第三話
食事との奮闘に、何とか勝利(?)したリシェアオーガは、テーブルに突っ伏していた。
当分、食事は要らなくなりそうな量を口にし、彼はぐったりしていたのだ。
その頭を左横に座っていたアルフェルトが、良くやったなと労いの意味で、ポンポンと軽く叩く。
この子供扱いされてる感は、向こうの世界の住民達を思い出して、嬉しかった。
と同時に、どんな胃袋の構造をしているのかと、疑うような輩と一緒にいる事は、こんなにも大変なのかと彼は思う。
「大丈夫ですか?動けますか?」
フェリスの気遣いに、もう少し、休憩させて欲しいと告げる。
流石に食べ過ぎだった。
そんな折、体の中で起きている異常──自らの力が行き場を無くし、渦巻く様な違和感──を感じた。
如何にかしないと、とリシェアオーガは思い、ふらりと立ち上がった。頼りない足取りで、外に向かう彼を、慌ててアルフェルトとフェリスが支えた。
「無理するなよ。」
耳元で聞こえる、アルフェルト声に、リシェアオーガは返答した。
「少し腹熟ししてくる…。心配ないから。」
弱々しい声で言われても、説得力は無く、結局4人で外に出る事になった。
宿の裏側にある馬小屋を過ぎ、ちょっとした庭に彼等は着いた。
そこにある大きな木の傍に、リシェアオーガだけが座り込んだ。木に背を預け、溜息を一つ吐く。
力の素となる食物の過剰摂取は、リシェアオーガの体の中で力の異常蓄積を促し、力の暴走を起こしつつあった。それを止めるが故の、力の放出……この為に、彼は木へ寄り添ったのだ。
本来の力を出す訳にはいかず、それを変化させて放出する…自らの体に流れる二つの血筋・光と大地、その中で今の時間、気付かれずに使用可能なのは大地の力…。
その力を今寄り添っている木へ、預けようとしていた。
ゆっくりと目を閉じ、内なる本来の力を、大地のそれに変化させる…。
滅多に遣らない事なので、少々時間が掛った。
然も、周りにいる者に悟られない様、行動を起こすのは至難の業でもあった。
まあ、当然、フェリスには気付かれていたが…。
「…何をするかと思えば、こんな所で寝るなよ。」
暫くして聞こえたアルフェルトの声に、オーガは目を開けた。
眠っていた訳では無かったので、直ぐに返答が出てくる。
「眠っていない。精神統一をしてただけだ!!
あんな量、食べたのは初めてだから、こうでもしなけりゃ動けるか!」
溜まり過ぎた力を預け終わった第一声が、これとは…リシェアオーガの言い分に、フェリスは苦笑した。上手く演技はしているものの、強気なのは相変わらずと、彼は思った。
この生まれた所とは異なる世界で、全く変わらないこの御方の傍にいられる…その事は、フェリスにとって、何事にも替え難い喜びであった。
「オーガ様。何時までも此処に居ると、風邪を引く心配されますよ。」
そう言いながら、何時の間にか手にしていた外套で、リシェアオーガを包んだ。素直に包まれたリシェアオーガは、アルフェルトとルシェルドに、心配掛けて済まなかったと謝る。
アルフェルトは気にするなと、リシェアオーガの頭を軽く叩き、ルシェルドは微笑みで、それを受け返した。
2人の反応を確認すると、大人しく宿の部屋に戻って行った。
部屋に戻ると、着替えもそこそこで寝台に雪崩れ込む様に、リシェアオーガは横になった。なるべく、ルシェルドとの距離を取って陣取ったそれは、柔かく彼を受け止める。
この様子を見たルシェルドは、苦笑した。
嫌われていると再自覚したのだが、そうで無いとフェリスは反論をする。
「オーガ様は、自らの保身と他からの攻撃に備えて、本能でこの場所を選ばれたのでしょう。
この位置だと、扉と窓からの侵入を防げますから。」
その証拠に、扉と窓の直ぐ近くの寝台で眠っており、リシェアオーガの枕の横には、隠されている筈の剣の柄が少し覗いていた。
流石と、感心するアルフェルトと、驚くルシェルド。
普段から、その様な状況下に置かれている事を示すそれは、不憫な環境にいる事を、ルシェルド達に印象付けたようだ。
それに気付いたフェリスは、今の状況だからこそ、リシェアオーガが、この行動を取っていると教えた。
「普段は、こんな事をされません。周りには、友と呼ばれる方々がいますから、必要もありません。」
「…恵まれていると、思っていいのか?」
「はい。この御方は、戦に身を置く事も御有りですが、そうで無い時は、至って平穏に御暮らしです。」
フェリスの言葉に安堵したルシェルドは、眠っているリシェアオーガの方に目を向けた。
安らかなその寝顔は、誰にも犯しがたい雰囲気をも持っていた。無邪気な寝顔だな~と、感心するアルフェルトと、それに同意して頷くフェリス。
「私達も、そろそろ眠らないといけませんね。 アルフェルト、ルシェルド様、御休みなさいませ。」
フェリスの言葉をきっかけに、一行は眠りについた。
こうして、旅の一日目は、終わりを告げたのだった。
──翌日──
