第一話
今回から、新章に突入します。
長くなるとは思いますが、お付き合いして下さると嬉しいです。
ルシェーネ神殿を出て直ぐの、深い森の道を、彼等は進んだ。村に続く道は、ある程度除雪されていて、道には残雪が殆ど無かった。
しかし、周りの木々に残る雪が、彼等に寒さを与えていた。
「オーガ様、ルシェルド様、フェリス様、寒くはないですか?」
アルフェルトの問い掛けに、それぞれ異なった答えが返ってきた。
「私は着込んでいるので、大丈夫ですよ。」
「…大丈夫だ。」
「元から寒さ、暑さは感じない性質だ。特に何とも無い。」
一番、薄着に見えるリシェアオーガから、何とも無いと返って来て、アルフェルトは驚いた。
着込むと動き辛い事を理由で、あまり着こんでいないと、フェリスから聞いていた為、一番心配していたのだ。
フェリスが無理にでも、着込ませようとしなかったのは、この程度で風邪などを引かないと知っていたから。それでもなるべく、周りが寒く見えない様にとの配慮で、今の服装をさせていた。
頭からスッポリ被る、黒紅色の厚手のケープ状の外套、その下には一応長袖の厚手の中着。上着を着る様に勧めたのだが、断られてしまった。
勿論、手袋等も『手の感覚が無くなるから。』と、着けさせては貰えなかった。
せめて、これは着て欲しいと、強引に着せる事が出来たのが、フード付きの厚手の外套だった。
フードを被れは、傍から寒そうには見えないし、手を出せる場所もある代物だ。
ある程度、動きの制限が無い物だったので、難無く着せられた。
それを着せ終わった時、身支度を手伝ったフェリスは、やっと安心出来た。
それでもアルフェルトには、寒そうに見えたらしい。
「もうすぐ麓の村に着くので、そこで暖と、馬を休める為に、宿を取りますね。」
アルフェルトの提案で、そこまで馬を走らせる事となった。
別段、暖を取る必要の無いリシェアオーガであったが、馬の為に休憩を取る必要はあると判断し、無言で頷いていた。
程なくして、一行は、麓の村・ルーペンゲイドに着いた。
村には殆ど雪がなく、草木は春の装いに彩られていた。
神殿が近くにあるこの村は、一般的な山沿いの村より開けており、店と宿屋も一通り揃っていた。町と名乗っても良い位の規模なのに、何故と、リシェアオーガは疑問に思った。
理由は簡単だった。
神殿に祀られている神が【破壊神】なので、町を名乗るには烏滸がましいと、一般的に思われているのだ。
村人達は、別段気にしていなく、【神】と【大神官】がいる事に誇りを持っている。
それが判ったのは、山の神殿から来たと判る一行に彼等が、暖かい態度で接して来たからだ。
ある者は、神官騎士のアルフェルトとフェリス神官に優しく微笑み、良く来なさったと労いの声を掛け、またある者は、ルシェルドに気が付き、フェリスがリシェアオーガにしていた、あの敬礼を彼に対してしていた。
只、リシェアオーガだけは、未だに顔が見えない位に頭からスッポリと、フードを被ったままだったので、村人から不信がられていた。
それに気が付いた、呆れ顔のアルフェルトと、ルシェルドに注意された。
「…オーガ、フード位、取れよな。」
「もう、ここは麓だ。暑くなるから、フードは外せ。」
言われて、暑さに気が付き、自らフードを外した。
途端、周りから溜息と、何とも言えない眼差しが集まった。如何やら、皆、リシェアオーガの美しさと神々しさに、感嘆の声を上げていたのだ。
…まあ、それは、彼が口を開くまでだったが。
「…確かに暑い。なあ、アル、外套を替えてもいい?」
外見との差が激しい言葉遣いに、ぽかんと、口を開けたままの者がいれば、大爆笑を始める者もいた。
周りの不信感を取り除いたと、確信したアルフェルトは、外套だけで無く他も替えたいと言い出しかねないと思い、宿に着いてからと釘を刺しておいた。
そうしないと、この場で脱ごうとすると思ったからだ。
