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1話

「新しく仕えさせていただく、アユミでございます。

以後お見知り置きを…」


本当の第一印象は覚えていない。

うちに来る使用人の顔などいちいち覚えていられない。

彼らを束ねる執事の松方まつかた以外の奴らなど名前も知らなかった。


だから部屋へ挨拶に来た使用人に、俺はいつものように軽く頷くだけ。その使用人のことなど見もしなかった。


ちゃんと顔を見たのは翌日の朝だ。


「アキラ様、おはようございます。

あ…あの、モーニングティーをお持ちしました!」


目が覚めると、紅茶を載せたワゴンがあった。

松方じゃない、知らない声で目が覚める。


「……誰だテメェ」


女のように弱々しい男だった。

華奢というより小さい。あまり日焼けてない肌に黒髪。

声こそ男だが、線の細い声。


…知らない奴。

体を起こすが、まだ頭はぼんやりする。


「…朝のお茶給仕は松方の仕事だろ」


「あ、松方さんは朝食の準備をなさっています。

今日から僕がお茶をお運びすることになったんですよ」


目をこする。

…手は男だった。男装しているわけではないようだ。


「新しい使用人か?」


「はい、先日よりアキラ様のお世話を任されました。アユミと申します」


柔らかく笑う。

その使用人はどう見ても、十八の俺と同い年くらいだった。


がくはまだなさそうだな」


「あ、はい…いま松方さんに教わってるんです。

この由良戸ゆらと家に仕えるなら最低限の教養が大切です、って」


どうぞ、とカップを差し出す。

お茶の入れ方は慣れている。

だが言葉使いがたどたどしい。


俺と同い年の使用人は初めてだな…とそいつをじっと見た。

首を傾げて笑っている顔が、なんとも無防備。

世の中の汚い事を知らないような。


「よし、名前を覚えてやる。

名乗っていいぞ」


「…アユミ、です。アキラ様」


幼い体躯、小さな肩、細い手足。


……弱そう。


それが、アユミの第一印象だった。


考えてみれば、俺の屋敷で名前を知っているのは松方とアユミだけだ。

両親はそれぞれ外国を飛び回っていて、俺の屋敷には年に一度立ち寄るかどうか。

他に自分たちの屋敷があるから、俺の屋敷になかなか来ないのだ。


「その年で使用人になるなんて珍しいな」


俺がカップを戻すと、苦笑しながら小さく肩をすくめる。


「松方さんにも言われました。

でも僕はこれしかできないので」


これ、とポットを指差す。

もともとお茶が好きだという。

確かに力仕事には向いてない身体だ。給仕の方が向いているだろう。


「執事も力仕事だと松方さんは仰いますので、これからご期待に沿えるよう頑張ります。

…ではアキラ様、お着替えを手伝います」


「……いや、松方を呼べ」


少し驚いた顔をするアユミ。

俺は気にしないふりをして、続けた。


「…俺のことは松方から聞いているだろ。

早く呼びに行け」


「…はい」


戸惑った顔を見せたものの、アユミは軽く頭を下げてワゴンを押していった。

ほどなくして松方はすぐに部屋にやってくる。


ドアに鍵をかけたのを確認して、俺はベッドに腰掛けた。


「お待たせいたしました、坊っちゃん」


手際よく身仕度を整えていく。

ネクタイピンを留め、ジャケットを羽織らせる。


「松方、あの新しい使用人を教えてるのか?」


僭越せんえつながら。

アユミ君はいずれ坊っちゃんの執事になってもらう為に頑張ってもらっています。

…私ももう歳ですから」


俺の寝具を手に取り、時計を確認している。

松方は確かに若くない。もう六十近い。


「いずれアユミ君に身仕度を任せねばなりませんね」


「…俺の許可なく辞めるなよ」


「私の主人は旦那様です。

旦那様がお決めになれば、仕方のないことです。

ご理解下さいませ、坊っちゃん」


ふん、と鼻を鳴らす。

松方は俺の親代わり。理屈では分かるが、離れるのは嫌だ。


「まだお世話させていただきますので、ご安心ください。

アユミ君の教育もありますし」


松方は俺の横に立って優しく笑う。

綺麗に整えられた白髪、灰色のジャケット。

いつもの姿が消えてしまうなんて、寂しかった。

……ふと、考えがよぎる。


「松方、さっきアユミは俺の執事にすると言っていたな」


頷き、ふと松方は小さく笑う。

俺の考えていることに気付いたようだ。


「……あまりいじめないようになさってくださいね」


「努力する」


俺の言葉に、松方は苦笑した。



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