顔は嫌いじゃないから。