これだけの人がいる前では、流石のリシェアオーガも、邪魔な外套しか脱がないが…。
取り敢えず、一行は、アルフェルトの馴染の宿に向かった。
修行の時や他の神殿に仕事で向う時、彼が使っている宿は、元は真っ白だったと思われる、煤けた色の外壁の3階建てで、割とこじんまりした作りの所だった。
裏には馬小屋も控え、馬の手入れも行き届いていた。そこに4頭を預け、彼等は宿の中に入る。
2階より上は宿泊施設、1階は食堂と飲み処を兼ねている様で、カウンター席とテーブル席が所狭しと並んでいた。
客は、そこそこいるらしく騒がしかった。
そのカウンター辺りで動き回っている女性達と少年が、新しい客に挨拶をした。それを合図に、奥の厨房に入っていたと思われる女性が出てきた。
恰幅の良い女性がアルフェルトを認めると、嬉しそうな笑顔を浮かべ、いそいそと、彼に向かって来る。
「アルフ坊、よく来たね。」
「女将、久しぶり。」
「今日は、一段と大勢だね。…おや?その方は、神官様かい?」
「フェリスと申します。御世話になります。」
アルフェルトの後から、入って来たフェリスを見つけた女将は、珍しい髪の色だね~と、羨ましがっていた。続いて入って来たリシェアオーガは、アルフェルトの部下だと思われ、最後に入ったルシェルドに気が付くと、跪き、両手を重ね、深々と頭を下げた。
先程、村人達がしていた物だった。
それが神に捧げる最敬礼だと、後でリシェアオーガは知った。
「ようこそ、この宿屋にいらっしゃいました。狭くて汚い処ですが、お寛ぎになって下さい。」
先程とは違った女将の丁寧な態度に、ルシェルドは、畏まらなくても、良いと告げた。
ですが…と続ける女将に、今日は客なのだから、そう扱って欲しいと懇願する。
それならばと、立ち上がった女将の目は、リシェアオーガの外套に付いている、留め具を映した。
目の前のルシェルドの胸元と、それを繰り返し確認して、急に叫んだ。
「おやまあ、あんた、アルフ坊の部下じゃあなくて、聖騎士だったんかい。」
こっくりと、素直に頷くリシェアオーガに、小さいのに偉いのね~と、声を掛けられた。
この3人の中で一番背が低いのは、判っていたが、女将が言っているのは、別の意味だと気が付く。
…年齢が若いと思われたか…まあ、仕方無いなとは思っていた。
若く見られるのは毎度の事なので、全く気にしないリシェアオーガだったが、ここは相槌を打った方が良いだろうと判断する。
あくまでも、今は【普通に】振る舞わなければならないからだ。
「若輩者ながら、此の度、ルシェルド様付きの聖騎士になりました、
リシェアオーガ・ルシム・ファムアリエと申します。以後、宜しく、御願いします。」
初見の時の、アルフェルトがしたお辞儀──手の指を真っ直ぐ伸ばした右手を、左肩の辺りに置き、深々と頭を下げる──を、言葉と共に、見様見真似でする。
「へぇ~、ちゃんとした挨拶の出来るんかい、大したもんだ。
で、さっきの騒ぎの原因は、あんたかい。
姿と言葉使いの差が、激しい騎士が来たって、みんな、騒いでいたよ。」
「当たり。女将の耳にも、入ったんだ。」
アルフェルトが、リシェアオーガの代わりに答え、当たり前だよと女将は返した。
「堅っ苦しい挨拶は、終わりにして、普通に話していいんだよ。」
リシェアオーガに対して、暖かな微笑みと共に告げられたそれは、彼にとって、嬉しい物だった。
何せ、普段使い慣れない物程、厄介なものは無い。
お言葉に甘えての言葉と、微笑みを添えて、返答した。
…やはりここでも、リシェアオーガの微笑みは、効果を発したらしい。
ほうと溜息と共に、大した美人さんだね~と、女将が感心した。だろうと、相槌を打つアルフェルト。
挨拶&話が終わった途端、アルフェルトは、彼女に告げた。
「女将、部屋と何か温かい物…そうだな、香草茶とマニフがいいかな?
