緋色のサクラ
桜の木の下には、死体が埋められているという
だけど、私は知っている
桜の下には、死体が埋められているのではない
桜の木の下には
お父さんが埋められているのだ
我が家の桜は、赤い花弁だ。
ピンクでもなく、白くもない。
誰が見ても赤いと言える、赤だ。
特に赤い種類というわけでもなく、そこらへんでよく見かけるような桜だ。
同じ種類の木には、白っぽい、薄いピンクの花が咲く。
なのに、我が家の桜だけ、赤い。
近所の人は、土のせいだと言う。
だけど、お母さんは笑っているだけで何も言わない。
我が家には、お父さんはいない。
母子家庭、というやつだ。
小さい頃から、お母さんと二人きりだが、特に気にしていない。
別に恥じることではないし、女手一つで育ててくれたお母さんに感謝しているくらいだ。
それでも、不思議に思ったことがないわけではなかった。
小学校の頃、聞いたことがある。
「お父さんはどこへ行ったの?」と。
お母さんは優しく笑って。
「お父さんは、庭の、桜の、木の下にいるのよ」
そう答えた。
今でも覚えている。
私は、その夜、夢を見た。
私は、桜の木の近くに立っていた。
木の根元には、土から白いモノが見えていた。
少し、手で掘ると。
右手と、頭の骨が出てきた。
「お父さん」
「なんだい」
カクカクと顎が動いて、少しかすれた声がした。
見上げた桜は満開で。
赤い、真っ赤な花弁が。
ひらひらと、私の頭や、体や、地面に舞い降りた。
起きた私は、まだ、花も葉もない桜の根元を掘った。
白いモノが見えたので。
私はまた、元のようにその白いモノを、根元に埋めた。
私は襖の隙間から、部屋を覗いていた
襖の向こうには、お父さんとお母さんがいた
お父さんが、お母さんに言った
「俺を、桜の木の下に埋めてくれ」
お母さんは、お父さんに何も聞かずに
ただ、「はい、あなた」とだけ、笑って答えた
その笑顔は、幼い私から見ても、とてもとても綺麗だった
美しくて、魅力的で、恐ろしくて、凄絶で、静かで
そして、目が離せなくなるほど
惹きつけられるナニカだった
お父さんは、フッと小さく笑って、前に倒れた
もう、死んでいた
お母さんは、倒れたお父さんを見て
静かに、涙を一粒、流した
そして
お父さんを、庭の桜の、木の下に埋めた
私は、今日、生まれてから二十年間過ごしたこの家を出る。
この広い家には。
お母さんと、赤い桜が残される。
昨夜見た夢は、幼い頃の記憶か。それとも、私の空想なのか。
冬の空を、ふと見上げると。
緋い花弁が、宙を舞ったような気がした。