身支度を整えた一行は、朝食を摂りに1階に下りて行った。
「お茶だけでいい、他は要らない。」
そう、注文するリシェアオーガに、女将は何か言いかけたが、アルフェルトが援護をした。
「夕べ、食べ過ぎたらしいから、こいつには、レンスパン1個とお茶だけでいいよ。
後はいつもの奴で。」
アルフェルトの助け舟で出されたそれは、リシェアオーガにとっても嬉しい量であった。流石に昨日の様な量が出たら、堪った物ではなかったからだ。
「それだけでいいのか?」
「十分です。寧ろ、多い位です。」
ルシェルドに問われ、言葉使いに気を付けながら、リシェアオーガは答えた。そんなに少なくて良いのかという、ルシェルドとアルフェルトの呟きが聞こえたが、彼は無視する事に決めた。
何せ夕べは、本当に食べ過ぎたのだから…。
昨日食べた、マニフより少し小さめのパンが一個、目の前に来た。クロワッサンに似たレンスパンは、ほんのりとチーズの風味があり、柔らかで食べ易かった。
パンを食べ切ったリシェアオーガは、お茶を楽しみながら、他の3人の食事風景を観察していた。
左横にいるフェリスは、同じレンスパンが2個と、サラダ、スクランブルエッグみたいな物が出されていた。(※この世界とリシェアオーガの世界では、神官でも肉食可である。)
恐らくこれが、普通の1人分の量と思われた。
後の二人の量…特にアルフェルトに関しては、その倍位はあった。然も朝から、香草焼きの肉を薄切りされた物が付いている。
”朝から、ガッツリ食べる事”が彼の身上と、先程、フェリスから聞いた。
人間は食物のみで、体と力を維持している…その事は、右横のアルフェルトを見て、再度納得した。
自分の世界でも、何度も確認していた事だったが、流石に、これだけの量を朝から食す人間も珍しかった。
リシェアオーガの視線に気付いたアルフェルトが、何?と疑問を浮かべた目を向けてきた。
「いや~~、良く食べるな~と、思って。」
「ああ、食べれる時に食べとかなきゃ、いざという時に動けないからね。」
返ってきた言葉にリシェアオーガは、感心した。剣の腕だけでなく、心構えも騎士・それも、戦を前提にした戦士であったのだから。
『気に入った』とリシェアオーガは、心の中で思った。
向こうの世界でも、これだけの騎士は少ない為、リシェアオーガにとって、こういった者は貴重だった。
後は、もう少し様子を見るか…と、彼は考えた。
事が終わり、今の心境が変わらないのなら、アルフェルトという人間に、ある物を与えよう、そう決意した。
柔らかな微笑みと共に、アルフェルトを見つめるリシェアオーガを、ルシェルドが見ていた。その心には、何か、もやもやするモノが渦巻いていた。
ルシェルドの視線に気付いたリシェアオーガが、彼の方へ目を向ける。不意に合った視線に、ルシェルドは、戸惑いを見せた。
先程と変わって真剣な眼差しは、かの神の心を見透かすようであったが、それは憶測でしかなかったようだ。
「ルシェルド様も、良く食べられますが、同じ理由ですか?」
…真剣な眼差しで、問う事か…と思いつつ、ルシェルドは返答した。
「特に理由はない。只、味覚はある故、出された物は完食するのが、礼儀とは思っている。」
それでも、この量を完食出来るのは凄いとリシェアオーガは思ったが、敢えて口には出さなかった。この2人を見ていると、胸焼けしそうになったからだ。
取り敢えず、飲んでいるお茶を味わう事にしたリシェアオーガに、フェリスは追加のお茶を注いでくれた。
昨日のお茶とは別の、紅茶の様なそれは、砂糖や蜜を足して飲むの物だった。
飲み慣れた物と同じ味がするそれは、リシェアオーガに懐かしさを与えた。
『皆は、如何しているだろうか…無事なんだろうか…?何とかして、水鏡で連絡を取れないものか…。』
そう思ったが、水鏡を作るには、綺麗な水を必要とする。然もここに居る、この世界の者に知られず行う事は、最も難しい事でもあった。
ルシェルドとは始終一緒に居なければならない立場であり、アルフェルトは心配性の兄の様に弟を構っている様子で、何時もリシェアオーガの傍にいる。
思案しているリシェアオーガに、気付いたフェリスは、彼に声を掛けた。
「如何されました?オーガ様。」
「…いや…何も言って出なかったから、み…家族が心配してるかなと、思って…。」
「それは…連絡された方が、宜しいですね。」
心配顔のフェリスの返答に、後の二人は顔を顰めていた。
リシェアオーガは、この世界の者では無い。
故に連絡出来る術は無い筈だが、この神官は知っていて、そう答えたのかと。
そうだね、と答えるリシェアオーガもリシェアオーガだったが、そう答えなければ怪しまれると、危惧したのだと彼等は思っていた。
しかし、真相は違った。
フェリスには無い、その術がリシェアオーガにあり、連絡は可能だ事を知っていたのだ。
真に、不思議な御方であった。その事は後々、彼等も知る事となろう。