部屋は、2人部屋2つか、4人部屋を頼むよ。」
尽かさず注文をする辺り、旅慣れている様だ。
分かったと言うと、女将は部屋の用意を他の者に支持し、彼等に香草茶とマニフを用意した。
テーブルに座った4人の前に、大きめのティーポットとカップが4つと、4つの皿にのせられたマニフと呼ばれる、円形をした菓子が運ばれてきた。
ポットとカップは、透明な石で出来ており、中身が見えるようになっていた。カップに注がれたお茶は、薄紅色で、甘い様でいて爽やかな、何とも言えぬ香りがした。
味も、お茶独特の苦みの中に、ほんのりと甘みを感じる物だった。
マニフは、側がクッキーの様に硬く、中はふわふわの不思議な物で、大きさは細身の成人女性の、握り拳位であった。
甘みも控え気味で、出された香草茶と良く合っている。
「…美味い…。」
「ここのお茶とマニフは、絶品の品だ。他では、これ程の物はないよ。」
初めて口にする菓子と茶に、感嘆の声を上げたリシェアオーガへ、アルフェルトは即答した。かなり、自慢の物だったらしい。
リシェアオーガが、食べ終わったのを見計らって、女将がマニフを追加した。
「もっと、食べなきゃ、大きくなれないよ。」
「オレ…もう、食べられない。」
「甘い物は、嫌いかい?」
「そうじゃあないけど…もう、2つも食べたから、無理、降参!!!」
テーブルに突っ伏して言う、リシェアオーガに、男の子の癖にだらしないね~と、ぼやく女将。
しかし、物は、大人の女性の拳大の大きさ…最初に運んで来られた皿には、既に2個づつ乗っていた。
本当はまだ入る余地はあるのだが、香草茶だけを堪能したいが為に、そう言ったのだ。
フェリスは、その事に気付き、香草茶のお代わりを頼んだ。 笑いつつも、それに応じる女将。
再び来た大きめのポットから、新しいお茶がカップに入ると、リシェアオーガは、広がる香りを楽しみながら飲んだ。
ふと、視線を感じて、目だけで辺りを確かめると、何故か、注目されてる事に気付いた。
フェリスは、微笑みながら見ているし、ルシェルドは、唖然とした顔で見ている。
アルフェルトは、楽しそうに見ているし、周りの客は…何か和んでいる様に見ている。
何か、仕出かしたのかな?と自分の行動を思い浮かべるリシェアオーガだが、一向に心当たりが無い。
頭の中が、疑問符だらけになった時、フェリスが口を開いた。
「オーガ様が、余りにも幸せそうに、御飲みになられていますので、此方まで和んでしまいました。」
だから、注目を浴びたのか…と納得したものの、何と無く子供扱いされているような気がした。
普段、周りの人間から、あまりされない扱いだけに少し、くすぐったい気もしたが、たまには良いかと思った。
『別の世界…しかも、自分の本性を知らない人々に、触れ合うのも悪く無い。
…子供扱いは…この姿じゃあ、仕方無いか…。』
そう考えたリシェアオーガだったが、ルシェルドの呆けた顔には、先程の理由が当て填まらない気がした。恐らく、今までの態度と違う彼に、躊躇しているのだろうと憶測する。
…まあ、大当たりだった…。
そんなこんなをしている内に、お茶の時間は静かに去って行った………。